おまけ

 あの日から、一週間と二日が過ぎ、校庭の桜が無事新入生をお祝いしたのが、つい昨日のこと。

 

 新学期初登校日の今日、昇降口には人だかりができていた。少し離れてた場所に立っていても、その浮ついたざわつきは耳に届く。

 

 一つ大きく深呼吸をすると、人だかりを縫ってその最前線に向かう。昇降口のガラスに張り出された四枚の紙。その前に立つだけでも、心臓は激しく脈を打つ。

 

 張り出された紙を上から順に追っていくと、左から2枚目の上の方に自分の名前を見つける。すると、脈はさらに急ぎだす。


 誰がクラスメイトか。たった、一人を除いて全く気にしていなかった。ただ、その名前の有無を期待して、ゆっくりと視線を下に動かす。

 

「石井くん……」

 

 後ろから、小さな声が聞こえた。それも、この場にふさわしく無いような、とても沈みきった声。

 

「あのね……あの、エイプリルフールのこと…………。私……日にち勘違いしちゃったみたい…………」

 

 彼女は「あはは……」と、口先で笑うけど、その声音は重たいまま。

 

「そういうことだから……あの日のことは綺麗さっぱり忘れて、これまでと変わらずクラスメイトとしてよろしくね!」

 

 無理矢理に明るく振る舞ってから、くるりと背を向ける彼女。

 あまりにも力無いその腕を、俺は手を伸ばしてぎゅっと掴む。

 


「……最初から気づいていたから!」


 

 俺はまっすぐな声で大嘘をついた。

 

 白川さんはぴたりと足を止め、「えっ……」と小さな声を漏らす。

 おそるおそる顔を上げ、目を見張る。その瞳からは小さな雫が溢れる。

 

「白川さん。あれは本当に勘違いだったの?」

 

「えっと………………」

 

 白川さんは逃げるように、目をそらす。俯く彼女はじっとしたまま、ぷるぷると震えている。耳どころか、頬まで真っ赤に染め上げる彼女は、さっきまでの悲壮な雰囲気は感じられない。

 

 だから、俺はここで仕返しをする事にした。ドキドキさせられた仕返しを。

 


「まぁ、白川さんおっちょこちょいだもんねっ! 日付を間違えることの一つや二つなんて日常茶飯事だよ——」

 


「——私がわざとやりましたっ! 石井くんの大嘘つき! もう知らない!」



 彼女はぶっきらぼうな声で言い捨てると、ものすごい勢いで校舎の中に駆けっていってしまった。

 

「……これから俺も同じ場所に行くんだけど」

 

 俺は大きなため息をつくと、さっきよりも余計に気まずさを感じつつも、とても軽い足取りで新しいクラスへと向かった。

  

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春の日に「好きだよ」と告白されたけど、そういえば今日はエイプリルフールだった さーしゅー @sasyu34

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