Side Others

第40話 それぞれの思い


 ◇◇◇


「陛下、この報告…」



 夕方の光が差し込む国王の執務室、それでもちょっと暗いため、机の上すでに点灯している。ルートヴィヒが数枚の紙を持ち、シグヴァルトの隣で立つ。

 読み終わったルートヴィヒは紙を机に戻し、眉間に皺をよせる。シグヴァルトは戻された報告書を見て、大きなため息を付く。



「大事な駒を失ってまで得た情報だ。それにしても…」

「魔物の仕掛に関係するグラウべ山神殿に、ベシュヴェーレン王家の秘密を知って、その上魔物を作り出せる謎の人…祈神祭の事件あれだけ調査しても全く進展がないのに、まさかここで繋がるとは、思ってもいませんでした」

「これからやるべきことは任せた」

「承知しました」



 シグヴァルトは片手を眉間に当て、何かを考え始める。もう片手は机にあるコップに手を伸ばす。突然何かを思い付いたのように、ルートヴィヒに振り向く。



「あぁ、そうだ…報告に関してもっと知りたいであれば、イワンとセシルに聞けばいい。クリスには、なるべく聞かないようにしてくれ」

「ですが…」



 ルートヴィヒはまだ何か言おうとしたが、シグヴァルトの表情が目に入り、思わず言葉を詰んだ。

 あの強靭な精神を持ち、弱音を吐かず、人を不安にさせる表情も一切顔に出ない、常に己の威厳を保つシグヴァルトは今、懇願のような悲しい表情を見せている。

 クリスティーナは王城に戻ってから、人と接する時の立ち振る舞い至って普通とルートヴィヒの目に映ったが、やはり幼い頃からずっと一緒にいる側近が亡くなって、彼女にそれなりにダメージはあった。

 そのことに関しシグヴァルトも察しているから、なるべく娘にそのことを思い出させたくない。



「…承知しました。では、失礼いたします」


 ルートヴィヒはシグヴァルトに一礼して、執務室から去った。




 ◇◇◇




 夕食のあと、ターセルとレオニーはいつも通り親であるアルフリートとシャルロッテの部屋のリビングルームでくつろぐ。昼間はシャルロッテに連れて王城の庭でクリスティーナと彼女が拾った犬と遊び倒したせいか、二人とも瞼がちょっと重い。

 ターセルとレオニーは男の子と女の子の双子のため、顔はそこまで似ていないが、性格は瓜二つ、好きな物は結構似ている。

 好きな人も。



「眠いだったら、部屋に戻って寝て」

「いーやーー」

「ううん」

「わがままだから」



 6歳というのは、眠くなってもまだ遊びたがる年齢、ターセルとレオニーもそれの例外ではない。シャルロッテの催促に、姉弟共にソファーに腰を掛けながら両手を振って拒否の意を示す。

 アルフリートは「まったく…」とシャルロッテに賛同し、報告書らしき物を持ってレオニー姉弟が座るソファーの向かい側に、テーブルを挟んで座る。普段は自室で仕事しない主義だが、今日のアルフリートは憂鬱さが漂うな顔しながら、報告書を一枚ずつ読む。



「なんかあったの?」

「いや、父上からクリス旅の報告書を貰ってね」

「そう…」



 アルフリートは手元の紙をペラペラと振って、シャルロッテではなく向かい側の子供に視線を投じる。口元に小さな角度を上げ、父らしい慈愛な目でお互いに指で突きあう遊びをしている双子を見つめる。



「そういえば、今日クリスはどうだった?」

「いつもと変わらず、普通だったね。ターセルの追いかけっこに付き合って、大はしゃぎしていたわ」

「そうか…」



 妻と子供に気付かせないように、アルフリートは報告書を口に当て、小さなため息を付く。彼はクリスティーナのことを小さい頃からみているからわかる、今妹はただ「いつもの自分」をみせようと、強がっていることを。

 父の口からクリスという名前が聞こえたレオニーはソファーから起き上がり、小走りにアルフリートの傍へ来る。



「パパー」

「なんだい、レオニー?」

「ジュンちゃんはいつ帰って来る?」



 娘から思わぬ名前が出て、アルフリートがレオニーの頭を撫でている手が止まる。娘の無邪気で期待な眼差しに、アルフリートはどう返事すればいいか困った。



「なんでジュンのことを聞くの?」

「今日はね、ジュンちゃんがいないからクリスに聞いたの。そしたら、ジュンは任務のために遠いところへ行ったとクリスが言ってた」

「そうか、クリスはそう言ったか」

「僕も知りたい!まだ槍の使い方教わってないから!」



 いつも間にか、ターセルもアルフリートの隣に来た。右にレオニー、左にターセル、普段ならアルフリートにとっては天国にいるような状況だが、今子供たちが気になっていることがとても重く、喜ばしい状況ではない。

 レオニーとターセルはジュンがとても好きだから、クリスティーナは子供たちに気を遣って、本当のことを教えていない。



「ねぇねぇ、パパ教えてー」

「パパは騎士団じゃないから、わからないんだ」

「えええーーー」



 クリスティーナの話に合わせて、アルフリートは優しい嘘を子供たちに付いた。6歳はもう死ということにある程度理解はあるが、親しい人のことなら完全に別物。今のターセルとレオニーに真実を教えるのはまだ早い。

 アルフリートは不満げに唇を付き出すレオニーの頭に再び手を当て、ゆっくりと髪を撫でる。



 ターセルがジュンに対する好きはただ強い者への憧れだったが、レオニーがジュンに対する好きは本当に恋という意味合いの好きだと、アルフリートは思っている。父なら娘からの「大人になったらパパのお嫁さんになる」という言葉に期待はある。しかし、レオニーがこの言葉を言った相手は自分ではなく、妹の専属護衛だった。

 あの日のことは、今でも鮮明にアルフリートの頭で浮き上がる。



「大きくなったらジュンちゃんのお嫁さんになる!」



 それはレオニーがジュンに向かって宣言したこと。

 子供の戯れ言や、本当に大きくなったら絶対黒歴史として封印したいなど、その場にいた人たちは誰もレオニーの言葉を本当だと思っていなかった。ジュンは「レオニー様ならもっと素敵な相手がいらっしゃると思いますよ」と真面目に返したけど、レオニーはそれでジュンを諦めることはなかった。その日、レオニーの言葉に妹の顔は不自然にちょっと歪んだことも、アルフリートははっきり覚えている。

 娘のすねった顔を見て、アルフリートは小さな声でボソッと心の思うことをこぼす。



「君は一体どれだけベシュヴェーレン家の女子たちの心を傷つけるんだ…」




 ◇◇◇



 夜、タニア王城の隅っこにある騎士団寮の前に現れる。

 セシルは旅最後の鹿との戦いで、鹿の角に突きられ、運よく躱したが、タニアから貰った服が角に引っ掛かって破られた。セシルから誠心誠意に謝った後、タニアはその服を貰い、補修することにした。

 今はその縫い直した服をセシルに渡しに来るところ。



「ありがとう。でもこんな夜で持ってこなくていいじゃない」

「やることがなくてね」



 タニアは服をセシルに渡し、大きくため息を付く。



「クリスティーナ様のお世話は?今丁度色々ある時間帯じゃない?」

「クリス様、夜は部屋にいないんだ」

「えぇ?それ大丈夫?」

「ジュンの部屋に閉じこもっている」



 寝る前の支度をしないといけない時間帯クリスティーナが部屋にいないなんで、普通は大事件だけど、旅から戻ってきた初日以外、もうタニアに日常になっていた。

 夜になると、クリスティーナは必ずジュンの部屋にこもって、そこで夜を過ごす。朝になったら自分の部屋に戻り、何事もないようにいつものクリスティーナとして日々を過ごしている。



「…俺たちの前はいつも通りだったのに」

「まぁ、それがクリス様だから」

「クリスティーナ様を見に行かなくていいのか?」

「行きたいけど、行けないわ」

「なんで?」



 なんでって聞かれても、分からない人にはわからないだなと、タニアが心の中で嘆く。

 手を伸ばしてセシルの顔に添う。



「あなたも察しが悪いだよね」

「なんなんだよ。まぁ、俺は深追いしない主義なんで、ここら辺にしておく。もう遅いから、送るわ」

「うん、ありがとう」



 セシルは大急ぎで自室に服を置いたら、またタニアの元へ走り、彼女の手を取って王城中心部へ送り返す。




 ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤目の彼女と一緒に だるいアザラシ @YururiYuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ