首の長い子犬、ウロングの物語

平山文人

第1話

 春の静かな森にそよ風が吹いて木々の枝を揺らしています。暖かい木漏れ日が照らしている一匹の白い犬が、苦しそうにうなっています。側にいる二匹の犬が代わるがわる声をかけて励ましています。

「がんばれメアリー、もう少しで産まれるよ」

「いきむのよ。下腹に力を入れて!」

 横になって苦しい息を吐き続けているメアリーは、思い切り力を入れていきみました。すると、次々に五匹の赤ちゃん犬が産まれてきました。

「やったわ!産まれた! ……おや?」

 可愛らしい赤ちゃん犬たちを見て、見守っていたマーサも喜んだのですが、最後に産まれた一匹を見て、思わず首をかしげました。

「あら! この子、とっても首が長いわ!」

 もう一人、一緒に励ましていたローザが驚きの声をあげました。その子だけ、首がにょきっと長いのです。メアリーはようやく出産を終えてほっとしていましたが、すぐに可愛い子どもたちを優しく舐めはじめました。

「どうなってるのかしら。とっても変だわこの子」

「何かの間違いだわ。犬がこんなに首が長いなんてあり得ない。Longだし、Wrongだわこの子は。ウロングと呼びましょう」

 これを聞いていたメアリーは困ったような怒ったような顔になりましたが、首の長い子を舐めながらきっぱりと言いました。

「とんでもないわ。この子もとっても可愛いじゃない。なにも間違いじゃない。あなたも私の可愛い子ども」

 きれいになった五匹の犬はそれぞれメアリーの乳房をよちよち探し出して、一生懸命飲みはじめています。マーサとローザはお互い顔を見合わせて、ともかく無事に出産が終わったので、食べ物を持ってきてあげるわ、と声をかけて去っていきました。メアリーは一匹一匹の名前を考えながら、五匹の可愛いわが子をいつまでも見つめているのでした。


 翌朝になりました。メアリーが子どもたちと一緒に一つになって木陰で眠っていると、ヤマバトやシジュウカラといった鳥たちが何匹も集まってきました。

「やあ、スピッツのメアリーがいっぱい赤ちゃんを産んでるよ」

「かわいいね」

「おっ、なんだか一匹変なのがいるぞ。首が長くないか?」

「なんだか不気味だな。本当に犬なのか?」

 メアリーはそれらの声で目を覚ましました。すると、その中の一羽が飛んできて、ウロングをくちばしでつつきました。

「何をするの! あっちへ行きなさい!」

 メアリーは激しく吠えました。とたんにその鳥は遥か高い枝に逃げ隠れてしまいました。その様子を見ていた鳥たちは、怖い怖いなどと言ってどこかへ飛び去っていきました。ウロングも目覚めましたが、まだ何も分からない子ども、きょとんとしているだけです。メアリーはウロングに優しく口づけて、何も心配ないのよ、さあお乳をお飲み、と胸に引き寄せるのでした。


 三ヶ月ほど経ち、メアリーの五匹の子どもたちも少しずつ大きくなって、走り回ったり出来るようになってきました。ですが、首が長いウロングだけはバランスが悪いので上手く走れず、すぐにこけてしまいます。

「あはは。首が長いからだよ。カッコ悪い」

 と、兄弟であるトミーが笑いながら言います。

「ウロングは本当に私たちと同じ犬なのかしら?」

 姉弟のミーシャが冷たく言いはなちます。ウロングは、メアリーにはブレイブと名付けられていたものの、森のみんながウロングウロングと馬鹿にして呼ぶので、兄妹たちまでもがウロングと呼んでいるのでした。ウロングはうつむいて何も言い返しません。他の四匹は颯爽と走り去ってしまい、ひとり取り残された彼は、仕方なく座り込んで、そしてぽろぽろと涙をこぼすのでした。

「どうして僕の首だけこんなに長いんだろう」

 そんなウロングをそっと見守っていたメアリーがゆっくりと近づいてきました。

「私の可愛いブレイブ、泣かないで」

 メアリーを見つけるとウロングは飛びつきました。いつだってお母さんだけはウロングの味方です。彼はメアリーの胸で思う存分甘えた後、いつものようにおとぎ話をしてもらいました。ウロングはメアリーのおとぎ話を聞くのが大好きです。

「今日は片目のシュレッドの話をしてあげる」

「片目のシュレッド」

「シュレッドはみなしごのねずみ。いつもひとりぼっちで街のすみっこで暮らしていたの。おまけに生まれつき片目が見えないの。でも、シュレッドは決して落ち込まないで強く生きていたわ。ある時、街にサーカスの一団が来たの」

「お母さん、サーカスってなぁに」

「サーカスというのは人間や動物がいろんな特技を披露するショーの事よ。シュレッドもこっそり潜り込んでサーカスを見て感動したの。そして、俺にだってこれぐらい出来るよ、と思って、団長の後をつけて、夜お店でお酒を飲んでいるところへ行って、テーブルの上でバク転とか宙返りとか体ぐらいの大きさのチーズのいっき食いとかを見せたの」

 ウロングは目を輝かせてメアリーの話を聞いています。

「そうしたら団長にとっても気に入られて、晴れてサーカス団の一員になったのよ。でも、サーカスで見せる芸の練習は大変だったの。失敗すればムチで叩かれるし、食事を抜かれることもあったわ」

「かわいそう」

「それに、片目だから、バランスがとりにくいの。かたほう見えないわけだから。でも、シュレッドは負けなかったわ。玉乗り、輪くぐり、綱渡り。何でも出来るようになって、サーカス団の人気者になったのよ。大事な事は勇気」

「だいじな事はゆうき」

「ブレイブ、あなたも名前の通り勇気のある子になってね」

 話を聞き終えると、ウロングはとても暖かい気持ちになって、メアリーの胸で静かに瞳を閉じるのでした。そばの高い木の上から、一匹のフクロウがその様子をそっと見つめていました。


 更に三ヶ月ほど経ちました。ウロングは相変わらず一人で暗く寒い森をただ歩いていました。兄妹たちは仲良く湖に出かけていきましたが、彼だけ仲間外れにされていました。向こうから大きなクマがのしのし歩いてきます。

「よう、首なが。いつ見ても気持ち悪いな」

 と言って首を軽く絞められました。やめてよ、と急いで逃げました。そこへ、ウサギが三匹ほどやってきました。

「あー、ウロングだ」

「お化けみたい。ろくろ首。ろくろウロング」

 ウロングはうつむいてまた逃げました。しかし、ウサギたちは追いかけてきます。来ないでよ、とウロングは一生懸命走りましたが、またこけてしまいました。三匹に囲まれて笑われてしまいます。ウロングは言い返そうと思いましたが、結局何も言えません。と、そこへ凄い勢いで一羽のフクロウが飛んできました。

「バカものども! 失せろ!」

 大きく翼を広げながらくちばしで一匹のウサギをつつくと、ウサギたちは、ひいぃ、森の賢人のミネルヴァが来た、とすぐに逃げていきました。

「もう大丈夫じゃ」

 とミネルヴァはにっこり微笑んで言いました。ウロングはありがとうございます、とお礼を言った。ミネルヴァはうなずきながら

「立派な首だな。遠くまで見渡せるな。それに、高いところにある木の実も食べられるな、お前だけは」

 ウロングはきょとんとしました。僕の首が立派? そんな事を言われたのは産まれて初めてのことでした。

「僕はいつも首ながっていわれていじめられてるんです」

「あいつらは何も分かっていないんだ。お前の首は立派で美しい。ワシが言うんだから間違いない」

 ウロングはなんだかとっても嬉しくなりました。

「胸を張れ。うつむくな。そうだ、ワシと一緒に少し旅に出ないか。見せたいものがあるんだ」

 ウロングはとまどいました。旅に出たことはなかったし、いなくなるとお母さんが心配するだろうと思いました。

「ああ、お母さんにはちゃんと話してからにしようか。行こう」

 そういうとミネルヴァはなぜかウロングの首を背もたれにして背中からのっかってきました。

「いい首じゃ。こうしてマッサージチェア代わりにもなる」

 ウロングはますます嬉しくなりました。毎日毎日呪っていたこの長い首がほめられて役に立っているなんて! ウロングの足取りは軽く、リズムを取るように歩きはじめました。

 木陰のほとりでメアリーは静かに座っていました。そこへウロングがミネルヴァと一緒にやってきたので驚きました。ウロングが誰かと一緒にいるのを見るのは初めてだったからです。

「メアリーさんごきげんよう。今日はお願いがあって来たんだがな」

 と、ウロングの頭にあごを乗せてホーホー言いながら話しはじめます。ほんの2,3日旅に出たい、ウロングに見せたいものがある。必ず彼を勇気づけられるだろう、とミネルヴァが話すと、メアリーは考え込みました。彼が産まれてこの方、一日たりとも側から離したことはなかったからです。しかし、森の賢人ミネルヴァさんが一緒なら大丈夫かな、とも思いましたが、やはり不安です。

「あの、私が一緒に行くのは駄目ですか」

「ああ、あなたには他の四匹の世話があるだろう。心配はいらん。危険なところにいくわけじゃない。面倒な人間どもとも関わらない。絶対に無事に返すよ、ウロングを」

 メアリーは静かに瞳を閉じて少しだけ考えた後、深々とお辞儀をして、ブレイブをよろしくお願いします、とおじぎをしました。ウロングは初めて出る旅に胸を躍らせながら、でも、メアリーと少しの間会えないのは寂しい、と思って、メアリーの側によって体をこすりつけました。

「行ってらっしゃい、私の可愛いブレイブ。楽しい旅にしてね」

 こうしてウロングとミネルヴァは二匹仲良く旅に出ることになったのでした。


 森の奥深くに進んでいくさなか、ミネルヴァはウロングの首にのんびりもたれていましたが、ある場所に着くと、バサバサ飛び立ちます。

「あ、言うのを忘れておった。ちょっと待っておれ。用心棒も連れて行くから」

 ようじんぼう? とウロングが首をかしげていると、ミネルヴァは茂みの奥にある暗い洞窟の中へ入っていきます。そして出てくると、足元には一匹のガラガラヘビがいるではありませんか。

「わっ! ヘビ怖い」

 とウロングが後ずさると、

「怖くないわよ。あたいは誰でも彼でもかまないわよ。お腹が減ってご飯を食う時だけよ」

「ガードラは強い毒を持つヘビだから頼りになる。今回はお供してもらう。ほれ、首にでも巻き付け」

「この白い子、首が長いけど男前ねぇ。しかももふもふしてるわ。ミネルヴァさんには借りがあるからね。よいしょっと」

 と、ガードラはするするっとウロングの体をのぼり、その長い首に柔らかく巻き付きました。まるで派手な模様のスカーフのようです。そしてまたミネルヴァは長い首に背中を預けます。

「さぁ楽しい旅の続きじゃ」

 ウロングはなんだかくすぐったいような気持ちになりましたが、言われるままに歩き続けるのでした。


 深く生い茂る森の木々を潜り抜け、道なき道を歩くのはウロングにとって初めての体験でとても大変でしたが、ガードラがとめどもなくおしゃべりをするのを聞いているのが楽しくてちっとも疲れません。

「まったく、お前の口は静かになるという事はないのかい」

「あら、何か問題があって? 私はおしゃべりしたいからおしゃべしているの。そういえば、昨日しっぽのほうに小さな傷跡があったの。あたいの美しい体に傷があるなんて大ごとだからそこだけこすらないように動かないといけないから大変なのよ、見てちょうだいよ」

 と、ふりんとミネルヴァの目の前にしっぽを見せました。しかし、うろこ状のしっぽのどこに傷があるのか分かりません。

「う~ん、全く分からん」

 とミネルヴァが素直に言うと、ガードラはガラガラ音を出して怒りました。

「しょせんあんたのようなじいさんにはあたいの美学は分からないのさ。ああ、それでいうなら友達のメドサーの娘がこの前さ……」

 ミネルヴァはホーホーといいながら目を閉じています。ウロングはクスクスと笑いながら尻尾を振って進むのでした。


 やがて、日が暮れて辺りが暗くなってきました。ミネルヴァが今日はこの辺で野宿することにしよう、と提案し、一行は流れる川の畔で一晩過ごすことにしました。喉が渇いたウロングは川の水をおいしそうに飲みました。ガードラは草むらに静かに体を丸めています。その横にウロングも座りました。ミネルヴァはどこからか栗や木の実をたくさん集めてきて、それをウロングにも分けて二匹で食べました。ガーグラはさっきいっぱい食べたからいらないようです。

「さて、お腹も膨らんだことだし、ワシからも少し話をさせてもらおうかな」

「面白い話をしてよね」

「ホーホー、そのリクエストには答えられないかものぅ。人間の話をしようと思うのじゃが」

「人間は嫌い。欲深いし、偉そうだし、残酷ですぐに生き物を殺すし。何様のつもりなのかしら」

 ガードラがまたガラガラと怒り出します。

「ふむ……確かにそうだな。人間の駄目なところは、人間同士ですら殺し合いをすることじゃ。ウロングよ、なぜじゃと思う?」

「分かりません。僕たちは犬同士で殺しあったりしない」

「人間にもいくつかの種族があってだな、よく見たら少し違う。また、彼らは宗教というものを信じている。神様を信じることだ」

「神様はいるわね。あたいたちを造ってくれた偉大な存在」

「うむ。しかしだな、どうも人間には神様が何人もいるらしい。そして、信じている神様が違うというだけで殺し合いをするんじゃ」

 ウロングはまだ人間を見たことがありません。そんなにニンゲンは怖いのか、と思わず少し体が震えました。

「自分と違う事を受け入れられないんじゃな。そして、自分たちだけが偉いと思って、見下したり、あざけったりする。これは人間だけではないが……」

 と、ミネルヴァはちらりとウロングの首を見ました。そして話を続けます。

「そしてついに殺したりもしてしまう。人間でも、ワシらでも、みんな一匹一匹違うんじゃ。それを当たり前と考えられないなら、最後の最後には自分以外を全員殺さないといけなくなってしまう」

 おおいやだいやだ、とガーグラが首を振ります。

「みんな仲よくすればいいのよ。神様はそう教えているわ」

 と、天を仰ぎました。夜空には無数の星々が美しく輝いています。

「みんな違うんじゃ。みんな違ってみんないい。そう考えて一緒に生きていけば、誰にとってもこの世界は素晴らしい場所になるんじゃ」

 ミネルヴァはそういうとにっこりとウロングに微笑みかけました。ウロングはなにかとっても大事な事を教えられたような気がして、何度も何度もうなずきました。その様子を見ていたガーグラが、えへんうふんと二回ほど咳払いをして、すまし顔になりました。

「じゃあ私が一曲歌おうかしら。ミネルヴァさんは手拍子してね。羽拍子か」

 ミネルヴァはしげしげとガーグラの顔をのぞきこんだあと、うなずいて、パフ、パフ、と羽拍子を始めました。

 

 愛しいあなたの 忘れ形見よ

 その面影が あなたのその顔に

 立ち振る舞いに 思いだされるわ

 今も忘れない あなたへの想い

 もう届かない だから私はこの子を愛するの

 愛しいあなたの 忘れ形見よ

 あの人のように 強く優しくなってね

 何者に負けないで 風にも嵐にも

 今は寂しくても 私が側にいるから

 もううつむかない 空を見上げる愛しいわが子

 

 ミネルヴァはガーグラがこんなにも歌が上手だとは知りませんでした。そして、彼女の過去を知っているからこそ、思わず涙せずにいられませんでした。ガーグラは過去に最愛の夫を失ってしまっているのです。ミネルヴァは涙を拭いて、これでもかと拍手をしました。ウロングは美しい歌を聞いて、心が安らぐのを感じました。ガーグラはちょっと照れたようにそっぽを向いて、じゃあ私は寝るから、とだけ言ってとぐろを巻いて静かに瞳を閉じました。


 翌朝は冬晴れのとても良い天気です。二匹と一羽は意気揚々と出発しました。相変わらずガーグラはよくしゃべり、ミネルヴァがたまに相槌を打ち、ウロングは時に笑い声をあげながら歩き続けます。

「おお、ここは“自由の滝”じゃな」

 木々を抜け、視界が開けた先に、青空と大きな滝が見えました。ざぁぁーっと水が沈んでいく音が響いています。

「なんで自由の滝って名前なの?」

「ここの流れゆく水を飲んだら、自由に幸福に生きられるという言い伝えがあるからじゃよ」

「へぇえ、じゃあ飲もうかな」

 生い茂っている背の高い草をかきわけて坂道を下ってゆくと、流れる川岸に辿り着きました。ガーグラがひょいっとウロングの首から降りて、ペロペロと川の水を舐めました。

「なんだかおいしい水よ」

 ウロングも飲んでみました。本当だ、なんだか甘い気がする、と思いたくさん飲みました。ミネルヴァも顔をつけて飲み、遥か上の方から怒涛のように落ちてくる滝を眺めて言いました。

「この向こう側が目的地なんじゃ。もうすぐ着く。さぁ、行こう」

 ウロングはいよいよ到着するのか、いったいミネルヴァさんは僕に何を見せようとしているのだろう、と胸をわくわくさせて足を速めました。自由の滝を横目に見ながらそびえる森のクヌギやヒノキの間を潜り抜け、しばらく坂になっている山をがんばって歩き続けます。どこからかそよ風が吹いてきて、ウロングを優しく癒してくれます。ふと、ウロングはどこかで嗅いだことのある匂いを感じましたが、それはすぐに消えてしまいました。

「見えてきたな。ここだ、ウロング」

 ひょいとウロングの頭の上に顔を乗せたミネルヴァが言いました。その横に同じく顔を出してきたガーグラも、うわぁ、と言いました。山を抜けようとしているウロングが見たものは――どこまでも果てしなく広がる大草原でした。

「すごい!」

 とウロングは口に出して言いました。産まれてからずっと森の中で暮らしていた彼は、草原というものを見たことがありませんでした。見渡す限り緑のじゅうたんのようで、その向こうには山々が見え、空の太陽がそれらを光で輝かせているようです。ウロングは思わず走り出しました。足取りは力強く、もうこけたりはしませんでした。

「わぁちょっとウロング落ち着いてよ」

 長い首にスカーフのように巻き付いているガーグラが慌てて言います。ウロングの首にもたれていたミネルヴァは振り落とされそうになって、急いで空に飛びあがりました。そのついでに辺りを見渡して、いるいる、と含み笑いをしました。ウロングは夢中になって大草原を駆け巡っています。

「ウロングや、こっちへ来い」

 と大空から呼びかけて誘導します。ウロングは素直に従って、走るのをやめて歩き出しました。やがて、ウロングが目にしたのは……。

「おや、キリンがたくさんいるよ」

 ガーグラがのんびりした声で言いました。ウロングの足は止まりました。驚きの目でキリンと呼ばれた数頭の姿を見つめています。

「ウロングよ、あれはキリンという名前の仲間じゃ。お前とよく似ているじゃろう」

「首が……長い! 僕よりも長い!」

「そうじゃ。世界にはいろんな動物がいる。お前は自分一人だけが首が長いと思っていたじゃろう。そうではないんじゃ」

 ウロングが感極まって動けないでいると、一匹のまだ小さなキリンがこちらに歩いてきました。

「こんにちは。あなたはだれ?」

「こんにちは。あたいはガラガラヘビのガーグラ。この子はスピッツのウロングよ」

「こ、こんにちは」

 とウロングもおどおどしながら挨拶しました。

「キミも僕と同じように首が長いね。僕たちの仲間だね。こっちへおいでよ。一緒に遊ぼう」

 空を舞っていたミネルヴァが舞い降りてきてウロングの頭の上にとまっていいました。

「キリンの坊やありがとう。しばらく一緒に遊んで来い、ウロング」

 と言われたので、ウロングは恥ずかしそうにしながらキリンたちの群れのところに行きました。四頭ほどいたキリンたちはそれぞれ声をかけてきて、一行は楽しそうにしています。その様子をミネルヴァとガーグラは満足そうに見ています。

「同じような仲間がいるのを知ってほしかったんじゃよ」

「このままキリンと暮らしたほうが幸せなんじゃないの? 森に帰ってもまたいじめられるだけだし」

「いや……ウロングはあくまで森の子どもじゃ。それに、お母さんが悲しむはずだ。ウロングは森で強く生きていかねばならぬ。あいつなら大丈夫だ」

 そうね、とだけガーグラは言った。ウロングは小さなキリンと長い首を合わせたりして楽しそうです。時々遊びに来させればいい、とミネルヴァが思っていると、何か嫌な音が聞こえた気がして、思わず高く飛びあがりました。その瞳に映ったのは、遠くから走ってくる一台の走ってくるジープでした。

「いかん! 人間どもが車でやってきよる!! おいお前たち、逃げるんじゃ!!」

 ミネルヴァが大きな声で呼びかけたので、キリンたちもジープの存在に気づきました。一斉に走って逃げ始めます。ウロングはガーグラのところに走って戻ってきました。

「あんたはここにいな。あたいが全員かみ殺してやるから」

「二人乗っている。無理しないで逃げよう」

「どうやって? あんたは飛べるからいいけど、あたいたちは無理なのよ」

 いうが早いかガーグラはガラガラいいながらものすごい速さでジープに向かっていきます。ジープは足の遅い小さなキリンを狙って走っています。小さなキリンも必死に逃げていますが、ジープのほうが早いのです。次の瞬間、彼は転んでしまいました。ウロングは思わず、ああっ、と大きな声をあげました。しかし、足がすくんで動けません。ジープが止まり、二人の人間がそれぞれ猟銃を片手に降りてきます。一人が小さなキリンに狙いを定めて猟銃を撃とうとした時、ミネルヴァが大きく翼を広げて彼らの目の前に舞い降りました。驚いた人間が銃を振り回しますが、ミネルヴァは素早く動き回るので当たりません。その時、一人の足首にガーグラが噛みつきました。うぐあっと声をあげて体勢を崩して座り込みます。もう一人も……とガーグラが思った瞬間、硬いブーツで首元を踏みつけられてしまいました。いかん、と飛びかかるミネルヴァも、人間の振り回した拳が当たって吹っ飛んでしまいました。息を荒げた人間が猟銃の弾をガーグラの頭に撃ち込もうとした時、大声で吠えながら全力で走ってきたウロングが人間に思い切り体当たりしました。バランスを崩した人間は怒り、猟銃でウロングの頭を殴り、お腹を思い切り突きました。余りの痛みに動けなくなるウロング。人間は勝ち誇ったかのように笑い、銃の引き金をウロングに向けます。

 草むらに倒れてしまっているミネルヴァは、なんてことだ、終わりだ……と割れたくちばしを無念に震わせていると、その頭の上を白い弾丸のようなものが飛んでいきました。あれは!? とミネルヴァは驚きました。その素晴らしい速さで走ってきた白いものは斜めの死角から人間に襲い掛かり、腕に噛みつきました。うああいたいっ! と人間が悲鳴をあげましたが、それは決して噛むのをやめませんでした。人間の腕から銃が落ち、許してくれと泣きながら腕を振りまわして逃げようとします。踏まれていたガーグラが自由になり、飛び上がって二人目の手首に食らいつきました。あぁがっ、と悲鳴を上げて人間は動けなくなってうずくまりました。そこでようやくメアリーは人間を噛むのをやめました。

「お、お母さん!」

「メアリーさん!」

「ブレイブ!! だいじょうぶ!?」

 メアリーはウロングの元へ走り寄り、うずくまっている彼の頭とお腹の様子を調べました。赤くなっているものの、血が出たりはしていません。

「僕、大丈夫だよ。お母さん、ついてきていたの」

「心配だから……他の子どもはマーサにお願いして、そっと見ていたの」

 ミネルヴァとガーグラもやってきました。

「メアリーさん、ありがとう。あなたがいなければ私たちは全員撃ち殺されていただろう。預かったウロング……いや、ブレイブを危ない目に遭わせてすまなかった」

「ブレイブ、勇敢だったね。あんたがあたいを助けてくれたわ」

 ウロング、いや、ブレイブははにかみました。そして、痛むお腹に顔をしかめながら、立ち上がってはいるものの、まだ震えている小さなキリンのところへ行きました。そして、何か声をかけています。ジープの側の人間二人は完全に失神して屍のように動きません。ミネルヴァもメアリーも自分の事だけではなく、誰かの事を気づかうことが出来るようになったブレイブに驚きました。

「ブレイブは、この旅で成長できたようじゃ」

「強くなりました……今までのあの子は誰とも戦う事が出来なかったのに」

「勇気と優しさを手に入れたのじゃ」

 やがて、逃げ散っていたキリンたちが戻ってきて、小さなキリンを連れて去っていきました。太陽は大空の中で眩しく輝いて、ブレイブたちを包み込んでいます。

「さぁ、みんな、帰ろう」

 三匹と一羽はうなずき、ガーグラはまたスカーフのようにブレイブの首に巻きつき、長い首にミネルヴァはもたれかかります。その姿を改めて近くで見たメアリーは思わず笑ってしまいました。つられてミネルヴァもガーグラも笑い、広い大草原に笑い声が響き渡りました。ブレイブも笑顔になり、力強く一歩踏み出しました。(終わり)

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首の長い子犬、ウロングの物語 平山文人 @fumito_hirayama

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