第7話 勝つための対価

 次の日──いつも通り登校すると何だか校内の雰囲気が少し違う気がした。慌しいというか沢山のグループが作られててお話している。こんなに雑談の輪ができあがっているのは珍しい。

 下駄箱で靴を履き替えていると何だか慌てた様子の向日葵ちゃんが近づいてきて──


「あ、あのあの! コーチのこと、皆に知れ渡ってます……!」

「早くない!? 昨日の放課後から今日の朝でしょ!?」

「隠すことじゃないから別にいいんだけど凄いね……中等部にも広まってるってことはもしかしなくても高等部も……じゃあ本当に皆ってこと!?」

「は、はい……そうだと思います。昨日コーチさんが蘭香先輩について歩いていたのを珍しさから隠れてつけていた人もいたみたいで、それでUCIルームに入ったのを見て、最終確認で昨日私に聞いてきたんです……」


 情報の拡散がビックリするぐらい凄く早い……! 向日葵ちゃんは寮住まいでワープリ部、寮に住んでいる子達からSNSを使って爆発的に広がったということなんだ。以前も合唱部に男性講師が来たら凄い早く広がったもんなぁ……。


「もしかして──廃部の件も話したりした?」

「い、いえ流石にそこまでは話してません……でも、一部の人は知っていてもおかしくないかもしれません」


 私が知っている限り廃部の兼を知っているのは学園長にワープリ部の皆と顧問の撫子先生、後はコーチと皆のお父さんお母さんかな? 撫子先生は産休に入ったから私達が話さないと広がることはないはず。

 もしも、知っているとしたら生徒会とかかな?

 

「おかしなことにならないといいけど……女子高なのに男がいるってだけでクレーム入れる人は少なからずいるからね」

「でも、そこのところは大丈夫じゃないですか? 他の部活でも男性コーチを受け入れているところはありますし」

「そうだといいんだけど……下手したら蘭香にも被害というか、注意が行くかもしれないじゃない? なんだかんだでその人達って白華関係者と繋がりあるし、でもあの人は一生徒の蘭香としか繋がりがないから……」

「大丈夫だってコーチは無害だって私達で証明していこう! 教えに来てくれているのに私達が疑ったりしてたら失礼だもん。他の皆には警戒されるかもしれないけど私達が健全に安全なら皆も信じてくれるようになるって!」


 確かに菫ちゃんの心配する気持ちもわかる。

 二人共不安な顔になってるけど、気にしすぎるのは逆に毒。こういうのは積み重ねが大事。焦って大きく見せようとすると逆に怪しいと感じさせるかもしれない。

 何より白華の皆は賢い子が多い。貞淑を重んじられていて変に騒ぎ立てて間違っていることを広めようとはしないはず。

 ただ今は新しい男の人がやってきて不安だったり興味を持っているだけだと思う。

 落ち着いて、落ち着いて……ちゃんと毎日を過ごそう。コーチが真剣に私達を鍛えてくれるなら私達もそれに応えていけばいいだけ。私達の反応や態度が皆にも伝わるはずだから。

 向日葵ちゃんも落ち着かせて廃部の事とかは聞かれた場合だけ正直に伝えるように言っておいた。

 そうして──休み時間になるとやっぱり聞きに来る友達は多くて「どんな人?」「かっこいい?」「どんな関係?」みたいな男の人に興味がある言葉ばっかり聞くことになった。

 悪い印象を与えないようにしつつそもそも久々の再会でもあるからこれから知り合うと伝えると、深く追求されることはなかった。でも、敵対心とか不安な疑問を聞いて来る人はいなかったのは安心した。

 まあ、放課後になるまでコーチはやって来ないんだしそんなに心配事も無いよね。皆も知っての通りコーチみたいに外部の人は門の受付で入退記録がされるから怪しいことが起きてもそれが証拠にもなったりするし、お互いに安全安全。

 ──という訳で授業も終わるとこれからは部活動の時間!


「何と言うかUCIルームが既に開いているって不思議な感覚」

「いつもの癖で鍵探してたわね」


 ここを開けるのは部長になった時から私の役目。こうやって鍵を差し込む頃になると向日葵ちゃんやセイラちゃんもやってくる。


「おはようございマ~ス!」

「おはようございます……!」

「うん、おはよう!」

「おはよう」


 昨日のこともあって参加してくれるかちょっと心配もしたけど、皆来てくれてホッと一安心した。

 UCIルームの玄関で靴を履き替えて入る。この時にワープリ用の靴に履き替えたり備え付けのスリッパを使ったりする。大体皆使う位置とか決まっているんだよね……あ、スリッパが一足足りない。コーチが使ってるのかな?


「「「「よろしくお願いします」」」」


 礼に始まり礼に終わる。フィールド兼練習場に入る時は挨拶をしっかりと行う。白華なら当然の礼儀。


「お、おお──よ、よろしくお願いします……!」


 先に来ていたコーチが掃除をしてくれていたみたいで、私達が揃って挨拶をしたことに何だか凄い驚いたみたい。

 それに大きいダンボールが二個置いてある。ここにあるのではないみたいだけど持って来たのかな?

 ほんの少しの静寂が場を支配すると、コーチは小さく咳払いをしてこっちに向き直ってくれる。その瞳は真剣そのもので──


「早速だが着替える前に皆の覚悟について聞かせてほしい。穏やかに続けて行くか、どんな変化でも受け入れて成長するか。そして、どんな風にワープリを続けていきたいか素直な気持ちで話してほしい」


 私達にも緊張が走る。今までの白華ワープリ部とは決別するような空気──

 こういう時はやっぱり部長の私から── 


「まずは南京さんからお願いしよう」

「わ、わたしからですか……!?」


 まさに不意を突いたかのような驚きよう。私も驚いてるし向日葵ちゃん自身一番最初に宣言するなんて思ってなかったと思う。

 これは覚悟を言葉にする、何よりワープリ部のこれからが決まると言ってもいい。一番手にかかるプレッシャーは重い。だって方針が決まるようなものだから──次の人に影響が出てもおかしくない。

 でも、私なら準備はできてる! だって部長だし、ワープリが好きだから!


「わ、わたし…………」

「コーチ! 向日葵ちゃんじゃなくて私から──」

「ダメだ。彼女が一番最初に言わなきゃ意味がない」


 ピシャリと言い切られてしまう。目の真剣さからしてこれは意図があるからそう言っているんだとわかった。だとしたらこれ以上は何も言えない──ううん、瞳の強さに口に出すことができなかった。

 でも……向日葵ちゃんには戸惑いや怯えさえも表情に出ている。男の人が苦手なのに真っ直ぐと見つめられているんだから余計に恐怖とかも感じているかもしれない。

 ここはやっぱり──


「あ、あの、その……──わたし……! ふぅ~……わたし……強く、なりたかったんです……!」 


 絞り出すような震えが混じる声に私は口を挟むのを止めた。

 このまま聞こう、聞かないといけない。きっとこれは勇気を出してる。だから邪魔しちゃいけない。


「──昔から他の子よりも身長が大きいことでからかわれることが多かったんです。それと身長のおかげでバレーとかバスケとかいつも誘われるの多くて、でも動き回るのとかは本当に苦手で、体育の授業じゃあまり役に立てなくて……なのに力だけは人一倍あって……! 失望されることも多くて──」


 初めて聞く向日葵ちゃんの心の内側。今まで溜めていた気持ちを一気に吐き出しているかのようで、その強い感情に圧倒されてコーチも私達も黙って受け止める。

 きっと今だから口にできているんだと思う。


「蘭香先輩に誘われて、流れでやることになっちゃったけど……嫌な顔せずに色々教えてくれて、無駄な力で人にケガさせちゃうこともあったのに役に立つことができて……「頼んだよ」って言われるのが本当に嬉しくて……少しずつできることが増えて楽しくなってきたんです」


 ……向日葵ちゃんとの出会いは去年の今頃──新入生勧誘の時だったのを覚えてる。高身長で線も細くない目を引く体格でバレー部やバスケ部の人達に熱心に誘われているのを見た。けど何だか困っている様子もしてて声を掛けようか迷ってると向日葵ちゃんは先輩達の圧の強さに耐え切れなくなったのか逃げだしちゃった。

 心配になって彼女を追いかけるとそこはUCIルームの近くで、物陰に隠れていたのをよく覚えてる。

 その時にまた誘われて困る思いをする位ならとUCIルームの中へ避難させたのが始まりだった。

 ただ隠れる場所を提供しただけだったけど、ただのんびりさせるのももったいないかなと思ってトイを色々持たせて使い方を教えて言ったら何時の間にか入部することになっちゃってた。 


「だから……廃部になったらわたしはきっと弱虫なわたしに戻っちゃう。そんなのは嫌なんです! だから続けたいです、皆と続けたいんです! だから本気の指導をお願いします!」


 吐き出し切ったのか肩で息をした後、大きく深呼吸して息を整えている。

 でも、正直驚いてる。まさかこんなにもワープリ部のことを想ってくれているなんて思ってなかったから感動してる。あの日誘ったのは間違ってなくて、無理してイヤイヤやっているんじゃないってわかって安心もした。


「聞かせてくれてありがとう。その気持ちに応えられるようにこちらも努力するよ」

「わ……わかりました……! ちょっと恥ずかしい……です」


 緊張や照れが限界まで達してしまったのか顔が真っ赤になって耳まで赤くなってる。


「次はアキレーアさんにお願いしよう」

「フッフッフ! 最初から決まってマ~ス! ワタシはこのワープリがスッッッッゴク楽しいんデスヨ! 廃部なんてヤデス! みなさんと卒業までやり続けたいんデス! でも、今のままじゃエンジョイが中途半端なのも事実! アナタがワタシの殻をブレイクしてくれるなら、今よりも楽しくしてくれるなら、泥船でも砂船でも大航海してみせマース!」


 威風堂々と笑顔でコーチに拳を突き付けて成長を望んでいる。その輝かしい気迫にコーチも押される感じだ。

 セイラちゃんは最初から興味を持っていてくれた子で私に負けないぐらい楽しそうにワープリをしてくれる。だから自然と前に出るようになってくれて一緒に前線で戦ってくれる。


「なら、もっと楽しくなるように色々と教えさせてもらうかな」

「イエ~ス! その言葉が聞きたかったデス! それと、名前を呼ぶときはセイラでOKデース!」


 ……もしかしたらセイラちゃんは現状にずっと満足できないでいたのかもしれない。やりたいことがあるのにやれない歯がゆさを感じていたのかも……。


「続いては八重さん。お願いする」

「二人が本気の言葉で言った以上、あたしもちゃんと口にしないいけないわね──正直、覚悟だなんて言うけどあたしは別に深い理由なんてないわ。ここで部活をするのが心地がいいのよ、考えたことを何でも試して練習して、疲れた体で喋ったり、帰りに買い食いしたり……そんなちょっとしたことでも毎日に彩りがあって楽しくて仕方ないのよ。廃部になったら多分今までみたいに集まることはできなくなると思う。「がんばったね」とか「しょうがないよね」みたいな空気になってどこかよそよそしくなって疎遠になってくる──そんなのあたしの趣味じゃない。何より大人達の勝手な都合で壊されるのは絶対に嫌だから。強くなるためなら何だってするつもり」


 強い瞳に芯のある声──菫ちゃんの気持ちをこんな風に聞くのは初めてだ。

 私が誘って小学校の頃から一緒にワープリをして、それからずっと一緒にバトルしてくれて受験の時も支えてくれた大事な親友。

 頑固なところがあるけどそれは心配性だからなのは知ってる。そのおかげもあって私は折れないでいれた。フラフラ道を間違えずに済んだ。

 ──そして、皆が同じ気持ちだって知れた。


「最後は私だね! もちろん──」

「待つんだ蘭香ちゃん」

「ええ──!?」


 せっかく言う気満々だったのに出鼻をくじかれた!?


「蘭香ちゃんに宣言してもらう前に俺が指導する時に決めたことを先に伝えようと思う。そうじゃないとフェアじゃないからな」

「……フェアじゃない?」


 その言葉に何だか嫌な予感みたいな寒気が走ってくる。何故か昨日言っていた「全てを捨てる覚悟」が急に思い出される── 


「昨日の練習やこれまでの試合映像を見て大きな問題点が発見できた。それは君達は自分の力を正しく発揮できていないことだ。プリンを食べるのにスプーンじゃなくて箸を使ってる、それぐらい正しく使えていない余りにももったいない状態だ」

「その言い方だとすぐに強くなれるみたいじゃない?」

「そうだ、身体的というより頭脳的な問題だ。ワープリにおいても知識──それが何よりの武器になる。そしてもう一つ、自分の精神性と能力に合ったトイを使っていることも重要だ」

「え……まさか──?」


 コーチの視線が私に向いていて、何を言おうとしているのかわかりたくなくてもわかってしまう。私の想像が間違っていて欲しいと願ってしまう。


「だから一番最初に求めるのは使用トイの変更だ──蘭香ちゃん」


 その言葉に足下に亀裂が入って落ちていくような錯覚を覚えた。

 こんなの、認められる訳が──受け入れられる訳がない! これは譲っちゃいけない私の信念!

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