第22話 王太子
ルーファスたちの姿を見た時、国王をはじめとした国の重臣たちは当然のようにどよめく。第二王子が気絶した第一王子、さらにボロボロになったその従者を連れているのだから当然だ。それも狩猟祭は日没まで森から出てはいけないルール。
「ルーファス、一体……」
玉座より立ち上がった国王も一体何が起こったのか理解できていないようだった。
「陛下、お話ししたいことがございます」
ルーファスはジェレミーを見る。
頷いたジェレミーは、レイヴンの従者を小突く。
前に進み出たレイヴンは森で何があったのかの全てをその場で白状した。
最初は半信半疑だった国王だが、従者の証言通り、森でさらに気絶したレイヴンの指示に従いルーファスたちを襲撃した者たち、そしてルーファスが保管していた王宮での食事(レイヴンは火の魔法により食材の水分を蒸発させて保存していたため腐らずに残っていた)、そしてルーファスが騎士に命じて捕縛していた暗殺者など次々とレイヴンの悪行を裏付ける証拠が出て来たことで、狩猟祭はただちに中断された。
場を王宮に移し、詳しい事情聴取が面前で行われることになった。
王妃は事実無根と騒いだが、ルーファスが提示した証拠はレイヴンの所業を雄弁に語っていた。
魔力抑制剤を長期的に混入できた者、する動機のある者として王妃にまで疑いの目が向く。
レイヴンは王太子の地位を剥奪され、王妃もその座を追われ、二人は幽閉の身となった。
レイヴンに代わり、ルーファスが王太子の座につくことが国王より宣言されたのは、事件が起こった一ヶ月後のこと。
※
王国にとって怒濤の一ヶ月が過ぎ去り、真夏を迎えた。
(悪役王子ルーファスが、今や王太子だなんて……)
自分の断罪を避けるためのちょっとした助言が、国全体を揺るがすような事態になるなんて想像もしなかった。
今でも夢を見ているような気がしてならない。
しかしここまでの激動が起こっても、物語全体に及ぼす影響というのは最少なのだ。
あくまでこの物語は、クリスとラインハルトの恋愛物語。
ルーファスが悪役王子から王太子になろうが、それは変わらない。
ただ、ジェレミーの日常は大きく変化した。
誰もがジェレミーに注目し、家には日々、高位貴族たちからの縁談が舞い込み、父は幸せそうだ。
もちろん結婚なんて、ぜんぜんリアリティを持てないから、ジェレミーは学業やらルーファスの側近としての仕事やらを言い訳にして、逃げ回っている。
早朝、ジェレミーは学校の温室の木陰で涼んでいた。
ここは人がいないし、涼しいし、言うことなし。
うつらうつらとしている時に、草を踏みしめるかすかな音がして、隣に誰かが座る気配がした。
「……王太子殿下、おはようございます」
ジェレミーは目を開け、囁くように言った。
ルーファスはかすかに身動ぎ、微笑む。
「起きていたか」
「……風魔法の結界を張ってたので」
学校でも家から命じられた令嬢たちが接触してこようとするから、仕方がない。
「ごめん」
「? 何の謝罪?」
「私のせいで、お前に無理を強いてしまっている」
「そんなことない。ただ外野が煩わしいっていうだけ。ルーファスと一緒にいるのは好きだよ。昔も、今も。ルーファスも涼みに?」
「あとは人よけだ」
「え。護衛の騎士たちをまた撒いたの?」
「ああ。じゃなきゃ、お前と二人きりになれないだろ」
ルーファスは王太子教育を、ジェレミーは側近としての教育を、学校が終わるとミッチリ受けさせられるおかげで、こうして会うことすらままならないのは事実だ。
前王太子派の貴族たちは表面上は従っているものの、旗ではルーファスの王太子就任を認めたわけでもないから、ルーファスは自分の足場を固めるための活動もしている真っ最中。
たしかにこうして二人きりでいるのは久しぶりだ。
ルーファスは、温室をぐるりと見回す。
「ここでお前に、クリスのことで説教されたんだったな」
「せ、説教? アドバイスのつもりだったんだけど」
あの時のジェレミーはルーファスと縁を切ろうと考えていたのだ。でもルーファスがジェレミーの話を聞いてくれたから、寄り添おうという気になった。
あの日から全てが始まったと言ってもいい。
(あの時には、ルーファスとこんなにも距離が近くなるなんて考えてもいなかった。今じゃ二人きりの時はタメ口だもんな)
「そのお陰で今の私がある。お前がいなかったらどうなっていたか分からない。どれだけ感謝してもしきれない」
「僕は少しこうしたほうがって言っただけ。それを聞いてくれるだけの度量を持っていたのは、ルーファスだ」
ルーファスはにこりと優雅に微笑む。立場がその人を作るというが、ルーファスの雅やかさは王太子になってからさらに磨きがかかったように見えた。
授業を知らせる鐘が鳴り響く。
ルーファスが小さく溜息をこぼす。
「野次馬の好奇心を満たしてやる時間のはじまりだ」
「それじゃ、またお昼に」
ジェレミーが歩き出そうとすると、「待て」と右手を掴まれた。
「……ジェレミー。お前以上に信頼できる人間はいない」
「大袈裟だよ。王宮には僕なんかよりずっと優秀な人たちが……」
「信頼できる人間と言ったんだ。だから、ずっとそばにいて、私が道を外れそうになったら、これからも支えてくれると、嬉しい……」
「突然、どうしたの?」
「……下らないことを考えてしまう。今、私は長い夢を見ているんじゃないかって」
「ルーファス……」
ルーファスの眼差しに痛みがはしる。
「本当の私は惰眠を貪り、くだらない虚栄心にまみれ、己のエゴをただ押しつけるような人間のままなんじゃないかって。お前との関係も……隔たったままなんじゃないかって、時々だが、不意に思ってしまうことがある」
それは原作の強制力が見せる幻か、それともめまぐるしく変わっていく己の立場への不安が見せる悪夢か。
(どっちだって関係ない)
ジェレミーは握り締めてくるルーファスの手を握り替えすと、ルーファスを抱きしめた。
「ん……」
ルーファスがかすかに声を漏らす。
腕の中で、大柄な彼の体がかすかに震えるのが分かる。
「大丈夫。全部現実だし、ずっと一緒だから」
ルーファスが息をこぼす。そこには安堵が滲む。
「そうだな。少し……疲れているのかもな。馬鹿なことを言った。忘れてくれ」
「忘れない。だから、不安なになったり、弱音を言いたくなったら、いつでも聞くし、力が必要ならいつだって力を貸す」
「すまない」
「すまない、じゃないよ」
そうだな、とルーファスは柔らかく微笑む。
「ありがとう」
(ルーファスのためなら、いくらでも頑張れる)
そんな確信めいた気持ちを抱きながら、ルーファスと肩を並べ歩き出した。
【このメンズの絆が尊い 優秀賞受賞作】悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです 魚谷 @URYO
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