第2話 今だけ使えるワガママ

 急いでグループチャットで報告して相談しないと。菫ちゃん以外は帰ってるだろうしリモート会議じゃなくて直に顔を合わせてやりたいけど情報だけはとにかく先に──


「え? どうして皆まだいるの?」

「その顔、何だか良くないことがあったみたいね」

「嫌な予感がして残ってマシタ」

「わ、わたしはギリギリまで大丈夫なので……」


 とにかく良かった! 焦りやら何やらで心が爆発しそうだけど皆の顔を見たら少し落ち着いた。

 一つ大きな深呼吸の後、さっき学園長室で起きたことを皆に話した──


「……ということがあったんだけど」


 皆も私と同じように驚いてくれたけど、菫ちゃんは「やっぱりか」みたいな言葉を口にしてどこか冷静で予想はしてたみたい。

 だけど、同じように悔しい表情もしているから気持ちは一緒で安心した。


「まさかそんなことになっているなんて……悪い方向で予想が当たっちゃいましたね」

「Oh……何ともビゲストな試練が襲ってきましたね……」

「私──こんなところで終わりたくない……! だから皆力を貸して! お願い!」

「モチのロンデス! 全力でガンバリマスよ!」

「は、はい! できることがあるかわかりませんが。が、がんばります……!」

「しょーがないわね。あたしだってこんな無理矢理終わるのは納得できないから戦うわ。まあ、学園長の言い分も間違ってないが事実だけど……」

「とにかく! 練習試合に勝てればまだチャンスはあるよ! 今以上に実力を上げて必ず勝とう!」


 不安だけど私が一番最初にくじけたらダメ。部長なんだから!

 皆が力を貸してくれるんだからその気持ちに応えないと!


「その為にはまずはとにかくコーチか顧問が必要ね。設備が使えないと練習できないし部員を集めたって意味がない。誰か適任者はいないかしら?」

「でも練習といえば……今までわたし達だけで行っていませんでしたか?」

「うん、撫子先生からカードキーを借りて勝手に使ってた。先生は先生で管理室でお仕事してたから指導と言えるようなことはしてくれなかったけどね」

「ええ、めっちゃ快適そうにしてたの見たわ。夏の練習中は正直あの姿が目に入った瞬間にイラっとしたこともあったわ」

「昼寝してたの見たデース! ついでにパソコンの画面は動画デシた!」

「机の引き出しにお菓子隠してるの知ってます……」


 皆も良く見てるなぁ……確かに管理室は機械の関係上過ごしやすい温度になってるし私達も暑い日はお邪魔する時もあるもんね。

 とにかく、最初の大きな問題としてワープリを行うにはUCIエネルギー管理室にカードキーを差し込む必要があってそのカードキーは先生が保管している。先生がいなくなったら多分学園長が保管することになって、監督してくれる大人を連れて行かないと貸してくれないということ。


「その辺りの愚痴は置いといて。先輩達も小まめにコーチを申請していたみたいだけど結局誰も了承してくれなかったのよね。プロ講師は以外と高いし予算内で受けてくれなかったし既に他の学校やクラブで教えてるみたいだし、かといって安くて数も多いフリーのアマだと信用できるか怪しいし」

「白華は難攻不落のお嬢様学校だって認知されていますから……合法的に校内に入りたい方は男女問わず存在します……信用できる方は絶対条件だと思います」

「問題はそこなんだよね~真面目そうな見た目の人でも心の内はわかんないし、盗撮騒ぎになったら練習試合を待たずに廃部確定だよ」

「過去の事件が再来したら停学コースもありえるわ。他の皆にも迷惑をかけたらそれこそ最悪の事態に陥る」


 想像しただけで寒気がする!

 私達の中だけで完結するならまだいいけど他の人の迷惑になったら責任取れるかもわからない。安全性の高さが売りの一つの白華はCMで聞くような有名企業のお嬢様が沢山いる。変な虫だったり不審者が寄り付かない侵入できないように徹底されてる。

 だけど私達には今、誰でもいいから引き入れられるカードを持っている。使い方次第ではゴールデンウィークを待たずに廃部する危険性がある危険なジョーカー。


「プロ、アマ問わず誰でもイイならワタシのパパとかどうデス? 信用できますし昔ワープリやってたみたいデスよ!」

「確かに身元もはっきりしているし身内なら報酬とか気にしないでくれるかもだけど、お父さん働いているでしょ? 部活の時間と合わないんじゃないの?」

「タシカニ! 毎日7時ぐらいに帰ってきマ~ス」


 両手をチョキチョキしながらお父さんの帰宅情報を教えてくれる。私のところは今海の上だろうからなぁ……候補にも挙げられないよ。


「でしょ? でもそうね、方向性は悪くないと思う。身内の誰かにお願いするのは悪く無い案にしても……放課後の時間に来てくれて……ワープリに詳しくて……無報酬で引き受けてくれる人ってことよね? 冷静に考えなくても凄く厚かましいお願いすることにならない?」

「でも、その厚かましさが使えるのも今だけだと思う。冷静になって申し訳なさとにかく思いつく人皆に聞いてみよう! 時間が無いんだからやれることは何でもやろう!」


 練習試合に勝てるぐらいレベルアップするには詳しい人、できれば経験者が良い。

 ワープリの思い出が全部ここで終わってしまう位なら──なりふり構ってられない! 卑しいとかワガママだって思われても、諦める理由にはならない!

 皆して誰に相談するのかツテを探すか決めていると完全下校を伝えるチャイムが鳴り響いてその日は強制的にお開きになってしまった。


「久しぶりに危ない気がする!」

「焦らないの、下校は多少過ぎたって大丈夫だって」


 それでもちょっと焦る気持ちはある。あまりにも大きな壁で遠くにいても見えてしまう廃部危機という壁が心を急かしてくる。

 そんな私達とは反対にゆったりと落ち着いた足取りで帰っている人達とすれ違う──彼女達は向日葵ちゃんと同じ寮生活組、門限はあるだろうけど学園内に寮があるから十分もかからずに帰宅できる。だからギリギリまで部活動できるからそこは羨ましく思う。

 こういう時は本当にいいなぁって思いながらすれ違うと、ふと──視界の端をヒラリと舞う白い布。

 気付かずに歩いて行きそうだったから急いで拾って。


「落しましたよ」

「あら、ありがとうございます」


 ペコリとお礼をしてくれて穏やかに去っていく。先輩ともなると落し物を受け取るだけでも所作が綺麗だなぁと感心しちゃう。


「相変わらず細かいことに気がつくわね」

「そうかな? 白いハンカチだから気付けただけだって」

「蘭香なら黒でも気付きそうね。クラスでも運搬やら掲示で困ってる人を目ざとく見つけてるんだから」

「目ざとくって……」


 そうは言うけど困っていたら助けずにはいられない。転んだりケガしたら大変だし、失くしたって思って悲しい思いをさせるのも嫌。

 だから気付ける範囲では手を貸したいって思う。

 それからは菫ちゃんとあーでもないこーでもないと相談しながら歩いて電車に乗って歩いて、結局これだって言う案は思いつくことも無く帰宅することになった。


「ただいま~! お母さん、親戚の誰かでワープリに詳しくて、夕方頃暇な人って知らない?」

「急過ぎね一体何の話よ?」

「実はね──」


 隠していても仕方ないから素直に全部話した。廃部危機に陥っていて。まずはコーチになってくれる人を捜していて誰か条件に合うような人を知らないかを聞いてみた。


「青春ね……! お母さんもそんな主人公みたいな出来事に巻き込まれたかったわ……」

「そんな呑気な……で、知ってる人いない?」


 口元に指を当てて視線が上を向いている。お母さんの検索中の体勢だ。


「え~と……確かワープリに詳しいのはあの子よね──」

「いるの!?」

「ちょっと待って今詳しく思い出してるから……あ、でもなぁ……」

「なになに?」


 私が望んでいる該当者がいるみたいだけど、目が泳いでいるし口元を手で押さえて話せないみたいな意思表示をしている。

 それでもジッと見つめていると観念してくれたのか小さな溜息と共に話し始めてくれた。


「多分だけど条件には合ってると思う。だけどね、お母さんからお願いするのちょっと難しいかな……」

「どういうこと? 仲が悪い人なの? 親戚の人から電話があるといつも長電話しているお母さんなのに?」

「よく見てるわね……それは置いといて──その子ね……就活に失敗したみたいで今はフリーターをしているんだって。だからお母さんから娘の為にって連絡すると……」

「ああ……なんとなくわかった気がする」


 つまりこういうことだ「お宅の息子さんお暇そうだから娘の為に時間をちょうだい」って言うような感じだ。うん、これはすっごく仲が悪くなりそう。

 これはお母さんにお願いできない、嫌な印象を受けるのは私だけでいい。


「でも連絡先を教えて。私がお願いするから! 誰なの? 私の知ってる人?」


 お母さんはばつの悪そうな顔をしているけど、負けじと再び見つめる。このチャンス絶対に逃せない。


「ふぅ……そうね。貴方は一度決めたらやり通す子だもんね。ちなみにその人とはお正月の時に一度会ってるはずよ。確か十年近く前だったかしら? 名前は──鉢谷達也はちやたつや君。覚えてる?」

「ん~? …………あっ、もしかしてワープリのビデオ見せてくれた人?」

「そうね、思えばあのビデオがあなたがワープリを始めたきっかけかもねぇ」


 顔はまだぼんやりしていて思い出せないけど、なんとなく覚えている。親戚の赤ん坊に凄く懐かれていてちょっと羨ましかった記憶もある。

 とにかく、その人の実家の電話番号も教えてもらったからすぐにかけてみることにした。お母さんは心配そうな顔をしててちょっと申し訳ない気もするけど、「もしもあの時」なんて後悔はしたくないから。

 プルルルル──プルルルルル──

 

「あ~緊張してきた……!」


 電話のコール音がこんなに緊張を高めるなんて初めてだ……! 立っていられなくなりそうだから椅子に座って待ち構える。けど──ガチャって音が鳴ると自然に立ってしまった。


「あら~久しぶり! 恵果けいかじゃない」

「あ、あの──私お母さんじゃなくて娘の蘭香です!」

「蘭香ちゃん? あらまあ懐かしい! ごめんねえ、でもどうしたの?」


 言わなきゃいけないことが沢山ありすぎてどれを口にすればいいのかわかんないよぉ。ガラガラみたいに頭に沢山ある言葉がごちゃ混ぜに回転しててランダムにでてきそうだよ。

 少し呼吸を整えて──

 

「鉢谷達也さん、いらっしゃいますか! お話があります!」

「……息子? まさかあの子何かしたの!?」

「い、いえ──!? むしろこっちからお願いしたいことがありまして……」

「そうなの。なら良かったわぁ……今替わるわね」

「ありがとうございます」


 いるみたいで良かったぁ……心臓がバクバク鳴ってる。白華に入ってから男の人との電話なんてお父さんとだけだから余計に緊張してきた。

 鉢谷達也さんとはあのお正月以降一度も会ってない、殆ど赤の他人──


「……もしもし?」

「あ、あの。お久しぶりで急に連絡して申し訳ありません! 蘭香です!」

「ああ、うん。聞いている殆ど始めましてみたいなものだよね?」


 電話が始まると余計に心臓が高鳴ってくる!?


「あ、はいそうです。えっと……その……達也さんは、ワープリに詳しいって本当ですか!?」

「……一応ね」


 声がちょっと上擦ったけど何とか聞けた!

 受話器の向こう側から「なーにが一応よ! カッコつけちゃって」みたいなのが聞こえてきた。


「あの! 大変不躾なお願いだとわかっているのですが、私達を助けてくれませんか? コーチになってくれませんか!?」

「……助ける? それにコーチ? どういうことだ? 随分と穏やかじゃない言葉だな」

「実は──」


 白華ワープリ部が廃部の危機に直面していること、それを乗り越えるにはコーチが必要だと伝えた。

 すると唸るような声で悩んでいるのが伝わってくる。


「他に頼りにできそうな人はいないのかい? 白華はあの白華だろう? 俺ですら知っている有名学園だから良いコーチを呼べると思う気がするんだが……」

「……いません、先輩達の代からずっと探してはいたんですけど。単純に断られたりお金の……そうだ!」

「い、いきなりどうしたの?」


 これも言わなきゃいけないんだ……絶対に避けては通れない。でも、黙っていたら誠実じゃない。でも、言ったら断られる……でも、騙してコーチをさせる程私は駆け引きなんてできっこない。正々堂々ぶつかるしかできない!


「もしも……もしも! コーチをしてくれることになっても……報酬は払えないんです……」


 自分でも最後の方を弱々しく言っているのがわかる。

 私達の為に犠牲になってくれみたいなこと言ってるようなものだもん。


「無報酬か……相当追い込められているみたいだな……ちなみにコーチをする時間帯はどれくらいになるんだ」

「放課後だから三時くらいですそれで五時半くらいまで」

「……もしかしなくても、俺のことをわかっててお願いしたということかい?」


 冷静な確認するような言葉にキュっと締め付けられるかのようだった。怒っている感じがしないから余計に怖い。思わずガチャっと切ってしまいそうになるけど──


「はい……教えてもらいました……」

「はぁ~おかんめ……」


 手汗が滲み心臓がうるさい状態でなんとか答える。

 直後に聞こえた溜息混じりの呆れ声。

 そして訪れる沈黙。血の気がどんどん引いて来る。それでも──


「あの、お願いします! このままじゃ練習することもできないんです! 何もせずに終わるのは嫌なんです! 助けてください!」

「…………」


 悩んでいる声が少し電話越しに届いて来る。緊張して喉の奥が渇いてくる。

 もう待つしかできない。魅力的な対価なんて私は持ってない。善意や良心に付け込んでいるだけこれ以上の言葉は誠意でも何でもない。

 でも頼れるのはこの人だけ……そうだ、これでダメでも誠意が足りてないんだ! こんな電話越しじゃなくて直接頭を下げてお願いするべきだった。次はお母さんに住所を──


「わかった。引き受けよう」

「…………? あ──ええ!? い、いいんですか!?」

「ああ、と言っても期待に添えられるかはわからない。とにかく一度そっちに行ってからちゃんと考えたいと思う」

「わ、わかりました。でしたら明日の三時頃に白華女学園の校門近くに来てください、待っていますから! ずっと待っていますから!」

「お、おおう……わかった」

「ありがとうございます! では、お待ちしています!」


 伝わるわけがないけど思いっきりお辞儀をした。

 やった! 繋がった! いや、ちょっと落ち着かないと。まだ決まったわけじゃない、考えるって言ってた。

 でも、繋がってる。どうにかしてコーチになって貰わないと!


「上手くいったみたいだけど蘭香、いくらなんでも──」


 お母さんの声を遮るようにスクホから通知音が聞こえてくる。

 画面を開くと……グループチャットだ──もしかして皆も何か収穫があったのかな? こっちも報告しないと!


「ごめんお母さん! 皆と連絡してくる!」

「はぁ、今は何言っても無駄そうね」


 やっぱり皆も家族に相談したみたいでその結果が投稿されてく。


「兄上と兄者に聞いてみましたがダメでした。大学や会社の伝手を探せば見つかるかもとは言ってましたが条件外なので断りました」

「能力的には問題ないけどアンドロイドじゃ責任の所在がわからなくなりそうだから無理そう」

「一応聞いてみましたがいるにはいるのですが、流石に距離があり過ぎて現実的じゃなさそうです」


 やっぱりそう都合の良い話は何度も出てこないみたい。確かに親族以外ならすぐに見つかるかもしれないけど最悪も引き寄せかねない。

 達也おじさんでギリギリだと思う。皆を安心させるために──送信!


「親戚のおじさんに来てもらうことになりました! 明日来てもらえそうです!」

「なんと!? あれから2時間も経ってないですよ流石は部長です!」

「おじさん……ですか?」

「確かにちょっと心配だわ……下心丸出しのおじさんなんて来るだけで他の皆の迷惑になるでしょ。明日すぐ来れるってことはそれだけ暇ってこと?」


 思った以上に辛辣な言葉が出てくる……あっ!


「おじさんと書いたけど年齢的には25、6位だと思うよ。十年前高校生だったはずだから」

「流石にその年齢でおじさん言うのは酷でしょ……」


 セイラちゃんも「!?」なスタンプ送ってくる。

 何か変だと思ったらそういうこと。関係的には……確かお爺ちゃんの妹の子供の子供だからはとこ? でいいのかな? 冷静に考えたらおじさんって呼び方はあってないかな?

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