第3話 白き花園

「蘭香ちゃんに会うのも久しぶりだな」


 最後に会ったのは確か10年位前の正月だった。

 親戚の集まりでちょっとした宴会騒ぎ、子供達は子供達で遊んでいて俺はその時高校真っ盛り、子守りを任されてゲームやら何やら色々とせがまれた記憶がある。

 その時の蘭香ちゃんは小さいながらも細かいことに気が付く子だった、あぶれたり寂しがってる子のそばについて一緒に遊んであげたりしていた。

 あんなに良い子がお嬢様学校に通うぐらいに成長した。どんな姿になっているか少しばかりワクワクしている自分もいる。

 しかしまあ……昨日の電話には本当に驚いた。

 急に「コーチになってほしい」と頼まれてしまうなんて人生何が起きるかわかったもんじゃない。

 最初は断ろうと思ったし、学校が学校だけにもっといい人を呼べるんじゃないかと疑問を覚えた。

 電話の後で自分なりに調べてみると、その理由がわかった過去に起きた白華ワープリ部の事件、栄光を薙ぎ払うには十分すぎて、その根は深く誰も力になってくれないと来た。

 何と言うか……ここまでやれていたことが奇跡とさえ思えてくる。その幸運が切れて顧問の産休、成果や部員、それらの要素が襲い掛かって来たのかもしれない。

 そんな複雑な状況の白華女学園ワープリ部に呼ばれることになるなんて……運が良いのか悪いのかわからない。白華に足を踏み入れることができるのは間違いなく幸運と言えるが──

 そもそも、蘭香ちゃんが求めた条件。ワープリに詳しくて、比較的時間の余裕がある人間で、部員の血縁者。ここまで重ならないと誘われる機会は無かった。

 そんで持って報酬は出せないらしい。完全なボランティアで指導することになる。

 普通だったら断ってもいい。誰も当然だと言うだろう。むしろ女子学園に入るなんて邪な感情しかないと揶揄されるだろう。

 でも、俺の学生時代と少し重なる部分もあって見捨てる気にはなれなかった。こんな俺にしか頼ることしかできないぐらい追い詰められているのも感じ取れた。

 責任重大な立場に置かれることは間違いないけど、何時の日だったか失った夢が舞い戻ってきた気がして受けることにした。

 何より誰かの青春の為に骨を折るのも悪くない。


「やっぱ広いよな~白華女学園……中高一貫、寮付き、HPで見るとの実際に見るのとではこうも違うか……」


 蘭香ちゃんがここに入学したなんて本当に凄い──改めて調べてみたが女として生まれたら一度は恋焦がれるような何から何まで美麗で高水準なところだ。流石は百年近い歴史に恥じない中高一貫女子学園と言ったところだろうか?

 今年の中等部の倍率は11倍、高等部は少し特殊で推薦枠と編入枠だけで多くても十人程度しか入学できないらしい。

 白華に入学したら滅多なことでは転校することは無く、別の高校を受験する子もいないぐらい魅力なのだろう。

 この高く滑らかな壁は品位ある淑女達を守る鳥かごと言ったところだろうか?

 そんな学校がトイで撃ち合うワープリをやっているのもすごい話だ。おまけに三大祭の一つ月光祭で三年連続の優勝、流星祭も勝って二冠を達成した年もあったらしい。陽光祭だけは男子限定だから参加できないとはいえ相当強いのは確かだった。

 帰宅する生徒と何度かすれ違うがやっぱり普通の学生と全然違う、白い制服は穢れ無き証拠と言うべきなのか、身なりや歩き方、何より顔で入学を決めているのかと思うぐらい容姿も整っている。

 正門に近づくと自然と生徒の数が多くなり思わず警戒してしまう。公道を歩いていると言っても男一人でここを歩くと獣か何かだと思われるかもしれない。

 門の前には一人の女の子がキョロキョロ誰かを探している姿が見られる。

 もしかしたらという直感が湧くぐらいその子からは記憶にある小さな頃の面影が少し感じられた。


「もしかして……木槿蘭香ちゃんかな?」

「え!? はいそうです──じゃあ貴方がもしかして鉢谷達也はちやたつやおじさん!?」

「お、おじさんか……でも、蘭香ちゃんもあの時と比べて立派なお姉さんになったじゃないか」


 一応はとこ何だけどな……二十五なんだけど花の女子高生からしたらおじさんなのか……ちょっと心にダメージを受けてしまう。

 でも、本当に立派に成長したなぁ。あんなに小さかったのに身長も伸びて、名門の制服を着こなして女性らしく成長して……いや、でもあのちまくて可愛い子が十年でこんなにも成長するのか……女の子って本当に凄いな。感動してしまう。


「えへへ、そうですかね──って、そうじゃなくて。来てくれて本当にありがとうございます! 来てくれなかったら泣いちゃうところでした」

「今の時点で半泣きじゃないか……」

「す、すいません。ちょっと安心したら溜まっていたのが洩れそうになって! あっ、それとごめんなさい、昨日の今日でお願いする形になっちゃって。あの後お母さんに注意されまして……本当に無礼でした」

「まぁ気にするなそれだけ追い詰められていて必死だったんだろう?」


 無理言って休みを貰った。その対価として白華どんなところだったのか話す必要があるがまあ仕方ない。白華学園に足を踏み入れることは本当に難しい金で入れるような場所じゃないからだ。どんな石油王だって学園関係者かつ正当な理由がなきゃ入れないような場所らしい。


「ありがとうございます! そうです、先に学園長に会う必要が、じゃなくて──まずは受付しないと!」


 ほのぼのするのはここまで、本当に限界ギリギリだったのが伝わってくるぐらいの落ち着きがない。少し早めに来て正解だった。

 しかしまあ、流石は名門女子学園、防犯意識が青天井。

 門には受付が併設されていて、不審者や侵入者がこの辺りをうろついていたら容赦無く警戒対象と認識されるだろう。さっきから門の近くは当然として外壁にも監視カメラが設置されていて今も尚一挙手一投足録画されているだろう。ダメ押しに門番の方の殺気が背中にビシバシ突き刺さってくる。

 死体蹴りと言わんばかりに何と言うか電話していないか? 警察じゃないよな?

 蘭香ちゃんが屈強な門番と話をすると、手招きされて呼ばれたので恐る恐ると近づく。


「こちらに必要事項を記入してください」

「は、はい……」


 丁寧ながらも何とも低音でドスが聞いた声だ……自分の名前はもちろん身分証明書も提示させられ、誰の紹介かも書かされる。

 もちろんこれで終わりではなく、持ち物検査もしっかり行われる。鞄に入れたノートPCの使用用途も聞かれて、「ワープリ部の指導に必要なもの」で通すことができた。ボディチェックも入念に行われて録画可能機器や通信機器の類はここで没収らしく俺のスクホは預けられることになった。

 ここで文句の一つでも言えば容赦なく追い返されそうなので黙って従うことにする。

 そうして許可証を渡され首にかける。これが無くなったらやはり通報されるらしい。

 とにかく蘭香ちゃんから離れないようにしとこう。


「これが白華学園か……写真で見るのと比べると数倍綺麗だな」

「私も入学当初はなんて綺麗な場所なんだろうって緊張したんですけど、今は慣れちゃいましたね」


 校舎全体は確かに歴史を感じる古さはあるがアンティークな趣を放っている。歩道にゴミは欠片も存在しない西洋庭園のような華々しい道を歩いていると、すれ違う生徒達に必ず警戒や興味の視線を送られ、まるで動物園の動物みたいな気分になる。

 カジュアルな格好じゃなくてスーツ着てきた方が良かったか? 男だから浮くのは想像していたけどこの男の存在が許されないような不思議な空気感に弾き出されないか不安を覚えてしまう。

 そんな迷いと恐怖を抱えながら到着した学園長室──


「おかけになってください」

「失礼します」


 圧が凄い……視線だけで物が切れそうなぐらい鋭い。HPの写真で美人なのはわかっていたけどここまでの圧を有しているとは思ってもみなかった。


「まずは始めまして。私は学園長を勤めさせていただいています道明寺桜どうみょうじさくらと申します」

「──これはご丁寧に。自分は鉢谷達也です」


 緊張しすぎて噛みそうになる。この空気本当に苦手だ、面接を思い出すし頭が真っ白になる、自分が完全な弱者だと見せしめられてるみたいで気分が良くない。


「まさか昨日の今日で連れてくるとは予想していませんでしたよ。この行動力は褒めるしかありませんね」

「時間がありませんから頑張って探しました」


 こんな震えを何とか抑えている俺とは違って蘭香ちゃんは冷静そのもの。流石は白華の生徒さんだぁ……。


「では、単刀直入に──ここに来ることの意味をわかって来ましたか?」


 嘘とか迷いとか全てを見透かしそうな瞳。流石は名門の学園長なだけあると気圧される、唾を飲んだところで乾きは消えない。


「……もちろんです」

「そうですか──予め伝えておきますが、私達はワープリ部に期待はしていません。予算も最低限、故に貴方に対し報酬の類を与えることは考えておりません。来月の練習試合で優れた成績を収めることが出来なければ速やかに廃部といたします」

「優れた成績とは随分曖昧な気もしますけど……ただ勝てば良い訳では無い。ということですか?」

「それを導き出すのも貴方達の役目ですよ」

「ええ……」


 蘭香ちゃんが戸惑いを漏らしてる……同意する程中々に厳しい条件だな……この一ヵ月も無い時間、ただ勝利する為に鍛えるだけじゃダメな可能性。

 名門白華女学園で生き残るにはそれ相応の実力と品格が求められるということなのだろう。


「貴方の時間を奪うだけになるかもしれませんが。改めて、ワープリ部のコーチを務めるのでしょうか? 決めるのは貴方です、どの選択でも止める者はいないと約束しましょう」


 ここが運命の分水嶺といわんばかりの重い空気──心配そうな瞳でこっちを見てくる蘭香ちゃん。

 口の中がすぐに乾きそうな重苦しい空気の中、一度呼吸を整えて決意を言葉にする──

 落ち着け……言うべきことはわかっている。


「……もちろん引き受けます。男が一度決めたことを怖気ついたから反故にするのは情けないったらありゃしないですよ」

「かしこまりました。受理いたします。では正式な入校証を用意いたしますので一時間程したらまたこちらにいらしてください。蘭香さん、UCI管理カードです。無くさないように」

「は、はい!」

「それと、辞めたくなれば何時でもおっしゃって構いませんので気楽にどうぞ」


 最後の言葉が不穏すぎる……けど、これで認められたってことか? いや、認められたって言うより試している途中な気もする。多分ここで冗談でも「やっぱり無しで」とヘラヘラしながら言っても受け入れられそうな怖さがある。

 学園長室から出ると超重力の部屋から出てきたのかと錯覚するぐらい体が軽く感じられる。ほんの十数分でも肩が凝るぐらい身体がガチガチになっていた。


「よ、よかったぁ~学園長が怖くて受けないかと思っちゃったよぉ」

「流石にここまで来ておいて逃げる男はいないって」


 どうやら蘭香ちゃんも白華の生徒とはいえ学園長さんの圧力には慣れていないようだ。額がちょっと汗ばんでいるのが見える。というか人の事言えない、俺の方が汗かいてるなこれ……。


「どうやったらあんなに圧を放てるんだ……? 何かしらの能力者なんじゃないか?」

「しー、そういうことは口にしたらダメですよ。この静かな学校誰がどこで聞いているのかわからないんですから」

「確かに俺の高校時代と比べたらここは賑やかさが少ないな」


 静謐な雰囲気で満ちている校舎内。

 ひそひそ声で話ながらこの場を後にして部室へと向かった。

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