もののふ令嬢、潜入す

「よッ」


 わしは城壁のくぼみに指先を掛け、つま先を乗せて、ひょいひょいと登ってゆく。壁の高さは十五メートルメトロほどか。壁の厚みも防備も塔の配置も、構造つくりは完全に城塞じゃの。

 カプリチオの領都はさすがの厳戒態勢。見張りと巡回みまわりで、門の周囲には近づくこともできん。

 ということは、それだけのもんが城壁内なかにおるというわけじゃ。


「油断するな。奴らは必ず来る」


「応ッ」


 上から声がして、わしは壁に身を寄せる。

 城壁の上にも篝火かがりびが焚かれ、見張りの兵が配置されておるようじゃ。壁の最上部で胸壁の端に指を掛け、わしは通り過ぎる気配を探った。

 壁の上に顔を出すと、ふたり組の兵士たちが歩き去る背中が見えた。殺したところで見つかるのが早まるだけじゃ。物音を立てずに身を低くして、領都へと降りる階段に向かった。

 東西と南にある門の守りこそ厳重ではあるが、よもや闇に紛れて壁を登ってくるとは思わんかったようじゃの。


「……頼むぞ、ぼん


 街に降りたわしは、物陰に隠れながら領都の中心にある公爵邸に向かう。檻のような高い柵で守られた敷地のなかにも篝火が焚かれ、武装した連中が屋敷の周囲に陣取っておる。使者を守るとしたら、あそこじゃろ。

 戸外そとの物々しい構えのわりに、邸内の明かりは少ない。カプリチオ公爵夫妻は眠っておるのか、それとも誘い込むための罠か。


「……」


 街にあちこちに不自然な魔力の反応がある。魔導師でも配置しとるのかと思ったが、魔力のが妙に薄い。設置式の魔道具か?

 公爵邸に近づくと、柵に沿って青白い光がほのかに浮かび上がっているのが見えた。おそらく巨大な魔法陣チェルキオの外延。屋敷を守るための結界でも張ったか。

 使者と停戦の命書は、それほどまでして守るべきものなのかのう。


「まさか、本当に現れるとはな」


 気配もなく背後に立ったのは、声に帝国訛りのある男。わしは腰の剣に手を伸ばしかけて止める。建物の陰から、黒装束の男たちが音もなく姿を現したからじゃ。

 その数、ざっと十二名。魔道具と見まがうほどの魔力隠蔽を行える黒づくめの魔導師。


「……“帝国の暗部アスコーゾ”か」


 正面戦力ではないため戦場で見かけることはないが、戦端が開かれる前には必ず領内に入り込んできよる。いくら潰しても現れる、黒い不快害虫スカラファッジョのような連中じゃ。


「王国の腑抜けどもヴィリヤッコどもが。棒切れを振り回すだけの魔導無能者ティミドを相手に、どれだけ怯えているやら」


 嘲笑うようにいいつつも、七、八メートルメトロの距離をあけたまま間合いを詰めようとはせん。


「怯えておるのは、貴様らであろう?」


 いいながらわしが懐に手を入れると、黒づくめの男らは一斉に身構える。

 そういうところじゃ。あいにく取り出したのは、白地に紅い家紋の入った折り畳み扇子ヴェンタリオじゃがの。


「虫けらどもと戯れる趣味はないんだがのう」


 わしは扇ぎながら、胸元をくつろげる。このなかで指揮官コマンダンテと思われる背後の男に、ゆっくりと向き直った。


「ひとつ、訊きたいことがある」


 男の無反応を肯定と受け取り、わしは小さく首を傾げた。


「第三王妃クオーレを害したのは、貴様らであろう?」


「ああ、滅びたぺスカの生き残りか。病死だということなど、この国の誰でも……」


「“誰でも”にまで流布された情報がすべて真実だというならば、暗部の存在きさまらなど必要あるまい」


 目を見て告げると、男の視線はわずかに左へと上向く。事実であったか。

 わしは胸元を扇ぎながら笑い、扇子を男に向けた。


「喜べ。いまから貴様らは、ただの走狗いぬではなく、わしらの敵じゃ」


「“王国の盾”シンティリオとはいえ、小娘はしょせん小娘。我らアスコーゾの精鋭に歯向かえるなど、と……」


 男の頭が弾ける。その身体がくずおれるよりも早く、踏み込んだわしは手近な三名を両断する。純粋プーロ魔力マギアの刃に、かすかな魔力抵抗。魔導防壁の効果を付与した鎖帷子ウズベルゴでも着込んでおったか。良き備えではあるが、我が“無刀”を止めるには至らん。


「囲めッ」


 指揮を引き継いだ男が戦力をまとめようとするが、その胸板を音もなく飛来した弾体バッラが超高速で貫く。


「な……ッ⁉」


 戦場での驚愕は硬直を生み、死を招く。その事実を学んだときには、多くの場合もう手遅れじゃ。

 胸や頭を射抜かれた死骸が五つ。腰や腹からふたつに分かれた死骸が七つ。気配だけで姿が見えんかった最後のひとりは、いきなり屋根から転げ落ちてきて動かなくなる。


「さすがじゃな、ぼん


「あなたは無防備すぎます。遠くから見ているわたしの身にもなってください」


 屋根からふわりと降りてきたエフェット殿に、いきなり怒られてしもうた。


「いざとなれば、ぬしが守ってくれると信じておるからこその豪胆さじゃ」


「そういうことではありません」


 坊は恥ずかしげに目を逸らしながら、わしの胸元を掻き合わせた。




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