『黒歴史とは何ぞや???』

@siroume

第1話

『黒歴史とは何ぞや???』


ネットサーフィンをしていた私の目に飛び込んできたネット上のお題を見て、最初に出てきた言葉がそれだった。


ミステリーを『ホラー』と変換する人もいれば、『幻想的』や『推理』、『不思議な出来事』と変換する人だっている。

それと同じように、色々な人にインタビューしたら『黒歴史』は様々な意味が上がるのではなかろうか。


それはしょうがない。

一個人の人生経験や趣味嗜好によって、単語の持つ意味合いは変わってくるのだから。


主題を上げた人の本意。それは、全員に正確には伝わらない。

それは人と対話をしているときも同じだ。

投げられたボールを確実に受け止められる人がいないのと同じように。

暴投された球をなんとか取ろうとするから、会話が成り立っているだけ。

投げた、投げられた球は、滅多に、相手にまっすぐ投げられる人はいない。

投げかけた、それに投げ返す球は、相手の経験から得た記憶から、いくつもの言葉に自動的に変換されていく。

そう誰しも、相手の言葉を、相手が投げかけた意味としては正確に理解しようとしてない。

誰もが相手の言葉を取ることだけに注力している、もしくは適当に相槌を打つだけで、なんとなく会話が続くように見えるだけだ。

他人との会話に正解などありはしない。相手の意図ではなく、己の経験を正解にしているだけだ。


おっと話しが逸れてしまった。

では黒歴史とはなんぞや?

大多数の脳裏に思い浮かぶのは。

『恥ずかしいが若気の至りで笑える出来事』なのだろう。しかもそれは、自分が仕出かした、と枕詞がつく。

ラノベ卒業した大人なら、『厨二病』を挙げるだろうか。

『黒歴史』と耳にするだけで頭の中が身もだえし、頭の中で床に転がるのだろう。

青春の一コマ、ある意味いい思い出だろう。

誰もが通る道だと笑いながら「お前もあったよな」と同意を求める的な感じで。

そしてそれは『他人が犯した後ろ黒い歴史』とも言い換えられる。

自分には関係ないから娯楽のように楽しめるものとも。


お題を挙げた人はきっと「みんなで笑おうぜ!」と、ほほえましいことを望んでいるのだろう。

しかし出題者が望む一種類だけの意味合をまともに受け入れる人はどれくらいいるのだろうか?


私がそのお題を見て即座に思い付いたのは。

隠したい、という意味ではない。お先真っ黒にされた人生という意味だ。

過去のひどい目に遭ったことだ。

だが、その黒歴史を話すと、人は笑うのだ。

何度も自殺未遂をさせられ、言葉通りの真っ黒な歴史でしかないのだが。

「たかがそれくらいで?」と笑いながら言われてしまう。

私の認識が間違っているのか? 私が重くとらえすぎるのか? 

普通の人の常識がわからない。

ずっと悶々としていた所に投げかけられたお題を見て、『安心してフルスロットルの黒歴史をご応募ください』と書かれていたことで、一気に気持ちが上がった。

しかしただ書くだけでは暴投になってしまう。

ここでその内容を書くのだけであれば、面白くもないだろう。

なぜなら読み物として成り立たないからだ。

さてならばどうするか。


では一つ。私の過去生を一石投じてから、今生で何が起きたかを書きたいとひらめいた。

そうすれば読み物の一部として成り立つだろう。きっと。

作品を投稿するにあたり注意事項の何かに抵触していたら、書いた意味がなくなるので、気を付けた。

これを読んでくれる一人はいるはずなので、私の黒歴史は唯一の一人にでも読んでもらえると思いたい。


ラノベ的黒歴史とは。

過去の記憶を持ち今世に生まれ変わった。青春時代に特殊な能力者と信じていた。そして夢から醒め、凡人だと己の思考を恥じる。いわゆる痛い人間を指すのだろうか。

それと共通している部分は、過去世を引きずることだ。

私の過去世は口減らしで見世に売られた客買いの女である。

最近流行りの某小説なら「妓楼」と書けばイメージしやすかろう。

そこで多くの客を取った。いや取らされた、人気者だったらしい。

売られたのでほぼ無給。ただ働きだ。それが今世で影響したかは不明だ。


小さいころから変質者に遭遇していた。知らない大人や知っている大人。

お駄賃をもらうこともなければ、警察も対処してくれない。

思い出したのは、大学で教授に売られたことが始まりだ。


「君には某試験場に行ってもらう。女生徒がいいと言ってる。嫌だって? 行かねば卒論は書けない。つまり卒業できない。それでもいいのか?」

私の同意を得ることなく、教授は淡々と述べた。それが私の悪夢への始まりだった。


生徒の面倒を見るのが面倒という教授により、私は身売りさせられた。

考えるほど異常だ。しかし社会人経験も無い、他人に否定される自分にとり、その異常性に気付こうとしなかった。いや気づきたくなかった。でないと精神が持たなかったからだ。

そのあたりは過去世とよく似ていた。


「よく来てくれた。明日は履歴書を持って」

目の前の小太りで大柄な男は笑いながら言った。

試験場に提出ではなく、個人的に私の経歴を持ちたいと男は言ってきた。

その時点でおかしいと思わないといけなかったのだ。

「……はい」

卒論を上げられないと困る。それだけしか頭になかった。

翌日、履歴書を提出したとき、男はにやりと嫌な顔をし笑ったのが目に焼き付いている。

「これは預かる」

履歴書は私の首を絞めるため使用されようとは、このとき思いもしなかった。

試験場で卒論を書くため必要な実験が始まった。

「ここは?」

「解剖室だ」

男に連れられた先は、カサカサ音がする動物がいる部屋だった。

「ここのゲージが僕の実験するマウスだ。本当はラットが実験結果を得やすいが噛まれるのも怖いし、殺すのが大変だ」


教授に何度も念押し、解剖は絶対に無いと言質をとったはずが解剖から幕が開けるとは、露とも思わなかった。

一つのゲージに五匹。ゲージを男が持ち上げ「早くしなさい」と足を進めさせられた。

「こうしてマウスを絞める」

手には手袋。顔にはマスク。

表情は見えないが、笑っているのが声色でわかる。

「どうだ。こうすると簡単に死ぬんだ」その声が弾んでいる。

下品な笑い声と、マウスの間際の嫌な声が聞こえ、気を失いかけた。

男は慣れた手つきで、鼻歌交じりに解剖用器具を手にし、マウスをハサミでじょきじょき開腹し、メスで腑分けをした。

「ぼっとしない。ラップに臓器を包んで番号を書く」

私は無言で男の言葉に従った。いや精神状態はやられて声は出ず、惰性で動くことしかできなかった。

それが毎日続くとは思いもしなかった。

マウスを殺すときの男の恍惚な声。

殺されたくないと悲鳴を上げて反発するマウスに恫喝する男の声。

毎日毎日見聞きさせられ、染めさせられた。


お前は肉を食べないのか。動物を殺さないのかと言われそうなので書いておく。

否定される自分が他物の命を奪い、食べて生きる行為は違う。生き物を殺せないのに惰性で食べる行為はおかしいと拒食状態になった。

だから解剖のある生物学部を選ばなかった。解剖のないのを教授に確認を取った。

当時は水と乳製品を日に一回程度。


人が口に物を入れる姿は苦痛だった。

物を口に入れ、空気のように言葉を口から吐き出す。吐き出すものは臭い嘘ばかり。

人など信用してはならない。唯一大学で学んだことだ。


「マウスを殺すことは難しいから僕がやる」

そう言われたが、臓器を取り出す手伝いをする時点で、私も動物を殺している。

殺したくないのに、殺す手伝いをさせられる。

この矛盾に耐え切れず私の心は死んでいた。

精神状態を殺ることで、男は私に先制攻撃をしたのか。

精神状態が最悪なまま一か月後。

男は事務仕事を命じ私を机に向かわせた。


私は机に向かい黙々と作業をしていると男は私の背後に立った。

私は気にせず手を動かすと、男は私の側頭部を両手でつかみ、私の顔を上に向けさせた。その瞬間。男は私の口に、男の口を押し付けてきた。

ほんの僅かな時間だった。

いきなりのことで何をされたのかわからなかった。

「二度とこんなことをしない。だから誰にも言わないでくれ!」男がそう言った。


性被害は過去にもあった。

私はいつものごとく私の記憶から「それ」を削除した。

翌日、翌々日。

私は何事もなかったように試験所に、男の元に通って、解剖、試料作り、測定、データ作成等々を淡々と、心此処にあらずでこなした。


男は私が誰にも言わない、男に非難がかからないことに安心したのか。

笑えるくらい、状況は悪化した。

「白衣よりも短いスカートを履きなさい」「もっとおしゃれをしたらデートに誘うのに」「なんでズボンにするの!」

そんな暴言で済んでいたうちはよかった。


「検査室に行く」

男はことあるごとに私を従えた。

検査室も解剖室同様、離れた場所にある。

検査室に行くには階段を使うかエレベータを使うかだが、男は必ずエレベータを使用させた。


「ほら乗る!」

劇物を持たせた私の背後に立ち、後ろから羽交い絞めに抱き着き、白衣の中に手を伸ばす。

「落としたら火傷だ」と言いながら、「かわいいね」のオプション付き。何度も何度も繰り返す。


我慢限界で他の人に相談し教授の耳に入れたけれど、何も変化がなかった。

誰も私を救ってくれない。それどころか、「お前は何を言っているのだ?」「それくらいはとうぜんだろう」と平気で教授も他人も笑いながら言った。

私が変なのか? すでに頭の中は錯乱状態でしかなかった。


暴行をされ続け、解離状態で自我を置き忘れた私の精神状態は瓦解した。

過去の様々な状況が一気に思い出され精神状態が悪化。私は自分という意識を持つことを放棄した。

反比例するかの如く男の行為は加速した。


「膝に座って。あぁ柔らかい。いいにおいだ。ずっと抱き着いていたい」

膝に座らされ、抱き着かれ、顔を摺り寄せられ、舐められる。そんな毎日。


「君と同じくらいの娘がいるんだ。僕と同じで不細工だから、こんな目に遭うことはない。安心だ」

笑いながら言って私の服の中に手を入れてくる男は、いったい何なんだろう?


「妻は女のくせに僕よりも出世をしていて生意気なんだ!」

怒りながら、私の顔にすり寄ってくる男は、なんで家族を持てるのか?


なんで私は性加害をする人間に逆らってはいけないのか? 

卒論を押さえつけられているからだ。


当然のことながら就職活動はできなくなった。

「はい。次の人、どうぞ」

面接官に言われ扉を開けて入った先で、私は足が震えてぶっ倒れた。

その後も面接先で、目の前の男が、私の体を触る男の顔を重なったとき、面接官の目の前で吐いて倒れた。

面接は中断。即お断り。

それ以降、混雑した電車に乗ることも怖くなり、就職活動はできなくなった。


相変わらず卒論を盾に、男に私の体をされるがまま。

あるとき私は男に抱き着かれる様子を幽体離脱した私が上空から見ている風景が目に入ってきた。

「あれは私じゃないんだ」思った瞬間。私は私の体に引き戻された。


「足を、足をね」

男の膝から私を降ろすと、男が座った椅子に私を腰掛けさせた。

動かなくなった体をそのままに、私はぼんやりしていた。

男は私の靴を脱がせ、靴下を脱がせ、「いいにおいだ」と言い、私の足の指を、親指、人差し指、ひと指ずつ丁寧にぺろぺろと舐め始めた。

私の心はすでに折れ、感情一つすら動かない。生きる屍だった。


「僕の給料はこれだ」と給与明細を見せられ「妻のほうがこれよりも多い。腹が立つ!」と妻に対する暴言を吐き、子供の成長を喜ぶことを告げてきたり。ひどいものが続いた。

途中、途中、記憶は抜け落ちた。その間は何をされたか『わたし』は知らない。


その後、私の意識がはっきりしたのが、試験場のトイレの便器が真っ赤に染まったとこだった。そのあとの記憶はぷっつりと切れている。

いまだに『わたし』がどのように卒業したのか記憶にない。


最悪な結末はこれだけに過ぎなかった。

すでに何も考えられない状態の私は、我慢の甲斐あって卒業はしたらしい。

しかし外に出ることはかなわないくらい精神状態が悪化していた。

就職浪人もだが、引きこもりする毎日だった。


一年後に大学から呼び出しがかかった。同窓会まがいをするというものだった。

行かねばならぬということで参加したときに、最悪の事実が明かされた。


「君、ちょっと来なさい」

教授から呼び出され、個室に連れこまれた。

教授はにやにやと笑い、私に言い放った。

「あの試験場に行って、君もいい目に有ったんだろう」と。

「私はあの試験場で何をされるか知っていたんだよ。女がいいと言ったのは試験場の指導員だからね。女はあの指導員に優遇されるから、卒論を書かせる代わりに女生徒を差し出すことが決まりでね。これは助教授、助手も大学もみんな知っていることだ」

高笑いを続ける目の前にいる教授が何を言っているのかがわからなかった。

日本語ではない、どこか別の言葉にしか聞こえなかった。


そのあと、私の前に行っていたという先輩が私に話しかけてきた。

「あなたがあの試験場に通っていたの? だったら食事や劇に連れていってもらったんでしょ。あなたはラッキーよ!」延々と、うれしそうに話してくれた。


それから私は私がされたことを大学側にも、試験場にも伝えた。

けれど、どちらからも回答はなかった。

大学側も、試験場側も、教授の言葉通り、女生徒を人身御供とし扱うことを納得していたということだ。

体をいいように扱われたという私の主張は、面倒だから無視された。

授業料を払い、体を犯される。どんな学校だ。


私のその行動後は、解離状態がひどく、どうやって生きていたのかすら、「今の」私はわからない。私の代わりに外に出ていた私以外の子等の記憶が共有させられたとき、ひどいものばかりだった。

無意識で自殺未遂を仕出かしたことも何回もあるが、そのたび違う私が死なないように努力をしてくれていた。気づく度に私は発狂し続けた。何年も、何十年も続いた。

その間に、教授や助教授、助手が定年退職をするから金を払えと何度か無記名の郵便振替用紙が送られてきた。そのたび、私は当時の記憶がよみがえり、精神状態は崩壊した。


一番の黒歴史が長期被害を受けた大学時代だが、前後もさんざん男に絡まれ続けた。

過去世で多くの男を取らされた結果が今につながっているのか。

それはいまだにわからない。

霊能者によれば、過去世での縁は今世に続いているという。

では私の来世はどうなってしまうのか。


転生だの、中二病だの。

結局のところ、黒歴史を転生という意味でまとめ、我慢して生き続けないとならないのは正しいのかもしれない。

私は物語の中で断罪を受ける悪役令嬢と同じく、この世界でもヒロインという家族を生かすために悪役をやり続けるしかないのだろうか。

それともこういう機会を得て、断罪から逃げられることができるのだろうか。



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