第5話 崩れた夢を拾ってくれた

 コーチが学園長室に向かうと皆一気に気が抜けたのかここぞとばかりに床にへたりこむ。動いている時間はいつもとそんなに変わらないと思うのに身体に溜まった疲労が全然違う。肩で息するぐらい呼吸も荒いしセイラちゃんに至ってはジャケットの前を開いて排熱する始末。

 練習をちゃんと見てくれる人がいるだけでこんなに気が引き締まるとは思わなかった。


「ふぃ~……疲れましたヨ……」

「ちょっと、前開くの止めなさいはしたないわ!」

「Oh? いつもはそんなこと言わないじゃないデスカ?」

「男の人がいるでしょうが! ただでさえあんたはスタイル良い方なんだから、見た目は真面目そうでも何時獣になってもおかしくないでしょ!」

「とは言っても排熱処理は大事デース! それに今はいないのでセーフデース!」


 屁理屈っぽいけど今はいないから私も開けておく。はぁ~……これだけでもぜんぜん違う……!

 私達の様子に菫ちゃんはちょっと呆れた様子を見せる。本当は自分も排熱したそうなのに真面目なんだから。


「い、今までの練習とはレベルが違いましたね。ユニットの動きが全然違いました。攻撃を打つ隙も少ないと言うか攻撃したら位置を完璧に把握されてるというか」

「レーダー見ててわかったんだけど無駄な動きが全然無いのよ。ユニット同士の距離が常に一定というか連携が取れる立ち位置にいたわ。互いが互いをサポートできる位置にいる感じね」

「わかりマ~ス! 攻めたら打ち抜かれる気配がビンビンにしてましたヨ!」

「でもトレーニングユニットなのに全戦全敗……何だか自信がなくなってくるよ」

「いえ蘭香、これは逆に良かったと捉えるべきだわ。あの人を呼んだあんたの判断は正しかった」

「え?」

「もしもただいるだけのコーチしか呼べなかったら。間違いなく来月の練習試合で今みたいに負けてた。悔しくてもトレーニングユニットに負ける程度の実力しかないのが知れたのは大きいわ」

「YES! ピンチはチャンス、レベルがアップする予感がビンビンデスよ!」

「ちょっと怖いですけど、ちゃんとコーチしてくれる人でよかったと思います……!」

「みんな……!」


 皆の心遣いに涙が出そうになってくる。

 そうだよね、きっとこれは成長するための悔しさなんだ! 本番は来月、今はどんなにカッコ悪くても負けても大丈夫! 心が折られずに頑張れば絶対に勝てる!


「そうデス! ちょっと管理室覗いて見ませんカ? コウも変わるなんてイッタイ何をしたんでショー? 興味がありマス!」

「確かに気になるわ。どんなデータを入れたのか気になるし。昨日連絡してすぐに用意したとは思えない出来だったもの」


 誰も止めようなんて言わずに興味津々に管理室に入っていく。かく言う私も気になるから中に入って見ることにする。

 いつもの管理室、制御盤の近くにノートPCがポツンと置いてあってメインデバイスとケーブルで接続されてる。


「これはコーチのPCだね。もしかしてバトルデータを入れてる途中かな?」

「画面的には入れたり送ったりみたいね。こっちはあまり弄らない方が良さそうね。メインシステムの方はっと……あっ、フィールドの数が凄い増えてるわ。項目も何だか増えてるし……これはトレーニングフィールド? 今まで見たことない……ちょっと出してみるわ」


 菫ちゃんがカタカタと操作するとUCIが積もるように重なりフィールドが再形成されはじめる。

 完成されたのはなんというか子供が全力で走り回って遊べるようなアスレチック場を思い出すようなフィールド。


「平らな道にデコボコした道もありマスね。他にも坂道だったりトンネルみたいなのもありマスよ? どういうトレーニングを意図したものデショウ?」

「シャトルランって書いてあります。というと……あの道を走るってことでしょうか? 普通だったら平地というか平たい場所ですよね?」

「それに横幅は大体10mかな? 普通20mだしその半分だから短いね」

「適当に作ったにしては凝ってるわね……じゃあ次はこのフォレストハント」


 今度生成されたのは森に、いくつかの的が配置されてる──あっこれは何となく想像つく。


「フィールドを走りながら的当てするトレーニングでしょうか?」

「珍しくないけどただトレーニングフィールドをダウンロードした訳じゃなさそう。結構プログラム組まれてるし凝ってるわ。ただ聞きかじった人って訳じゃなさそうね……このこだわりようからしてあの人ってプロコーチを目指してたの?」

「う~ん……どうだろう? 学生時代は選手だったみたいだけど……その後については聞いてないよ」

「まあ聞けばわかることよね、どうやら真面目にやる振りだけをする人じゃなさそうだし、今のところは信用していいと思う」

「そうデス! 信用してワタシ達もガンバルしかないデス!」

「がんばるよりまずは、身なりをちゃんとしなさい!」

「む、ムリヤリ閉じるのはヤメてくだサーイ!」


 ジッパーを引き上げられてるけど胸のでっぱりで止まってる。

 確かに男の人がいることになるんだからだらしない姿を見せるのは良くないよね。私もいそいそと服を正して何時戻って来てもいいようにした。



 美術館で鑑賞するような心持で静謐かつ美麗な校舎を観察しながら歩いていく、さっきは緊張してあんまり意識できなかったけど名門女子高ともなると建物からも品位が漂ってくるのが感じられる……内側も外側と同じように古い部分はあれどボロイというよりアンティークな印象すら受ける。

 部活動で響いてくる女の子達の声もどこか華やかさすらある気がする、姦しさなんてない。

 二階の職員室の隣、許可証があってもこの付近を歩くのは緊張する。

 扉の前で左右を確認。コンコンコン──っと落ち着いてノックを三回。


「失礼します」

「どうぞ──」

「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、待っていませんよ」


 本当に待ってないような淡々とした言葉だ……声も目からも冷静すぎて感情がわからない。ただ、歓迎されていないっていうのはなんとなく伝わってくる。


「正式な許可証がこちらになりますが、先にこちらの紙に記入をお願いします」

「了解です」


 住所と氏名……っと。チラリと許可証を見ると単純なカードキーだとわかる。特に顔写真が貼られているとかもないし学園名と『入校許可証』が書いてある程度。


「登下校の際は門の警備員に渡してください、記録を付けて返却されます。これが無ければ入ることはできません。紛失してしまった場合は再発行することもありません。加えてUCI管理カードも貴方が保管してください、予備なので仮に紛失しても機能不全に陥ることはありませんがその時点でコーチの役割を終えることをお忘れなきよう」

「了解です」


 試練みたいなものだ。この程度のこともできない人間は白華のコーチに相応しくないということを暗に伝えているのだろう。切り捨てる大義名分を作りたがってるようにも感じる。

 にしても……さっき会った時よりも圧が強い……見定められているというか敵意すら感じる。

 恐る恐るとお客様用入校許可証と正式な入校許可証を交換しようと手を伸ば──


「今の内に釘を刺しておきますが、貴方がここで問題を起こしても即廃部になることをお忘れ無きよう。何せこの白華にはあの手この手で侵入しようとする輩が存在しますからね。盗撮盗聴、貴方を通じて悪意が侵入する可能性もゼロではありませんから」

「わかっています、あの子の信頼を裏切ることはしません。ですが……プロでもなんでもない俺をすんなり入れたんですね」


 小さく呼吸を一つ。覚悟を改めて証を手に取る。

 正直もっと揉めるかと思った。門前払いもあり得るかと思っていた。白華については少し調べたがイメージ通り殆ど女性、男性教諭も存在はしているらしいが学園経営者の親族しかいない。清掃員は当然女性、門の警備に男性が配属されることはあっても校内にはいない。

 俺みたいな繋がりが蜘蛛の糸ほど希薄な男はいない。


「そういう約束ですから受け入れたまでです。ですが、こうして私が約束を守っている以上そちらも守る必要がでている訳です」


 等価交換、両天秤──契約は結ばれたというわけだ。

 学園長の試練を突破できなければワープリ部を廃部にする正当性が確約された。

 加えて俺という不穏分子は廃部を確かなものにする爆弾でもあるわけだ。今更ながら本当に俺で良かったのか不安になってくる。


「一応履歴書とかも用意しているんですけど……必要でしょうか?」

「いえ、無用です。ただ貴方は子供達が遊んでいる所にやってきて適当に遊び方を教えるおじさんと変わらない。白華女学園とは何の繋がりもありません」


 冷静に言い切られる。

 ワープリ部で何か起きても知らぬ存ぜぬみたいなことをされそうだな……こんないい加減でいいかと思うがいい加減だから簡単に切り捨てられるとも取れる。


「酷い言われようですね……話は変わりますけど、この学校の部活動の時間はどの程度になっているのでしょうか?」

「6時間目の終了が14:50分。部活動の開始時間は15時程ですね。最終下校時刻は18時となっており、部活動自体は17:30分までになっています」


 約二時間半……部活動の時間としては充分すぎるな。


「土曜日は朝7時より開門し平日の完全下校と同じ18時まで部活動が可能です。日曜日は全部活動休日となっているのでご注意を、これらが守られないようなら警告が入ります」

「了解しました」


 学校側で休みを作ってもらえるのはありがたい。

 来月の練習試合に勝つのが絶対だとしても無闇にハードトレーニングを課したところでケガをしたらお終い。練習と休息のバランスも大切だ。

 これで目的も果たせたことだ。さて、やることも多いしお暇させて──


「貴方のことについては調べさせていただきました──鉢谷達也さん25歳、三流大学出でありますがそこは関係ありません。重要なのはWPプロコーチ試験を受けたけれど落ちたということ」

「……そんなことまでわかるんですか」


 唐突に告げられる俺の中心を突いたような言葉──

 頭の中が真っ白になり、心臓が直接握られたかのような錯覚に陥る。

 履歴書を読んで調べたならいざ知らず、ほんの一時間足らずで俺の事を調べ上げたってことなのか? 俺がプロコーチ試験を受けたことを知っている人間なんて片手で収まるぐらいしか知らない。それをネットの海に呟いたことも無い。この情報社会、セキュリティは強固。なのにどうして? どんなコネクションやネットワークを持っているんだ!?


「最初この話を受けた理由は白華の生徒とお近づきになりたい下卑た理由かと思いましたが……調べてわかりました。捨て切れない夢をあの子達で叶えようとしているのでしょうか? だとしたら滑稽ですね、試験を受けた回数はたった一度だけ、毎年二回ほど開催されているのにその後試験を受けたという話はありません。つまりその時点で届かないと理解しているのでしょう? なのに未だ夢追い人フリーターを続けているのはこうして夢を叶える機会が降って来るのをずっと待っていたということでしょうか? だとしたら貴方はとても運が良いと同時に愚かとしか言い様がありませんね」


 怒りよりも前に恐ろしさの方が湧いて来る。心の中を読まれているかのような──

 とんでもない人に目を付けられた……だが、本当に怖いのは冷静に淡々と告げられたことに、目は俺を見ているはずなのにまるで眼中に入っていない。路傍の石に認識されているかのような興味の無さ。

 これは見せしめ、貴方程度の事ならすぐに調べられるといわんばかりの警告にすら感じられる。


「まあ、運が良くても悪くても学園が平和であるかぎり関係ありませんから、廃部の時までごっこ遊びを楽しんでください。結果は変わらない、貴方如きでは未来は変わることはありませんから」

「……何か勘違いしていませんか?」

「──何がです?」

「俺が未来を変えるんじゃない、あの子達が未来を変えるんです。学園長ともあろうかたが生徒の可能性を信じられないのはどうかと思いますよ」

「子供にできることなどたかが知れます、大人の悪意によって将来なんて簡単に変わってしまう。事実、欲に塗れた大人達のせいで罪無き子が何もできることなく潰れてしまいました。例え痛みが伴おうとも完全に腐りきる前に切除することがあの子達の為になります」


 これは適当な思いつきで話している言葉じゃない。

 ……少しわかった。この人は悪意でワープリ部を廃部にしたい訳じゃない。逆に善意で廃部にしようとしている。俺だってその気持ちはわかる。足りない人数、いないコーチ、味方になってくれる大人がいない。潔く退くのも賢い選択だと思う

 でも──女の子が「助けて」と言った、それぐらいワープリを続けたい気持ちを見捨てられる程男を辞めた訳でも子供じゃない。


「例えごっこ遊びと揶揄されても、俺の夢は繋がろうとしています。あの子は俺の未来を間違いなく変えている。だったら、貴方が心配するような未来も間違いなく変わる」

「唯の戯言ですね。実績と結果が大人の価値を示す名刺。何も成し遂げていない貴方の言葉には力が無い。未来が変わると言いましたが逆に今予想できる未来よりもっと酷い結末を与える可能性の方が高いのではないですか?」

「貴方の言っていることは正しいんでしょう、濃い人生経験がそう言わせているのでしょう。ですが、学生経験は俺と同じ程度のようで安心しました」

「何?」


 鉄仮面のような表情が少し歪んだ。


「あの子達の年齢は人によって在り得ないぐらい成長する、同じ学校で同じように学んでいるのにまるで違う世界の人間みたいに差が開くこともあります。きっとそれは本気で夢中になれる何かがあったから。あの子達が本気で戦う気があるのなら貴方にも勿論俺にも想像できない成長をする。俺はそんな未来を信じます。その為に力を貸します」

「…………要件は済みました。下がってください」

「ええ、失礼します」


 さて……より燃えてきた。迷いは消えた、やるかやらないかの迷いなんて校門越えたあたりからとっくに消えていた。

 事実現実を突きつけられて俺の気持ちも改めて整理できた。

 確かに俺はプロコーチ試験を落ちた。二度三度受けても意味がないこともその時知った。

 その現実を受け止めて別の道に進むには心を占める割合が余りにも大きすぎて、捨てた瞬間に自分が自分でなくなってしまう怖さがあって、ただ足を止めてその場で腐るしかできなかった。

 俺はどこかで誰かが夢を叶えてくれるって弱さがあって待ち続けるしかできなかったんだと思う。

 そんな情けない俺の元に現れた蘭香ちゃんからの夢の招待状──

 最高の形ではないにしても、ごっこ遊びかもしれなくても、あの日突きつけられて途絶えた夢の道が再び現れた。契約という形で──

 多分電話を取る前から、既に心は決まっていた。

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