第4話 白華女学園ワープリ部へようこそ

「ここが私達の部室です」

「おお! 流石に、いや予想以上に立派だな!」


 ここに到着する間に校内を観察していたがどこも美麗で立派だ。大きな屋敷みたいな学生寮兼食堂、人工芝がで満たされた広い運動場、古の建物を再現したかのような厳格な武道場、そしてここワープリを行うのに必須のUCIルーム。

 まあ、UCIルームに関してはワープリ以外の用途が凄まじく多く、この施設があるだけで避難所の役割が大きく拡張されるのも事実。全国の学校に配備されているがそれでもここまで大きく立派なのは月光祭優勝校という実績が影響しているかもしれない。

 見惚れそうなぐらい綺麗な玄関で靴を履き替える、花が活けられている花瓶が置いてあるのは心の余裕だろうか?

 更衣室にトイレは……当たり前だが女子用だけしか無い、二階へ上がる階段もあるが一体何があるのだろうか?

 メインであるUCI発生場に足を踏み入れるとさらに驚く。体育館並の広さと高さを誇り、上から見れば長方形、長い横幅の真ん中に出入口がある。

 一学校でここまでの広さはそうそう無いことを知っている。お上りさんみたいに観察してしまう。フィールド形成装置も完備、これなら公式試合と同じ設定でバトルすることも可能だろう。壁の上の方にはこちらを見下ろせそうな窓ガラスがある。どうやら二階へと続く階段は観客席な部屋と繋がっているようだ。

 おっ、あれが管理室かな? とにかく、こんな立派なUCIルームは見ているだけで気分が上がってくる!


「モシカシテ! その人がコーチさんデスか~?」


 独特的な喋り方にちょっと疑問を覚えつつ、ワープリ部の部員だろうとその方に向くと少し驚いてしまう──天然の輝きを持つブロンドヘアーに青い瞳、目を引くスタイルの良さ。アメリカの方なのか?


「そうだよ学園長にも許可を貰って今日から正式にコーチになってくれたんだよ!」

「Oh! メデタイ話ですね! ベリースピーディーに決定して驚きマース! これからヨロシクデース!」

「お、おう……!」


 両手を掴まれてブンブンと振られる。スキンシップの激しさと距離の近さにただただ困惑するしかない。


「ところでヒマワリはどうしてそんな陰から覗いているのデスか?」


 彼女の視線の先を追ってみると……おそらく倉庫の扉の影からこちらを覗いている女性がいた。俺の視線に気付いたら完全に身を隠してしまう。

 少し経つと顔半分だけだしてこっちを見てくる。


「ご、ごめんなさい……お、男の人はどうしても苦手で……蘭香先輩の知り合いだから、だ、大丈夫かと思ったんですけど……ち、ちょっと慣れるまで時間がかかりそうです。ごめんなさい」


 先輩……? ということはあの子は後輩……!? 俺と同じ位背の高さがあるぞ? ひょっとしたらちょっと高い? 地味系みたいな見た目をしていながらとんだ目を引く存在じゃないか。

 おずおずと全身が露になってくると余計に驚く線が細い訳でもなく逞しさを感じさせるようにバランスよく背が高い。バスケとかバレーで引っ張りだこになる娘だろう。


「じゃあ自己紹介を初めよっか! まずはおじさん──いえコーチにお願いします!」

「では、鉢谷達也はちやたつやです。蘭香ちゃんとははとこの関係にあたります。どれだけ皆の力になれるかわかりませんがよろしくお願いします」


 年齢は25歳、血液型はB型。現在はフリーター。まあ、ここまでは言う必要もあるまい。


「あたしは八重菫やえすみれ、高等部一年。蘭香とは一緒のクラスで幼馴染よ。蘭香の知り合いじゃなかったら受け入れる気なんてなかったから」


 おさげの髪にちょっと目つきが鋭く背の小さい子。

 先程からいたけれど静かにこっちを警戒というか値踏みしているような視線をビシビシと突き刺さしてきていた。どこの馬の骨かわからない男なんて信用できるわけがないと言わんばかりの表情だ。

 

「セイラ・アキレーア、デース! 中等部三年、よろしくデース!」


 さっきも思ったけど笑顔も眩しく見ているだけでこっちも明るくなりそうな元気のある子だ。しかし……これで中学三年か……すごいな。真面目に分析にしても運動系ならワープリ以外でも活躍できそうな雰囲気を放っている。


「な、ななな、南京なんきょう向日葵ひまわりです──中等部二年です……」


 この子もこの子で逸材だろう。

 アキレーアさんの腕を掴んで隠れるように自己紹介しているが、全然隠れ切れていない。目も合わないし俺が見ていることでさえも嫌がっている節さえ感じられる。見た目だけなら盾にしている彼女よりも立派なのに……この様子じゃあ指導も上手くできるか怪しく思う。これは少し対策を考えた方がよさそうだ。


「そして私木槿蘭香むくげらんか! 高等部一年、ワープリ部部長! 憧れの選手プレイヤー金剛こんごうむらさきさん、夢はでっかく月光祭優勝!」


 最後の記憶は正月の集まりで見たあの姿。改めてだけど本当に立派に成長したと感激を覚える。こうして呼ばれなかったら見ることは無かった姿だろう。

 全員を改めて回覧する。校門を越えて生徒達を見て思ったがこのワープリ部も漏れず皆整った顔立ちだ。環境が美や愛らしさを高めるのかと考えてしまうぐらいに。

 それにこういう見方をするのは良くないが……皆当たり前のようにスタイルが良い。ずっとここにいたら認識が歪んでしまいそうな位だ。良い物を食べて良く運動しているのが伝わってくる。とはいえ、服の上からこれでもかと伝わってくる主張に油断したら目を取られそうなので本当に──本当に油断できない。

 こういう男から生徒達を守るために防犯力が高いのも頷ける。下衆な男が紛れ込ませない措置なのだろう。


「紹介ありがとう。しかし、本当に四人だけなんだな……」


 だからこそ真面目に蘭香ちゃんの願いを叶えるために尽力しよう。

 ワープリバトルの参加人数は基本的に五人。フリーなら人数調整してやれるが公式試合だとそうも言ってられない。練習試合において相手がフルメンバーで挑んでくるか四人にしてくれるかわからないし、四対五でも勝てなきゃ認めないと言われたら厳しくなる。

 五人目を探すか、四人でも戦えるようにするか……とにかくどんな計画を立てるにしても情報が足りていない。


「まずは皆の事を知っておきたい、身体能力や使用トイ、それとバトルの録画とか残っていないか?」

「わかりました。一応大雑把なデータは管理室にまとめてあります。バトルの録画も確かそこにあるので……着いてきてください」

「ありがとう。正直今日一日はまともにコーチングはできないと思う。ここの情報を全部頭に入れてからどう指示するかを決める。なので今日は普段の練習をしていてくれ」

「わかりました! よ~し、これでがんがん鍛えられるぞぉ~!」

「全く嬉しそうにしちゃって……」

「ともかくこれで再始動デスね!」


 あの笑顔が見られただけでも来た甲斐はあったと思える。でもここだけで終わらせるわけにはいかない。

 管理室のメインデバイスを起動させる。乱雑なデスクトップに辟易しそうになるが白華女学園ワープリ部の情報が記録されているソフトを起動──

 歴代の選手情報、AIが記録している使用トイの回数、運動能力、命中精度。これを見ればプレイヤー情報は丸裸もいいところ。

 バトルの録画や能力データはこっちのPCに移し変えて後で帰ってからでも見られる。さて、重要なのは訓練用のデータは何が入っているかだ。

 バトルフィールドや訓練用フィールド。敵AIの種類、設定。これらが潤沢かどうかで様々な戦局に柔軟に対応できる選手になれるか決まる。他にもここにはどれくらいのトイが置いてあるか調べておかないとな。

 さて、データを……──いや、予想以上に酷いな……素材が貧弱かつ適当、ダウンロードしたてのアセットをそのままの設定でやっているなこれ。確かこれ有名コーチが配信したトレーニングユニットのはずだ、AIの設定も──予想通り初期設定のまま。色々な行動を設定できるのが売りなのにこれじゃあトレーニングに幅を利かせられない。

 念の為だったけど俺が設定したAIデータを持ってきて良かった、今よりもためになるのは間違いない。接続して、追加して……他にも俺が作った訓練用フィールドもぶち込んどいた方がいいな──というか俺が持ってきたデータ全部入れといた方が良さそうだ。

 設備自体は立派なのに肝心の中身がこうもよわよわだとは……勿体無さ過ぎる。

 皆もアップを終えて基礎トレをやっているみたいだ。体の出来上がってる頃だろうし丁度いマイクは──あったあった。


「あーあー。皆一度フィールドから出てくれ。フィールドやユニットを更新する。これを相手にトレーニングをしてくれ」


 声が聞こえた皆は大人しくフィールドから出てくれる。

 再構築に巻き込まれるとバグッたゲームキャラみたいに壁に埋まるからな。怪我の心配は無くても注意は必要。よし、全員いないな。更新──

 ルールはロイヤル、フィールドは廃墟、トレーニングユニットは部員に合わせて四体。

 再構築完了──


「更新完了。じゃあ始めてくれ」


 これで少しは実力が測れる。さっきのプレーン製よりも強くはなっているが俺製のAI程度なら十五分以内に相手をダウンさせきればまあまあと言ったところだろう。

 他にも更新箇所を探しとかないとな。一応OSの更新自体はちゃんとされているようだ。単純にフィールドデータやAIが少ないといったところだろう。

 このままインストールが完了すればUCIを利用したトレーニングもこれでまともになる。まさか射的屋の的当て程度の代物しか入ってないとはちょっと予想外。

 恐らく全盛期時代はトレーニングユニットを生成する必要が無いぐらい部員が多かったのが一つの原因だな。フィールドを自分達で作るっていう取り組みも俺が学生時代に目立ち始めた、それに知識も必要だから素人が適当に作ったって酷い箱庭しかできあがらない。

 とにかくここはまるで竜宮城、設備自体は立派なのに時間が止まっている。これじゃあ──

 

 ビー、ビー


「──早いな。十分ぐらいしか経ってないんじゃないか?」


 試合終了のブザーが鳴る。時間内ってことはどちらかが全滅したということ。これなら充分期待できる。

 もっと上のレベルの設定で戦っても……あれ?


「強すぎマース! 盾が足りまセーン!」

「な、何にもできなかった……避けるのが精一杯でどんどん追い詰められちゃった」

「狙いが鬼正確すぎるんだけど!? 透視でも使ってるんじゃないかってレベルで位置がバレてた気もするわ」

「隠れるのが早すぎて狙いが付けられませんでした……」


 不平不満を口にしながらまだダメージが抜けきっていない黒いスーツでフィールドを出てくる。


「まさか全員やられてしまうとは……」


 悪い方向で予想が外れることになってしまった。想定外過ぎて俺も俺でポツリと漏れてしまうぐらいだった。


「ちょっとおじさん強すぎると思うんですけど?」

「いや、この程度のユニットで苦戦していたら練習試合で勝つなんて夢のまた夢だぞ……」


 さらに思わず本音が洩れる。

 どことやるのか教えてくれなかったけど弱いところとさせる気なんてさらさら無いだろう。この程度の動きを超えた人なんて沢山いる。これに百回やって百回勝つような人が相手になってもおかしくない。


「そうなんですか!?」

「生身の肉体だったらもっと苛烈に攻めてくるぞ。フェイントに寄せ、囲い、自在に組み合わせてくる」

「今までやってきたことは本当に遊びだったみたいデース……」


 井の中の蛙大海を知るみたいなことになってるな……とはいえこれらを倒せなきゃ始まらないのも事実。しかし、現実を教えて自信とやる気をへし折るだけが練習じゃない。成長の実感を与えるのも必要だ。


「人数を減らして再挑戦だ。常勝できるようになったら数を増やしていく」

 

 これはトレーニングプランもしっかり考える必要がある。基礎基本がどこまで積み上がっているのかも知っておかないと……。

 第一、最初からコーチがいない状態で活動していた……顧問も役立たず……我流の何となくを積み上げていっただけだとすれば、理論的にコーチングされた相手にはまず勝てない。戦術や戦略、肉体的精神的になにもかも土台ができあがっていないのだ。

 どうやら選手プレイヤーの情報を先に把握しておく必要があるな。

 過去の練習や試合の情報を取り込んでいってAIに分析させていく。加えて動画を見たり今の練習を見て判断したことを簡単にまとめる。

 簡易的だが彼女達のデータはこんな感じになった。


 南京向日葵

 身長172cm

 50m走 9秒

 役割は遠距離アタッカー。使用トイはバズーカのバハムート。

 非常に恵まれた体格をしている。バズーカは高火力高重量だが重そうに使っている様子は見られない。このことから体幹も優れ腕力も相当あると考えていいだろう。これは明確な長所。

 ただ引っ込み思案な正確が災いしているのか打たずに終わる試合も多い。逆に運良く決まれば勝てているぐらいに鍵を握っている。


 八重菫

 身長147cm

 50m走 11秒

 役割はサポーター。使用トイは索敵ドローンのリブラ。

 索敵ドローンを飛ばして相手の位置を探るレーダーな役割を担っている。冷静に指示を送っているが接近された際の手札が少なすぎてすぐにダウンしている。身体能力の低さがというより対策ができていない気がする。

 とはいえ指示と分析は相当能力が高い、彼女が支えているからこそ何とか戦えている印象すら受ける。


 セイラ・アキレーア

 身長160cm

 50m走 7.5秒

 役割はディフェンダー。シールドにショットガンのサラマンダー。

 資料によるとハーフの女の子。独特的な喋り方はそういうことだろうか?

 攻撃と防御のバランスが整っている組み合わせ。身体能力も中々高い。しかし、攻めの意識が強すぎるのだろうか? シールドを過信しすぎて誘い込まれていることに気付いていない。ただ、恐怖で足が竦むことは無いのは長所。完全にスポーツとして楽しんでいる様子が見て取れる。前線で戦わせる選択は間違ってない。


 木槿蘭香

 身長159cm

 50m走 7.4秒

 役割はアタッカー。使用トイはサブマシンガンのグリフォンにブレード。

 この組み合わせは……確か白華黄金時代のエースが使っていた組み合わせ。ああ、さっき憧れの選手とも言っていたからあの人を真似ているということか。

 その甲斐あってか身体能力も高く、恐らく視野も広い、セイラさんのピンチに気付くし敵の位置もすぐに把握している。グリフォンで牽制し距離を一気に詰めてブレードで切り裂くスピードが求められるスタイル。

 録画を見ていると……傍目から見ても攻め時なのに足が止まっている? 恐怖……じゃないな、視界に映る仲間が気になりすぎて前に行けて無い感じだ。


 パッと見た限り磨けば光りそうな原石……でいいのかもしれない。ただこのまま磨いたって高が知れているな……一ヵ月後に勝つ為には改革は必須だろう。

 そのためには…………ダメだ、どうしても心が昂ぶって顔が緩んでしまう。蘭香ちゃん達は大変な状態だってのに。今俺は夢の舞台に立てているという実感が何でもできそうな無敵感を生み出している。

 今までは夢にまで見て、目を覚ませばなれていない現実に何度も気が沈んだ。

 でも、これは夢じゃない仮初に叶えられた現実でも、本気で向き合うに値する現実だ。

 育成プランの考え甲斐がありそうでワクワクしてきた! まだ動画はあるから……っていかんいかん一時間過ぎてる、学園長の呼び出しを忘れるわけにはいかない!


「一度学園長室に戻るから好きにしていてくれ!」

「私も一緒に行きましょうか?」

「場所も覚えているし許可証もある、通報されないはずだ」


 とはいえ注意は必須。周囲が花畑で覆われたような場所で花を潰さないように歩かされるぐらいの集中力が必要だ。

 廊下の角でぶつかったら叫ばれてもおかしくない。

 ついスキップしてしまいそうな上がったテンションを抑えつつしっかりとした足取りで向かうことにした。

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