第8話 大洪水
国王と巫女たちと侍従たちは大神殿の門の前に集合し、大雨の中、揺れる神殿を心配しながら眺めていた。
ミーアが叫んだ。
「大変だ!水が来る!」
一行は参道を離れて小高い丘になった場所に移動した。国王はサウラが心配でたまらなかったが、そういうそぶりは見せず、一行を束ねていた。
最後の者が丘に上がったと同時に、神殿の中から鉄砲水が噴き出した。水は濁流となり、参道と水道橋を駆け下りる。美しい泉の水も大雨による濁流に吞み込まれた。濁流は止まる気配がなく、どんどんと参道を川に変えていく。
ホワイトディーの市街地では、水道の水が濁って市民は異変を感じていた。この大雨で、かなりの数の市民が高台の王宮前広場に避難してきている。神殿からは龍神の咆哮が響き、市街地に残っていた人々も、次から次へと王宮の広場に集まってきた。
「水がくるぞーーー!!」
神殿の様子を見に行こうとした市民の代表たちが叫びながら戻ってきた。市民の中にはそれを聞いて荷物を取りに行こうとするものもあったが、周りにいる者に留められ、泣く泣く荷物を諦めた。市街地からは水が来るまで大きく構えていた者たちが、あたふたと体一つで避難してきた。
市街地の道という道に濁流が流れ込んで水かさが増してくる。止む気配のない大雨の中、市民たちはなすすべもなく高台から自分たちの家が水没していくのを見下ろしていた。龍神への信仰心の厚い市民たちだったから、なぜ急に龍神がこのような惨事を引き起こしたのかわからず、ただただ戸惑っていた。
市民の代表たちはうろたえる市民たちを集め、状況を説明した。国王と巫女頭が大神殿に行っていて、ご神託を受け取っているはずだということである。そして代表たちは王宮の大臣たちと交渉し、王宮の一角と、広場に雨除けのテントを張ることで合意した。
テントの中で寒くて不安な夜を過ごした後、夜明け前に雨はやみ、空が白んできた。明るくなってくると水没した市街の様子がはっきりと見てとれる。
丘の上に避難していた国王一行が王宮に帰ってきて、早速サウラとイノスを探す捜索隊が組まれ、まだ水の残る市街地にボートとともに捜索に出かけた。
日が高くなるにつれ、水は少しずつ引いてきた。市街地の中心部の噴水のあった場所に不思議な光沢のボートが半分泥に埋まって取り残されていた。形はカプセル型でドラゴナイトの人々が初めて見る不思議な形である。捜索隊がそれを見つけ、恐る恐る近寄って行った。
********
神殿にいたイノスとサウラは濁流の本流からは少し離れた場所にいたので水の直撃は免れた。しかしどんどんと岩肌に亀裂が走り、水が噴き出して身動きが取れなくなっていく。ドラゴンの声が響く。
「乗れ!早く!助かるにはこれしかない!」
イノスとサウラの前に二人乗りのボートが流されてきた。
「ごめん!」
イノスはそう叫ぶとサウラの衣装の装飾をはぎ取り、狭いボートに下着姿の彼女を押し込んで自分もそのあとに続いた。ボートの扉を閉めるとどんどんかさを増していく水がボートを押し出し、すさまじい勢いで濁流の中を流された。
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どのくらいの時間がたっただろうか。透明なボートの扉を通して光が差し込んできた。ボートは完全防水になっていて、イノスとサウラは殆ど濡れていなかった。不思議なこともあるものだとイノスは思った。サウラも目を覚まし、震える声でイノスに話しかけた。
「このボートは…水が入らないようにできているのですね。」
「そうだな。こんな形のボートは初めて見たよ。魔法のようだ。」
「魔法ではなく…古代機械の一種だと思います。王宮の奥にも使い方のわからない古代機械がたくさんあるのです。…あ、人の声がします。わたくしたちを探しているのかもしれません。出ていきましょう。」
サウラは大仕事の後でとても疲れているようだったが、捜索隊の声がするのに気づいて扉を開けるようイノスに促した。イノスはそれに応えて中から扉を開けた。
「ここだ!助けてくれ!」
張りのある声でイノスは叫んだ。
ミノスの竪琴 岡本千夏(久礼千晶紀) @chiie
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