もののふ令嬢、潜入す
「よッ」
わしは城壁のくぼみに指先を掛け、つま先を乗せて、ひょいひょいと登ってゆく。壁の高さは十五
カプリチオの領都はさすがの厳戒態勢。見張りと
ということは、それだけのもんが
「油断するな。奴らは必ず来る」
「応ッ」
上から声がして、わしは壁に身を寄せる。
城壁の上にも
壁の上に顔を出すと、ふたり組の兵士たちが歩き去る背中が見えた。殺したところで見つかるのが早まるだけじゃ。物音を立てずに身を低くして、領都へと降りる階段に向かった。
東西と南にある門の守りこそ厳重ではあるが、よもや闇に紛れて壁を登ってくるとは思わんかったようじゃの。
「……頼むぞ、
街に降りたわしは、物陰に隠れながら領都の中心にある公爵邸に向かう。檻のような高い柵で守られた敷地のなかにも篝火が焚かれ、武装した連中が屋敷の周囲に陣取っておる。使者を守るとしたら、あそこじゃろ。
「……」
街にあちこちに不自然な魔力の反応がある。魔導師でも配置しとるのかと思ったが、魔力の
公爵邸に近づくと、柵に沿って青白い光がほのかに浮かび上がっているのが見えた。おそらく巨大な
使者と停戦の命書は、それほどまでして守るべきものなのかのう。
「まさか、本当に現れるとはな」
気配もなく背後に立ったのは、声に帝国訛りのある男。わしは腰の剣に手を伸ばしかけて止める。建物の陰から、黒装束の男たちが音もなく姿を現したからじゃ。
その数、ざっと十二名。魔道具と見まがうほどの魔力隠蔽を行える黒づくめの魔導師。
「……“
正面戦力ではないため戦場で見かけることはないが、戦端が開かれる前には必ず領内に入り込んできよる。いくら潰しても現れる、
「王国の
嘲笑うようにいいつつも、七、八
「怯えておるのは、貴様らであろう?」
いいながらわしが懐に手を入れると、黒づくめの男らは一斉に身構える。
そういうところじゃ。あいにく取り出したのは、白地に紅い家紋の入った
「虫けらどもと戯れる趣味はないんだがのう」
わしは扇ぎながら、胸元をくつろげる。このなかで
「ひとつ、訊きたいことがある」
男の無反応を肯定と受け取り、わしは小さく首を傾げた。
「第三王妃クオーレを害したのは、貴様らであろう?」
「ああ、滅びたぺスカの生き残りか。病死だということなど、この国の誰でも……」
「“誰でも”にまで流布された情報がすべて真実だというならば、
目を見て告げると、男の視線はわずかに左へと上向く。事実であったか。
わしは胸元を扇ぎながら笑い、扇子を男に向けた。
「喜べ。いまから貴様らは、ただの
「“王国の盾”シンティリオとはいえ、小娘はしょせん小娘。我らアスコーゾの精鋭に歯向かえるなど、と……」
男の頭が弾ける。その身体が
「囲めッ」
指揮を引き継いだ男が戦力をまとめようとするが、その胸板を音もなく飛来した
「な……ッ⁉」
戦場での驚愕は硬直を生み、死を招く。その事実を学んだときには、多くの場合もう手遅れじゃ。
胸や頭を射抜かれた死骸が五つ。腰や腹からふたつに分かれた死骸が七つ。気配だけで姿が見えんかった最後のひとりは、いきなり屋根から転げ落ちてきて動かなくなる。
「さすがじゃな、
「あなたは無防備すぎます。遠くから見ているわたしの身にもなってください」
屋根からふわりと降りてきたエフェット殿に、いきなり怒られてしもうた。
「いざとなれば、ぬしが守ってくれると信じておるからこその豪胆さじゃ」
「そういうことではありません」
坊は恥ずかしげに目を逸らしながら、わしの胸元を掻き合わせた。
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