もののふ令嬢、血煙に舞う

「参りましょう」


 寄り添ったエフェット殿が、静かにわしの手を取る。坊には魔力式投石器ランチャトーレの強みを生かして、遠くからの援護を頼みたかったんじゃがの。その目を見て考えを変えた。

 幼いながらも男子おのこが腹を据えたとなれば、さすがのわしも断れん。


近間ちかまの敵は、わしが。坊は、遠間とおまの敵を頼むぞ」


「お任せください」


 初めて戦場いくさばに立ったのが半日前のことだというのに。笑みを浮かべるその顔は、もはや歴戦の古強者ふるつわものの面構えじゃ。

 思った以上の傑物じゃの。齢の数を超える敵を屠ったとなれば、肝も据わるか。


 公爵邸の前で、巨大な魔法陣チェルキオの端に目をやる。触れれば警報が鳴るか、あるいは防壁が機能するかじゃ。いずれにせよ、そこからが戦いの始まりじゃ。


「起動するのは、いかづちの攻撃魔法のようですね。お待ちを」


 坊はそういって、魔術短杖バケッタを邸内に向ける。立て続けに放たれた二発の石が、庭の装飾に隠された魔珠ジェンマを砕く。それが魔力を送り込んでいたようで、敷地を取り囲んでおった魔法陣は淡い粒子となって霧散する。


「ときに坊、ぬし近接戦闘ミースキアは」


身体防護プロテツィオーネ身体加速オチェラツィオーネだけです」


 “だけ”といいつつ、その身に満ち循環するめぐる魔力と魔圧は、まるで音なき暴風ウラガーノじゃ。出会おうてからいままでの間にも、どんどん育っておるようにすら感じるのう。

 いや、己を縛っていた頸木くびきを解いた結果か。


「イデア嬢。ここから先は、目当ての者だけを?」


 魔術短杖バケッタを懐にしまったエフェット殿は、念のためとでもいうように尋ねてくる。わかるぞ。わしらのような“覚醒した魔導無能者ティミド”は、力の加減が苦手なんじゃ。戦ううちに、どうしても周囲を巻き込む。


「立ちふさがる者すべてをじゃ」


「はいッ♪」


 目を輝かせた坊を懐で横抱きにして、わしは公爵邸の柵をひょいと越える。高さは三メートルメトロほどで、上端には装飾のように見せかけた棘と槍先が並んでおる。


「とまれ!」


 わしはエフェット殿を下ろすと、警告を無視して歩み寄る。

 迎撃用の魔法陣こそ止めたが、身を隠しもせず正面から乗り込んでは見つかるのも当然。そんなものは承知の上じゃ。


「敵襲!」


 ぞろぞろと庭先に集まってきたのは、軽甲冑を着込んだ魔導兵たち。青黒く鈍い光は帝国製の聖銀鋼か。手には戦闘用の魔術棍棒マッツァを構えて、わしらを遠巻きに囲んできよる。

 その数、七。相手にとって不足はないが、邸内にいるであろう使者に逃げるいとまを与えたくはない。


「わたしは左を」

「うむ」


 短くいって身を沈めた瞬間、視界の隅から坊の姿が消えた。


 ゴゴ、ゴイイィンッ!


 鐘でも打つような連続音がしたかと思えば、左におった魔導兵三名が血反吐を吐いて崩れ落ちる。ひしゃげておるのは甲冑だけではない。転がったまま動かんところを見ると中身もじゃな。

 呆気に取られたわしの隙を狙って、右手の集団が魔術棍棒マッツァで打ちかかる。彼我の間合いは、攻撃魔法には近い。棍棒を叩き付けた瞬間に魔力を流し、敵を焼き殺すのが帝国魔導兵の常道じゃ。


「ふ、びゅッ」


 秘剣“無刀”の刃を受け、残る魔導兵たちがバラバラに切り刻まれて転がる。そのまま屋敷の玄関までくると、なかで駆け回る気配がした。

 窓に明かりが灯り、いくつかの場所で魔力が高まる。


「帝国の走狗いぬどもは、ずいぶんと多いのう」 


 あの魔法、北部の戦場で見た“【海流カスカータ瀑布・コレンテ】”とかいう水魔法。カプリチオの家系ではない。


「仕留めましょうか」


 懐の魔術短杖バケッタに触れながらいうが、邸内に入れば問題なかろう。首を振って、玄関を指す。まずは目の前の敵じゃ。

 自分が先にとわしに断り、エフェット殿が扉へと向かう。武器を片手に飛び出してきた男たちは次々に殴りつけられ、右へ左へと跳ね飛ばされて転がる。

 開いたままの扉から、わしらは邸内に入った。吹き抜けの上階で、隠れながら身構えている気配がある。


「辺境伯家長子、イデア・シンティリオ。逆賊カプリチオに、宣戦を布告いたす!」


「クオーレ・ぺスカ・マジーアの子、エフェット。えにしにより同道する」


 一度しんと静まり返った後で、上階から耳障りな金切り音が響いてきた。あまりにも場違いなそれを聞いて、わしとエフェット殿は思わず顔を見合わせる。


「……ふむ。あれは……」


「楽器、でしょうか?」

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もののふ令嬢、王子を娶る! ――魔法無能者と虐げられていた少年王子は、魔法王国の至宝でした―― 石和¥「ブラックマーケットでした」 @surfista

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