第6話 覚悟の程は?
「あっコーチ、どうでした?」
「無事に手に入れることができたぞ!」
誇らしげに許可証を突き付けると蘭香ちゃんも安心したのかホッと溜息を吐いてくれる。
「改めて話して学園長の覚悟は本物だ、俺をコーチとして迎え入れた時点で一ヵ月後の練習試合で残念な結果を見せることになれば廃部は確定になる。契約は交わされた」
「やっぱり学園長は本気なんだ……」
容赦の無い現実に表情が不安で暗くなってしまう。
心のどこかにあった「何となく大丈夫かもしれない」そんな淡い希望を砕いてしまった気さえする。そう、学園長は本気だ。彼女が示した課題を乗り越えることができなければ廃部は確定してしまう。
「ああ、勝たないと廃部は免れないだろう。そんな重要な状況……本当に俺でいいのか? 今ならまだ変更する時間とチャンスがある。改めて考えた方が──」
「もう無いでしょ。今まで散々探したけど見つからなかった、それに貴方以上を見つけられる気がしない。だからお願いするわ──コーチ」
「そうデース! 一連タクショー! 終わる時はイッショデース!」
「ふ、不吉なことを言わないでください……! そうしない為にが、がんばりましょう!」
受け入れられた気がして心の蟠りというか重い何かが消えていった気がする。この熱を本気でぶつけても良さそうだ。
でも、まだだ──
まだコーチとして受け入れられる訳にはいかない。
「ありがとう。だけど、本当にコーチと呼ぶかどうかは明日決めてくれ」
「明日……どうして?」
「覚悟の程を聞きたいからだ──君達には選べる道がある。このまま緩やかにワープリ部を廃部にする道。もう一つは自分の可能性を引き上げて戦い存続を勝ち取る道。二つの道がある」
「そんなの決まってるって──!」
「まだ話は終わってない。全部聞いてから話してくれ──大事なことだから」
俺の気持ちを察してくれたのか四人共真剣な表情で俺に向いてくれる。
これは大人としてちゃんと伝える必要がある。
「いいか? 廃部になったからと言ってワープリそのものが出来なくなる訳じゃない。学外のクラブチームも多い、そういう人達に混ぜてもらうこともできる。それに研究の道で楽しむこともできる。つまり、ワープリを好きなままで無理せず廃部を受け入れる道だ」
部活動という場は無くなるがワープリは消えない。楽しみ方は人それぞれ、楽しむ場もいくらでもある。
何も勝つことだけを教えるのがコーチの役目じゃない。見識を広げさせ、理解を深めさせより楽しませるようにするのも「ワープリ」コーチの役目。
なにより……努力が絶対に実を結ぶとは限らない。苦しい練習の果てに何も得ることなく終われば心が折れて本当の意味で終わりかねない。
彼女達も俺の言いたいことを理解しているのか渋い顔ながらも神妙に頷いていた。
「もう一つは……ふぅ──」
頭に書いた自分の言葉で泣きそうになる。俺はこれから彼女達に酷い言葉を言う。
それでも口にしなければ彼女達の成長は見込めない。フェアじゃない。限られた時間の中で成長するには確固たる信念が無ければ成し遂げられない。
俺が命令したから──だけじゃダメだ自分達が決めて受け入れた上で従ってくれなければ、必ずブレることになる。
「はっきり言う。このチームはこのままでは絶対に勝つことはできない。相手に弱さに期待するなんて運任せに頼ったところで一ヵ月後の練習試合で負けるのが目に見えている。あの程度の練習プログラムに苦戦するようじゃどこにも通用しない。だから……今までの自分達を捨てる覚悟で活動に取り組んでもらう道の二つだ」
「シンラツな物言いデース……」
「捨てる覚悟ってどういうことですか!?」
「はっきり言うわね……そもそもプロでもない鉢谷さんに指導してもらって強くなることできるの?」
「当然の疑問だが、今の君達は素材が良くても磨き方を間違っている状態だ。強くできない方がおかしい。だが、信用させるような実績が無いのも事実だ。泥船に乗ってでも渡りきるか、沈むのが怖くて乗らない──どちらでも構わない。これは君達の選ぶ道だ。賢いとかバカとかじゃない。一ヵ月後のほんの少し未来を想像して後悔しない方を選んでくれ」
自分で言っておきながら心臓がバクバクなっている。愛の告白でもないのに自分の気持ちを伝えるのはこうも緊張するものなのか……。
とにかくここから先は自分達で選ばないといけない。状況が状況だからそれしか選べないじゃない。心から納得して覚悟しなければいずれ後悔する。
「では質問デス。本気でワタシ達をパワーアップさせるつもりデスか? ウィナーにさせるつもりデスか?」
「咲くとわかった花を枯らす趣味は俺には無い。明日の部活動開始時間になったら決断を聞く、それまでにしっかりと決めておいてくれ。誰が何を選んでも否定はなしだ。今日はこれにて解散」
「ちょっ──コーチ!?」
彼女達の質問を遮り逃げるように管理室に入る。この問いの答えは純粋な自分の言葉で作り出さないと意味が無い。
ノートPCに情報を集め終わっていることを確認する。
さて──これを基に皆に必要な最適解を求めないとな。昨日の時点で大まかなイメージは出来上がっている。それを精錬させ到達点を完成させる。まずは個人、続いては
このために俺はここに来たんだ──!
後はそうだ、大事なことを忘れてはいけないUCIルームの閉め作業もしないと残量や増殖速度、明日も問題なく使えるようにチェックしないと。
「決断……かあ……」
「全くとんでもないことを言い出すわねあの男。まともそうだと思ったのに中身はとんだおかしな人間だったわ。な~にが今までの自分を捨てる。よ」
菫ちゃんは解散した後も不機嫌なままだった。確かにとんでもないことを言ってくれた。緩やかに廃部するか、捨てる覚悟で練習に励むか。言葉はちゃんと理解できたけど飲み込むのは難しい。
そして、誰がどの道を選んでも否定をしてはいけない。
「本当に勝ちたかったらそれぐらいの覚悟が必要ってことなのかな? あのトレーニングユニットにまるで勝てなかったのも事実だし」
「……蘭香のことだから二つ目に決めると思うんだけど。正直言って全員が同じ気持ちだとは限らないのよね……セイラはエンジョイ勢だし、向日葵は半ば無理矢理だし。今まで好きな気持ちで続けられたのだってひょっとしたら奇跡かもしれないわ」
「ま、まさか菫ちゃんものんびりやりたい勢なの!?」
「あたしはこのまま大人達の都合や思惑で潰されるのなんてまっぴらごめん。最後まで戦うわ」
「よ、良かったぁ~……流石は親友! 一人だとどうにもできないし菫ちゃんのサポートがないとまともに戦えないもん」
嬉しくて思わず抱き着いちゃう。菫ちゃんがいなかったら寂しくてどうにかなりそうだったよ。
「全く……白華の生徒が往来でこんなことしてちゃダメでしょ。とにかくあたしは最後まで付き合うから。覚悟を聞くなんて言うけどど~せ大したことないって。適当にがんばります言えば満足するんじゃないの?」
「う~ん……でも真面目な顔していたから適当じゃダメなんじゃないかな?」
「でしょうね。それと……皆の心がバラバラだった時のことをあいつは何も言ってなかったのが気になる」
「もしかして……!?」
もしもそうなってしまってもその時点でお終いということ。菫ちゃんは私の考えていることをわかってくれたのか黙って頷いて肯定してくれる。
全員が一つ目か二つ目、どちらかを選んでいないといけない。不和が絶対に生まれる。
そこから先の想像は怖くて嫌だった。菫ちゃんもそんな気持ちをわかってくれたのかそれ以上は口にしなくて、話を続けることはなかった。
二人のことを信じることしかできない。それも願うような縋るような歪な信用で──
「じゃあここで、また明日ね」
「うん、また明日」
私達はご近所、最寄りの十字路で別れたらすぐに家に帰れる。でもまだ少し話していたい気持ちもあるこのまま帰ったら不安に飲み込まれそうになっちゃう。でも、私がどうこうして解決できる問題じゃない、ただただ愚痴を言うようになっちゃいそうでダメだ──
余計な負担をさせないように、帰るしかない……
「蘭香! あんたがそんな顔してたらあの子達も不安になるわ! 心の強さが魅力の一つでしょうが、いつも通り笑って堂々としてなさい! そしたら皆付いて来るから!」
「……うん! わかってるって! 私は白華女学園ワープリ部の部長だもん!」
菫ちゃんの言葉はいつもモヤモヤを吹き飛ばしてくれる。よし!
なんとかなるなる、明日は明日の風が吹く!
「ただいま~」
「お帰り。どうだった達也君来てくれた?」
「うん。ちゃんとコーチとして学校に認められたよ。明日から練習本番!」
「あんまり帰りが遅くならないようにね、菫ちゃんと一緒に帰ってるとは言っても白華女子を変な目で見る人はいるから」
「だいじょうぶだいじょ~ぶ! ワープリで鍛えてるから逃げられるって!」
全くお母さんは心配性なんだから。学校もお家も最寄り駅からそんなに離れてないし、電車移動も比較的空いてる普通で30分以内だから心配することなんて何にもない。
いつものように着替えて学校気分を抜いていくと、コーチの言葉が頭に残った。「捨てる覚悟」……私にとって捨てるモノって何だろうと考えていると──ふと、思い出すかのようにお気に入りに保存してある月光祭決勝戦を再生する。
「おぉっと!? ここで白華が攻める! 素早い連撃、シールドを切り裂き──花吹雪が舞い上がったぁ! まさに閃光! 決勝でも彼女の足を止める者はいないのか──!」
不安になったり、どうすればいいのかわからなくなったときによくこの動画を見る。受験勉強が辛くてどうにかなっちゃいそうな時、何度も見た。何より私が今の戦い方を決めたきっかけとなった
実況者が興奮するのも頷くぐらい
視力、反射神経、運動能力、全てにおいて男子トップクラスに遜色ない実力を誇り、トイで戦うというゲームの仕様上腕力の差は関係無くなり勝てる。
だから男女混合の流星祭でも優勝することが可能だった。それでも全国に進めるのは共学や男子高が殆どで長い歴史のなかで女子高で優勝は白華が初だった。
「最後の一人も金剛紫が決めたぁ──!! 優勝は白華──白華女学園に決定いたしました!」
誰もが目を離せない可憐で最強の
それに彼女を対策するトイの組み合わせや連携、戦術も考えられるようになった。彼女が戦術の中心に立っていたのは間違いないと思う。
だけど、その対策の対策を白華は予想してやっていた。
この戦闘スタイルは単純に言えば猪突猛進。グリフォンは牽制と威嚇、ブレードで素早く懐に接近して倒すのが基本。
シールドを多めに持たせてブレードで倒しにくくする戦術に対しては、他の誰かがバズーカ系で盾ごと吹き飛ばし場を荒らして混乱したところを紫さんが一気に近づいて切り裂く。
三人で鶴翼を作りその中に誘い込む陣形は有効とされているけど、一人の為にその陣形を意識すると他の人の対処が難しくなる、人数有利を作っていないと機能しないのが欠点とされていた。
「遠いなぁ……同じ年の頃には全国大会で優勝しているんだもんなぁ……」
高等部一年、そこから月光祭三年連続優勝。流星祭も一度優勝して二冠を達成した年もあった。
とんでもない偉業に憧れと尊敬を抱くけど、ちょっとの嫉妬も
達也おじさんがコーチになってくれたのは助かったけど、一ヵ月後の練習試合に勝てないと月光祭どころじゃない。それにメンバーも最低後一人は必要。
確かに一歩は進んだけど小さな一歩、楽観視はまだできない。
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