春の日に「好きだよ」と告白されたけど、そういえば今日はエイプリルフールだった

さーしゅー

春の日に「好きだよ」と告白されたけど、そういえば今日はエイプリルフールだった

 春の陽気が暖かく、思わず眠くなってしまう春休み。石井いしい 彼方かなたはコンビニからの帰り道、公園のベンチに腰をかけて一休みしていた。


 住宅街の中にある小さな公園で、遊具とかはないけれど、道路沿いに植えられた3本の桜が、偶然にも満開で、小さな公園を鮮やかに彩っていた。

 

 こうやって桜が咲いているということは、春休みも終盤に差し掛かっているということだ。


 これまでの春休みを振り返ってみて…………大きな大きなため息をついた。

 

 その白い花びらが春を強調してくるから、余計に春らしさのない空虚な春休みに焦りを感じてくる。

 

 憂鬱な気分のまま、公園の桜をぼーっと眺めていると、視界に見覚えのある人影を映した。その人影は、こちらに気づくや否や、くるりとスカートをなびかせて、こちらへと駆けてくる。

 

 淡い春色のスカートがひらひらとなびくのも、絹のようにしなやかな黒髪がゆれているのも、桜を背景にしているからか、その全てが幻想的で、思わず息を呑む。


「久しぶり〜」

 

 目の前に立って明るい笑顔を見せるのは、クラスメートの白川しらかわ 春乃はるのさん。誰にでも優しくて、誰にでも人懐っこくて、クラスでも皆に好かれている。

 

「あっ…………白川さん、えっと久しぶりだね」

 

 俺は見惚れていたのを誤魔化すように、慌てて言葉を取り繕う。

 

「石井くんは…………コンビニ帰り?」

 

「昼ごはんの調達」

 

 俺はコンビニの茶色いビニールを掲げてみせた。中身は親子丼と麦茶が入っている。

 

「白川さんは?」

 

「……ちょっと、お散歩かなぁ? 家にこもっていたから、体に悪いなぁ……と思って。この辺り、静かで歩きやすくてね」

 

「まぁ、そうかも」

 

 この辺りは、適度に静かな住宅街に、公園の周りには自然もあって、今なら桜も咲いている。温かい風もあいまって、なかなか心地よい場所だと思っている。


 毎日のように見ている景色だから、なんだか自分自身が褒められたように照れ臭くて、思わず頬をかく。

 

 白川さんは、ニコニコと微笑みながら、桜を見あげている。ちょうど、強い風が吹いて、花びらがいくつか風に乗って流れていく。





 

「石井くん。好きだよ」





 

 ばさり、とビニール袋が手からこぼれ落ちる。

 

 よそ見していた意識を慌てて白川さんに戻すと、彼女の頬は桜色よりも濃い色に染まっていた。その朱を見た瞬間、俺の鼓動は途端に焦りだす。

 

 耳にした言葉の理解は追いついていないくせに、顔は焼けるほど熱くなるし、手は不自然に震えだす。


 艶やかな桜色の口元は、ゆっくりと言葉の余韻を残していて、吸い込まれるように見入ってしまう。その唇は気まぐれにも、きゅっと口角をあげる。

 

「な〜んてね!」

 

 突然いたずら顔で笑う白川さん。やっぱり理解は追いついていなくて、ぽかんとした間抜け顔になっていると思う。それでも、その笑顔が可愛くて目が離せないのだから重症だ。

 

「今日はなんの日か知ってる?」

 

 彼女は透き通った声で、ゆっくりと尋ねてくる。

 

 春休みには平日も休日もない。さらに言えば、遅起きを満喫しているためニュースを見ることもなかった。だから、曜日感覚とか日付感覚が曖昧で、強いてわかってることは、春休みも後半に差し掛かっていることくらい。だから、てっきり今日がその日。


 ————つまり、エイプリルフールであることを見落としていたらしい。


「うわっ! まんまと引っかかった!」


 そう驚いたように口にしたけど、残念な気持ちと同時に、ほっとしたような気持ちもあった。告白するにはあまりにもタイミングが不自然だった。とても真剣な表情だったから、すぐに気づくことができなかった。

 

 俺はゆっくりと、落ちたビニール袋をひらって、底の砂をぱぱっと払う。


 白川さんは軽やかに笑う。それがあまりにも楽しそうで、少し負けた気持ちになった。だから、ちょっと仕返しをすることにした。


 

「俺も好きだよ」


 

 二番煎じだし、似合わなくて寒いセリフの自覚はある。だけれど、ただ言いたかった。いろんな理由をつけて、全てが嘘になるこのタイミングで言いたいことを言っただけ。

 

 仕返しがよっぽど意外だったのか。彼女は一瞬キョトンと目を丸くした。

 

「……え〜、なんか石井くんには似合わないかも……」

 

「ひどっ!」

 

 石川さんはクスリと笑う。でも、目が合った途端に、彼女は目を逸らす。

 

「そ、それにしても桜、綺麗だね」

 

 石川さんは目を泳がせながら、桜の方向に目をやった。桜を見るその横顔も幻想的でまた見惚れしまう。

 

「また同じクラスだったらいいな」


 見惚れるあまりに、思わず思ったことを口からこぼしてしまった。

 だけれど、この言葉はクラスメイトの誰に言っても不自然じゃない内容だし、問題ないはず。そうやって、彼女を覗き込んでもただ、桜を見つめるばかりで、返事はなかった。

 

「ねぇ……もしさ、高校で会ったらさ、今日のこと話そうよ。約束だよ?」

 

 俺にとってみれば、この春一番の思い出になりそうな、彼女との邂逅かいこう。だけれど、はたから見れば、ただ桜を見て駄弁っただけ。わざわざ約束してまで話をするような出来事ではないような気がする。


 だけれど、断る理由もなかったため、流れのまま「わかった」と頷いた。

 

「じゃあ、私急いでるから」

 

 俺の返事に満足したのか、くるりとむきを変えると、急ぎ足で公園を後にしていった。

 しばらくの間、彼女の残像をぼんやりと眺めていた。


 あっという間の時間だった。


 桜の元で、ただ駄弁っただけで、それも全部嘘になる。それなのに、さっきまでの憂鬱さが嘘だったかのように、気持ちが軽くなった。

  

 俺はこの春一番の浮き足だった足取りで、桜が咲く小さな公園を後にした。


























* * *


 犬も歩けば棒にあたる、と言えばいいだろうか。コンビニの袋を振り回しながら、帰り道を歩いていると、またまた別の見知った顔とすれ違う。

 

「石井、なんか物凄いマヌケな顔してるけど、大丈夫か?」

 

 大川は自転車をとめ、ニヤニヤしながら俺を見る。ユニフォームに大きなエナメル。彼は間違いなく部活に向かっているのだろう。

 

「マジでか!」

 

 そんなに顔に出ていたのか。俺は顔を触って確かめる。

 

「うそうそ! なんかすげー嬉しそうだったからさ」

 

「もう、大地までエイプリルフールなんてやめてくれよ?」

 

 春の陽気は人のいたずら心をくすぐるのだろうか。俺は恥ずかしさを隠すようにぶっきらぼうに口にした。そんな春らしい、温かいエイプリルフール。こんな春の日も悪くないなと、大きなため息を吐く。


 そんな、春にご満悦な俺に、彼は不思議そうな顔をした。

 






「えっ、今日まだ3月だけど?」






 

 ばさり。コンビニのビニール袋が、まあまあ高い位置から落下した。袋の中の親子丼は多分やばい。


 そして、俺の心の中は、もっとやばい。

 

 




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