第8話 憧れを手放す時
蘭香ちゃんの目が大きく見開いて顔を向けている──俺の言わんとしていることが想像できたらしい。それに他の三人も正確に理解したようだ、
本当に仲がいいんだな……蘭香ちゃんの戦闘スタイルは憧れの銃士を真似たモノ。そんなことは百も承知でも口を閉ざすわけにはいかない。
「蘭香ちゃん、君はディフェンダーに──」
「嫌です」
言い切る前に放たれるきっぱりとした拒絶。
絶対に譲らない強い意志を感じられる。この状態の女の子と向き合うには骨が折れそうだ……。
「ら、蘭香ちょっと落ち着きなさいって──」
八重さん以外の方達もこの蘭香ちゃんの様子に驚いている。どうやら逆鱗に触れたとみて間違いは無いだろう。とはいえ、俺だって適当に考えて提案している訳じゃない。
「コーチは……私に今のスタイルを諦めろって言いたいんですよね? でも、私の目指すスタイルはそれなんです! 夢なんです! 捨てることなんて、諦めることなんてできません!」
「ああ、知ってる──ちゃんと聞いてる。でも、それだと勝てないんだ」
「どうして!」
今にも泣き出しそうな強い感情が伝わってくる。
どれだけ大事にしているのかなんて、バトルの録画を見たんだからわかっている。どれだけがむしゃらに練習してきたのか、紫さんの見様見真似で特訓して憧れの選手に近づく為に努力してきた姿なんてわかっている。
「わかってる……ちゃんと話す。全部の質問にも答える。いいか蘭香ちゃん、君は気が利き優しい子だ、幼い頃から変わっていない。バトルにもそれが現れている。だけど、あの戦闘スタイルはな、どこまでもワガママに戦い相手を倒すこと以外を考えない超アタッカーじゃないと役目を持てないんだ」
「どういうことです?」
まだ話をちゃんと聞いてくれる冷静さを持ってくれている。
納得ができない怒りと、ワープリ部を存続させる部長としての役目。二つがせめぎ合っているのだろう。よし……これならちゃんと伝えきれる。
「あの戦い方はグリフォンで弾幕を貼り逃げ道を塞いだりして足を止めブレードで接近しトドメを刺す。求められるのは目の良さと瞬間的な足の速さと度胸、蘭香ちゃんの目は十分に通用する、ただ足があっても攻め時に踏み込む貪欲さがない。これはこれまでのバトルの録画を見て間違いない。誰かを囮にすることは戦略としてあるが、囮にした子が倒される前に相手を倒す強さが必須だ」
「アッ──! いえ、ナンデモナイデス……」
傍観者である俺以上に当事者のセイラからしたら嫌という程思い当たる節があったのだろう。視線を向けたらわかりやすく目を逸らして誤魔化した。
前に出るディフェンダーは恰好の的であるがシールドを巧みに扱い囮の役目を担う。けれど、白華の閃光のような戦い方をできていれば囮は囮にあらず、いつ来るかわからない閃光に恐怖を覚え注意力は散漫になり、囮役に隙を突かれて倒される可能性が出てきてしまう。
「蘭香ちゃんができていない理由としては視野の広さがあり敵の位置を把握できても味方を気にし過ぎていることだろう。セイラが囲まれそうになると極端に足が鈍くなっている。その逆にセイラは常に前に出たがってウズウズしているようにも見えた。シールドを持っているから強気になり過ぎて油断しているレベルだ」
「ヨウシャないデース……」
後衛にも責任が無いとは言い切れないが、南京さんの場合はまた別の問題がある。俺の案によって改善が見られなければ改めて注意をする必要がある
「じゃあこの言い方だとセイラちゃんが……」
「ああ、彼女にはアタッカーになってもらう。使用トイは変わるがな」
「──っ! 戦い方と私の性格が合ってないっていうのはわかりましたけど、なんでディフェンダーになるんですか!? 今まで積み重ねて来たことが無駄だって言うつもりなんですか!?」
アタッカーからディフェンダー、盾を持って相手の注意を引いて仲間を守る役目。今までみたいに戦うことは絶対にできなくなる。そんな自分の姿が明確に想像できたのだろう。
それに役割が完全に交代するその悔しさのようなものも伝わってくる。
「今まで積み重ねて来たことは無駄にはならない。前衛で戦ってきた経験は何よりも代えがたいだろう。だけど蘭香ちゃんがシールドを持っていたら前線を維持出来ていた場面が多かった。それはセイラが今までの装備であってもだ」
「そんな……」
「来月の練習試合で勝つ為には蘭香ちゃんがディフェンダーになるしかない。白華と言えば閃光を思い出す。それだけ歴史に刻む位の偉業を成し遂げた。どのチームも対策をしていてもおかしくない。今の蘭香ちゃんだとアタッカーの練習を重ねても想像を超えないだろう。後悔しない道を選んでほしい。憧れの戦闘スタイルのまま戦い敗北を重ねるか、自分にあったスタイルで新たな道を選ぶか」
過去の自分を捨てる覚悟。理想を捨てる覚悟。
これを強いることは本来なら間違ってる、その子がやりたいことを伸ばしていくがコーチの役目でもあるはずだ。
でも、勝利を求めているならそうは言ってられないのが現実だ。
ワープリは一人で戦うゲームじゃない。本当に強くなるにはチームの噛み合わせが絶対に必要になる。短期間で成果をあげるなら尚更必要になる。
「Just wait! 言いたいことはわかりましたがワタシが変わってランカのスタイルがそのままじゃダメなんデスカ!? 敗北するとは限らないじゃないデスか!?」
「そうよ! 能力的に合ってたとしても心が伴ってなかったら意味ないじゃない! さっきあんたが言ったことと矛盾するわ!」
二人の訴えに加えて南京さんも負けじと訝し気な視線で訴えてきている。
幸いにもチームの絆はよく出来上がっている。正しく部長をしてきた証拠だろう。
「わかった、他の皆の変更後について説明した上で試そう。俺の判断が節穴の可能性もあるからな。まずは三人に用意しておいた装備を受け取ってほしい。南京さんと八重さんはポジションの変更は無い」
「そうなの? あたし達も何か言われると思ったんだけど」
「二人は単純に経験不足が大きいだけだ、そこを責めたって意味が無い。まずは南京さんにはこれ、スナイパーライフル──名を『ベルセルク』公式武器の中で最長距離及び最高威力を誇る。重量と燃費も最高だけど君なら扱えるはずだ」
「これでもあたし蘭香と同じ位やってるんだけど……」
南京さんに渡したのはザ・スナイパーライフルみたいな見た目をしているが兵器ではなくれっきとしたトイ。殺傷能力も爆発の心配も無い。けれども拡張性は本物に負けてない。
素肌に直撃するとアザができる可能性がある威力がある。バトル以外じゃまず使っちゃいけない。
「これがスナイパーライフル……白華に置いてるのとは違いますね──わっ、確かにちょっと重いですね……でも前みたいにバズーカじゃなくてもいいんですか? そもそもスナイパーライフルなんて、使ったことないですよ?」
「動画を見返しているとどうやら君は仲間を巻き込むことを非常に恐れているように見えた。それならいっそスナイパーで戦ったほうが性に合っていると思う。使い方は数をこなしていくしかないが前よりも心配事は少なくなるはず」
「……た、確かに巻き込むのが怖くて……撃てないことありました……」
バズーカ系は威力と着弾時の爆発範囲が優れているがその分近くにいる仲間を巻き込む可能性が非常に高い。フレンドリーファイアが存在するゲーム故に使用者には冷静な状況判断が求められる。
だったら打てないトイより同じ立ち位置で打ちやすいトイに変えるのが一番だ。
「ちょっと待って! それ知ってるわ! 何で持ってるのよ!? も、持たせてもらっていい?」
「え、あ、はい──どうぞ……」
意外にも八重さんが興味を持ってくれてベルセルクを両手で抱えてくれるが、足下が覚束ない。彼女にとっては重過ぎるようで立って射撃体勢にまで移行できていない。
「なにこれ!? 支えるだけで精一杯じゃない!? おっとと!?」
「危ないですよ」
フレームに加えて弾丸の生成装置やらなにやらで10kgを優に超えている。長射程高威力の弾の生成と発射機構を組み込むと自然とこうなってしまうのが欠点だ。
八重さんが仮に使うとするなら脚立を装着して地面を支えにするしか無さそうだ。
フラフラして落しそうになる前に南京さんが支えてくれた。
「あ、ありがと……確かこれって三十万位するんじゃなかったっけ!?」
「さ、さんじゅうまん!? ト、トイってそんなに高いんですが!? つ、使えません──お返しします!!」
「このベルセルクは俺達が学生時代に懸賞で手に入れた物だから気にするな。友達が管理していたけど埃を被り続けている位ならと譲ってくれた。なによりこれはトイ──使われて初めて価値が出るものだ。こいつだって使われることを望んでいる」
懐かしい話だ……人寄せの内部の人間にしか当選しないキャンペーンかと思って気楽に応募して宝くじ気分で発表の日を待っていたのに奇跡的に当選してしまった。アホみたいに喜んで仲間達と踊り狂ったのを覚えている。とはいえ喜びの絶頂はそこまで──手に入れはしたが体格や適性もあってか扱い切れなかった。皮肉にも性能に肉体が付いていけてない状況。おまけにどこから嗅ぎ付けたか知らないけどよこせとやってきた奴もいた。そんな訳で誰かの手に渡る前に封印された逸品。
ようやく扱えそうな持ち主の元に行けてベルセルクも喜んでいるかもしれない。
「そうですか……わかりました……大事に使わせていただきます──」
「そうしてくれると皆報われる。さて──続いて八重さんですがこれまで隠れて探査することに集中していたけれど、これから先はそれ以上が求められてくる。なのでまずハンドガンのペガサスを使いこなせるようお願いする」
ペガサスは威力は低めだが軽くて扱いやすい初心者向けのトイ。
サポーターとして相手を探索する意識は非常に高いがそれだけだと脅威にならないことが多い。相手の作戦によっては索敵されても気にせず攻めてくる可能性もある。極端な話、相手全員がシールド持ちであったらバレたって大した痛手にならない。
必要なのは自分も牙を持っているということ。自分も動いて相手を叩けなければ五対四の状況を作り続けるようなものだから。
「あら意外──何ていうかもっと違うドローン渡されるかと思った」
「攻撃型のレオも後々お願いすると思うけど、今は探査だけでなく自身の攻め、両方の意識を持てるようにしてほしい」
ふ~んな感じでペガサスを受け取ってくれて、それをくるくる回転しながら観察していく。
装備が多くなればそれだけUCIの管理も難しくなってくる。コツコツと慣れていってもらうしかない。
「では続いては──」
「待ってマシタ! ワタシデスネ!」
視線を向けただけで尻尾を振る大型犬みたいにご機嫌な様子。
以前からスタイルの変更を望んでいたかのような喜びよう。彼女なりに気を使って現状を受け入れていたのかもしれない。
「セイラは今までの
「ワッツ!? 二刀流!? そんな楽しそうなの試していいんデスカ!?」
「刀じゃないけどな。ワープリの武器は重量や反動が実際の武器とは大きく違う、筋骨隆々じゃなくても可能だ。とはいえそこそこの使い難さもあるから扱いには慣れが必要になってくる。注意してくれ」
「ツ・マ・リ、こんなフザケタことしていいんですかぁ~!? ダダダダっと!」
サラマンダーは少し特別なトイでポンプアクションをすることで
とにかく、求めることは連続攻撃と瞬間火力の二刀流。
恐らく彼女は勝負所を敏感に察知できている。足も遅いわけじゃない火力さえあれば押し切れた場面は多々あった。
「これで勝てばあなたの目が節穴ってことでいいのよね?」
「今なら誰にも負ける気がしまセーン!」
仲間の為に全力を尽くす姿勢。メラメラと燃えるような感情、青春の煌き──これ以上の言葉は陳腐になりそうだ……。
「……できれば予想を外れて欲しいけどな」
とはいえ……俺の考えは間違っていない。蘭香ちゃん以外はベストな組み合わせになった、この戦いで片鱗を見れれば上出来。仲間の為という大義を抱いている以上想像以上の力を発揮するかもしれない。
だがそれは恐らく、負けるよりももっと残酷な結果になると思う。
「バトルの前に一つ指導だ。皆も既に知っていていらない情報かもしれないが、位置情報の共有をしっかり行うことが大事だ。まず第一にフィールド全体をチェスや将棋のマスみたいに認識、縦を上からABC~RSTの20で分割、横を左から1~10と認識するんだ。そうすれば指示する側も受け取る側も相手の位置が大まかに判別できる」
「ヤレヤレ、ワタシ達を甘く見すぎデス。そのやり方な普段からやってマ~ス! 「いちのえー」みたいに……アレ? でも縦と横の呼び方が逆デ~ス……」
「そうね……理由はあるのかしら?」
「そうだな。そっちの呼び方にならうと
「…………盲点──! そっち方が指示が早くなりそうね。覚え直すのが大変そうだけどそっちの方がずっといい」
そう言った八重さんはスクホを開いてバトル用アプリをすぐに開いた。ちょっと覗き見ると予想通りマス目が書かれた簡易マップが映っている。これはバトルになると仲間の位置が分かるようになり探査ドローンで相手の位置が判明すればその位置も映し出される。サポーターなら皆使っている公式アプリである。
「フムフム……──っ!! それに合わせてエーワン、ビーツーみたいに言った方がカッコイイデース! それに
「おお、いいんじゃないか? 俺には無かった発想だしその方が便利そうだ」
「褒められマシタ!」
「悪くないわね……蘭香もいいでしょ?」
「え──うん! 大丈夫合わせられるよ」
改めて白華ワープリ部のフィールド認識方法は
縦列がABC~RST。
横列が1、2、3~9、10、11。
呼び方は
全マス数は20×11の220。
「では、今からフィールドを生成する。少し待っていてくれ」
さて……これからどうなるか。蘭香ちゃんは随分と気負っている……活躍できなければアタッカーを辞めることに繋がる──そう考えているからだろう。それでも戦いが始まれば蘭香ちゃんは否が応でもわかることになる。
フィールドの形成終了──戦いの舞台は廃墟街。足下は平面だが障害物は不規則な形が多く射線が通り難い。障害物の無い中央の大通りを挟んでの撃ち合いか隙を突いて相手陣地に踏み込み裏を取る戦いになる。
全員が開始地点に立つ。そして……試合開始──
War Pretend ~白華学園銃撃譚~ 巣瀬間 @koutetu1003
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