異世界トラック
明(めい)
第1話
「お疲れさん」
五郎は上司から呼ばれて振り返った。上司は資料を片手に持っている。
人を轢いてきたばかりなのに。そう思い、ため息をつく。
「また次の仕事ですか」
「そうだ。次は葛飾区の――この子は信号無視をする予定だ」
片手に持っていた、住所と写真と、略歴を渡される。
大学受験に受かったばかりの女子高生だ。
こんなあどけない少女を跳ねるのか。正直人を轢いてばかりの仕事で後味は悪い。だがこれまで五郎が轢いてきた人たちは、みな、幸せに暮らしているという。
「わかりましたよ」
「最近本当に増えたよなあ、こういうの」
上司は肩をすくめた。
「本当ですよ、トラックで轢いたり跳ねたりするこっちの身にもなってほしいものです」
「まあ、仕方がない。これが俺たちの役目なんだ」
「わかりましたよ。行ってきます」
この仕事に就くようになったのはいつからだったか。トラックに跳ねられ、気を失い、気がついたら異世界のトラック業界にスカウトされた。
それは、人を跳ねたり轢いたりする仕事だった。
怪我が長引いて勤めていた会社を辞めることになり、仕方がないとこの仕事に就いたのだ。
トラックとトラックの営業所は異世界にあるから人を轢いても問題がない。咎められることもない。報酬は高いが、正直気持ちのいい仕事じゃない。
五郎はトラックに乗ると、葛飾区の指定されたところまで走らせた。
「対象者確認」
独り言のように呟き、何度も頭に入れた顔写真を反芻する。
あの子で間違いないよな?
うん、間違いない。ちゃんと写真と同じ子だ。
少女が信号無視をして走ってくる。
「よし、行くぞ」
五郎は思いっきりアクセルを踏んだ。少女は高く宙を飛び地面にたたきつけられる。
「任務完了。これが仕事だ」
言い聞かせる。そのままトラックと五郎は異世界に戻った。
「お疲れさん」
事務室に行くと、上司が缶コーヒーを投げた。
うまくキャッチしプルトップを開ける。
「今お前が跳ねてきた子はサンガリア帝国というところに勇者として転生するそうだ」
「そこで幸せになれるといいですがね」
「ああ。さて次は――」
「一体今日だけで何人転生させるつもりですか」
「ここ十数年で爆発的にそういう話が増えて、現実になっているんだからしょうがない。地球で普通のトラックの運転手を犠牲にさせないための措置として、我々がいる」
「全く、汚れ役ですね。行ってきますよ」
五郎はコーヒー缶をごみ箱に捨て、資料に目を通すと、トラックを走らせた。
対象を異世界転生させるために。
異世界トラック 明(めい) @uminosora
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