これ以上に私の人生でこれまでも『黒』と呼べる日は二度とないだろう

第1話

　これはな、お日様元気なお昼の二時三十分くらいのことでな。大阪のＪＲ環状線で大阪駅から乗って、天王寺方面へ向かってた時なんやけどな。あの時のワイは一番後ろの方におったんや、後ろの線路側をボーっと見てたわ、他にやることもあれへんからな。そしたらなんか隣の車両から誰かやってくるみたいやから、どんな奴やろと思ってな、ワイ振り向いて確認したんや。そしたら、そしたら・・・・・・

　黒いズボンに黒い服に黒い上着に黒いリュックに黒い靴に黒い靴下に黒い手袋。ほんで極めつけは黒いゴミ袋、九十リットルサイズを頭から被ってたんや。

　とにかく全身黒かったんや。他の色は何もあれへんかったわ。真っ黒や。まっくろくろすけはんも胡坐かいてられへん程の真っ黒や。

　確かにそれぞれの黒に濃淡とかはあったと思うけど、そんな小数点なんか関係あれへんかった。とにかく真っ黒い何かやってん。

　そもそも、性別も分からへんし国籍も分からへん、これは冗談やないんやけど、人間かすらも分からへんねん。巨大なエリマキトカゲな可能性もゼロやあれへんねん。それくらい黒い物体やねん。黒かってん。ホンマやねん。

　なんで黒いゴミ袋被ってんや？息苦しいやろ？アホちゃうか！？

　とにかくそんなん怖いやん？なんかナイフ持って暴れだすんやないかって、エリマキ分投げてくるんやないかとヒヤヒヤもんやったわ。

　とにかく下手にリアクションはせんようにはしてたんや。周りの乗客も割とノーリアクションで、誰一人動揺しているそぶりはなかったわ。

　いや、もしかしたらワイにしか見えてへんだけかもしれへんけどな。でもそれは薄いと思うわ、ワイの実家は寺やけど幽霊なんて見たこと一度もあれへんねん。実際目悪いんやけど、霊感、幽霊を見る目もどうやら悪いみたいやわ。

　そんなワイやで、ワイしか見えてへんわちょっと考えにくいけど、そう思わせるくらいみんな普通やったわ。

　ワイも普通にしてるつもりやけど、結構チラチラ見てたから、この中では断トツに動揺はしていたと思うわ。客観的に見てな。

　ほんでめっちゃ怖かったから、次の駅で降りようと思ってん。みんなには悪いけど、ワイはこんなところにはもうおられへんわ状態やねん。

　そんな奴に限ってサスペンスとかやと殺されてしまうんやけど、それはフィクションな話や、今は誰かのシナリオの中やない、現実や、リアルなんや。

　次の駅が「桜ノ宮」って駅やねん。その名の通り桜が綺麗で有名や。

　でな、降りようと思ってたら、なんとあの黒い物体が先に降りたんや。これはホッと一安心やわ。でもあのまま改札出られるんか？そもそもどこへなにしに行くんや？

　そうや、そうやったんや。さっき言うたけど「桜ノ宮」って桜の名所やから、つまりはお花見しに行くんとちゃうか。

　だったらゴミ袋は説明つくやんか、花見のゴミを持ち帰るためのゴミ袋っちゅうことやねん。きっとリュックに入らんくって被ることにしたんやろ、そうやそれなら合点がいく。

　え？その時がいつかって？あれはな五月やったわ、五月の中旬やったわ。

　うん・・・・・・

　分かるで言いたいことは、もう桜あれへんやろ、やろ？

　いやでもな、ええやん、それで納得いくんやから、いやホンマはいかへんで、でも花見やったらほら可愛らしいやん、なんか、ゴミを持ち帰ろうとしてるええ子ってなるやんか。

　それからネットニュースとか見ても何もそれらしい事件はなかったわ。

　それはよかったんやけど、でも気にはなるな。結局何者やったんやろ、なんであんなことしたんやろ、ホンマに花見やったんやろうか？

　あの「桜ノ宮」で黒い物体が降りた時、ホンマは自分も降りようと思ってん。そりゃあ好奇心を抱いてもうたからや、でもそれよりも恐怖さが二対三で勝ってもうたんや。

　でもな今ももやもやしているわ。だって疑問しかあれへんやん。しかも二時三十分やで明るいで、こういうのって夜やないの？何から何まで疑問しかない、どうやったらこれは解決できるんやろうか。

　方法は一つしかあれへんやろな。ワイ自身が黒い物体になることや、自分自身が黒い物体になることで黒い物体の気持ちを知るんや、もうそれしかあれへんと思うわ。

　もし、お日様元気な二時三十分の車内で黒い物体を見かけたら巨大なエリマキトカゲやと思ってくれるとありがたいわ。