〖短編〗寝取りはダメですか?

YURitoIKA

あんたれすノ針

◆孤毒


 はじめて人のことを好きになった……っていう程ピュアな人生は送ってないけど、確かに言えることは初恋みたいな甘酸っぱい味がこの喉にずっとつっかえているということ。


 ──それは決して飲み込んではいけない腫れ物で──バイ菌なのだ。

 いや違う。

 バイ菌はきっとあたし。


 だって。その人。

 彼女いるんだもん。


 月の覗く夜の晩。ベランダで壁に寄りかかりながら、煙草を吸っている。別に元彼氏の影響とか(そもそもいない)ストレスとかじゃなく、なんとなく初めた。美味しいとも思わないし、なんだろうな。何かに突き動かされているように、意味もなくニコチンを摂取してる。きっとろくな死に方をしない。

 今日は月が眩しいので煙草の煙が雲の代わり。今のあたしに丁度いい明るさだ。

 最近はじめた〝ビーリアル〟というアプリ。きらきらとした学生たちのリアルを写す最新鋭のコミュニケーションアプリ……というと壮大に聞こえるけど、大抵の人は少しでも自分を綺麗に魅せようと顔を隠したりレンズを指でおさえたり。勿論あたしもキラキラな女子大学1年生なので、ひとり暮らしの荒れた部屋とサイヤ人みたいな寝癖と深海魚みたいな寝起き顔は指で隠蔽しました。


 んなことどうでもいい。


 今日、好きな彼とビーリアルを交換した。彼の1枚目は遅刻して1限を捨てた電車でパシャリ。2枚目は学食で広げた菓子パンとパシャリ。3枚目は……居酒屋で彼女さんとパシャリ。

 いいなぁ。二人とも笑顔だけど、その後顔を真っ赤にして、舌を入れたキスとかしちゃうのかな。

 そんで二軒目三軒目ゴールイン……。なんかあたしの頭っていつまでも中学の修学旅行の夜みたい。もちろんもちろんここは漫画の世界じゃないので、他の女の人の彼氏を奪うだなんてしないしする勇気もありませーん。


 そ。彼との恋路の脚本は、きっと神様が没にした。


 都会の夜空で凍えるように細々と煌めくサソリの星。小学生の時に勉強したから覚えてる。名前は『シャウラ』。アンタレスには及ばない、醜く厭らしいサソリの針。今のあたしとそっくりだ──。


◆毒観


 「えっ」 カランッ。


 思わずフォークを落とす。鉄製なのでお店によく響いた。平日昼間のジョナサンの混み具合はまぁまぁ。爺さん婆さん浪人生っていう並び。


「また飲みに行ったの? 彼氏クン怒るんじゃ?」


 あたしが好きな〝彼〟の〝彼女〟とお昼ご飯。 彼女とは入学以来からの友達。彼と知り合ったのも、この子を介してだったりする。


「めーーーっちゃ怒ってるんだけど。でもわたし先に言ったよ? サークルの人達と飲みに行くって。で、彼は『いいよ』って言ったもん」

「ん〜〜。それは彼が優しいからじゃないかな。ほんとは我慢してるんじゃ……」

「なら先にハッキリ言ってよねぇ。なよなよマヨマヨ。マヨネーズボーイか」


 マヨネーズを馬鹿にするんじゃない。


「束縛っていうの? きついんだよねぇ。付き合う前から、わたしは結構色んな人と飲みに行くって知ってるはずなのにね」

「付き合った時になにか言われなかったの?」

「俺以外の男と飲みに行くのは控えて欲しい……、ってさ。コピペかッ!」


 タカアンドトシみたいなイントネーション。


「わかるけどさぁ……。でも、わたしはもう誰かと酒を飲みたいっていう星の下に生まれてるワケよ。宴は断れないの。ワンピース愛読家なの。別に他の男とチョメるわけじゃあるまいしさぁ」


 言い方古っ。


「でも◆ちゃん、お酒弱くなかったっけ」

「絶賛レベリング中。この前の飲みも机に座ってる記憶より便器の前で土下座してる記憶の方が濃い」

「……。危なくない?」

「小学生の時柔道やってた」


 話にならん。


「なんかそーゆーとこさァ、ほーんと無理。あー……。わたしが悪いのかなぁ……? どう思う?」

「どっちもどっちかなぁ」


 苦笑い。


「そっか〜〜」机に突っ伏す。


 どうして。付き合ってるんだろ。付き合ってるのに、どうして相手の文句しか言えないんだろう。 恥ずかしいのかな。照れ隠しなのかな。それが… …恋なんだ。多分あたしは部外者だから、都合の良い妄想だけで恋愛をシュミレーションしてるんだ。付き合い始めたら相手の男の子の嫌なとこばっかり見えて……見えて……。て……。


 無いな。


 全然いいな。むしろ束縛ウェルカムかな。あたしあんま友達いないし。彼氏が例え逆に飲みばっかりいってても信用できるし、煙草好きでも一緒に吸えるし、やめてって言われたらその場で箱ごと川にぶん投げられる。


 うん、無いな。


 悩んでるような口振りをしても優雅にコーヒーを飲む彼女。本当はどうでもいいのかな。二人は互いに互いを都合の良い、人前に格好をつけるためのアクセサリーとしか思ってないんじゃないのかな。


 ピロリン!


「あ、ビーリアルきたよっ。撮ろ!」

「うん。いいよっ」


 ──と言いつつ身だしなみチェック。見てるか運営。あんたらの言うリアルなんてどこにもないよ。


◆孤毒2


 潰れる気配の無い初恋という名の膿はずっとずっとイガイガしてる。気のせいだと思い込もうとしても青春とやらがあたしの胸をチクチクとつつく。

 〝彼〟とのインスタでのDMは意地でも話を続けたかった。好きな人の返事を待つ瞬間、返事を考える時間、こちらのメッセージを考える時間、どうすれば一ミリでも多く気を引けるのか、どうすれば彼の好みに触れられるのか、趣味、思考、えとせとら……。この時間は大学入試の時よりも脳味噌を回転させている自信がある。


 IQに青春バフをかけたものの、限界が来た故に二日前に会話は終わってしまった。 別に……彼、彼女いるんだし。


 …………。


 うーむ。やだ。やだ。 やだやだやだ。もっと話したいもっとあたしのこと見てほしい魅せてほしい魅せられてほしい。

 意味もなく会話の終わった彼とのDM画面を眺め続けてる。会話を遡り、白雪姫の魔女みたいなニヤケ顔。まじキモいと思うけどバリ初恋って感じ。


『そーゆーとこさァ、ほーんと無理。』


 あたしの方が……好きなのに。


 恐ろしい。純愛って言葉がおそろしい。純愛って、まるで多数を想定していない潔白なイメージ。世の中タイマンじゃない。多数による一途の愛だってあり得るじゃない。


「ゔぁ〜〜〜〜っっ」


 夜。マンション。自室。ベッド。枕。滲むよだれと涙。煙草吸っても意味がない。ニコチンは現実を充実させるものであって現実から逃れる課金アイテムではない。


「………………すきぃ」


 彼女よりもっと熱く、もっと温かく、もっと濃く、もっとエッチに言えるのに。「のにぃ………」


 ──二日後。 彼と彼女が付き合い始めて5ヶ月。あたしの初恋から7ヶ月と10日と3時間24分5秒。


『飲みに行かない?』


 彼からのDM。止まる思考。跳ねる心音。揺れる瞳。ただし身体は素直に真っ直ぐに。


『いいよ! ◆ちゃんも一緒?』


 既読してから返信が遅い。 


『いや、相談があってさ。二人で、飲まない?』


 二人で。 飲まない?


 二人で。

 二人で。

 二人で……?


『珍しいね! 分かった。力になれるか分からないけど、いいよ!(絵文字)』


  送信。枕。投げる。ベッド。から身を投げる。スマホ。をベッドに投げる。手と手は顔に。林檎より赤い顔。魔女より高い声。


「っっっっっっしゃッッァ」


◆毒診


 町田の大衆酒場を選んだのが甚だ間違いだった。密な会話をする時は、密な場所を選ぶのが良いはずなのに。まぁ、あたし達二人揃って未成年なので、年確されない場所を絞った結果なのだが。


「俺、メンヘラかなぁ」

「メンヘラではないんじゃないかな。だって、好きな人を心配して、言ってるんでしょう?」

「うん」


 ウーロンハイが彼。ハイボールがあたし。彼は酒に弱いらしく、あたしはあたしの知る限り酒に強い。もちろん、アルコールでぶっ潰すなんて、大人なあたしはしない。(未成年)


 ──心配とはつまり信頼していないということ。なんて彼女は言うだろうけど、たしかにそれは正論でもある。娯楽として飲みに行きたいという彼女の言葉は真なはず。そんな自分を信じられないのか、というのは正しい論だ。

 しかし恋は理論じゃない。正解の用意されない、意地悪な国語の文章読解問題。 では心配しないことが正解、ニコニコ顔で送り出すのが正しいのか、というと、それも違う。心配しないということは、無関心。彼女はきっと、どうしてわたしを止めないのか、と怒り出す。……まったく、なんて理不尽。なんて、我が儘。


「だって普通に嫌じゃない? 好きな子が他の男と飲むなんて……。どんなに堪えても、やっぱり想像しちゃうじゃん」……とか言いながらあたしと二人でお酒を飲むのは、きっと優しい彼の叛逆だ。五ヶ月も堪えて、ようやく彼に反抗期がきた。可哀想に。


「そうだね」


 深く頷く。ハイボールに唇をつけながら。じっ、と彼の瞳を見つめる。悲しそうな目だね……。

 ねぇ。恋愛って幸せになるためのものじゃないの?

 楽しいこと〝だけ〟じゃいけないの?

 楽しいことの分まで苦しまなきゃいけないの?

 誰がそんな天秤に掛けているの──?

 疑問はハイボールと共に流し込む。唐揚げで油を摂取して、よぉーく流し込む。あたしは、イマは、ツゴウのイイ女で良イ。


「□君は悪くないよ」目と目を合わせて。

「それはひどいね」嘆くように。

「うん」哀しそうに。

「だね」首を倒し。

「うん」瞳を覗き。

「あ〜〜」声は柔らかく。

「それは──」顔は温かく。

「彼女がひどいよ」時に爪を立て。

「□君は悪くない」時に抱き寄せ。

「これおいし! のむ?」時にキスをする。


 結局その日は彼の愚痴をひたすら聞いただけで終わった。それから二週間に一度くらいのペースで、彼と二人きりで飲みに行った。ずっと都合の良い女の子を演じてみせた。とても楽しかった。とても。


 ピロリン!


「あっビーリアル。今日おっそ」

「…………流石にやめとこうか。ほらやっぱさ……彼女になんて言われるか……、まずい、し」

「気にされないんじゃない?」

「え」あ。

「なんてね。うそうそ」

「う、うん」


  今、止まったね?

 思考を止めたね?

 もしかしたらを想像したね?


  ふふっ。かわい。


◆外毒


「えっ」 カランッ。


 思わずスプーンを落とす。鉄製だが、大衆酒場なので響いた音は喧騒に掻き消された。


「別れたんだ、彼女と」

「そっか……」


 うそうそうそうそ。知ってる知ってる。今日彼女からもおんなじこと聞いたもん。声のトーンは違かったけどね。彼女は吐き捨てるように言ってたよ。まるで人を唾みたいに。でも君は優しいね。大切なものを失ったように、声を震わせられるんだもん。


 ごめんね。あたしの今の顔も声も瞳も全部ウソ。踊りたいくらい嬉しいの。君の彼女(元)から聞いたときもさ、歌いたいくらい嬉しかったけど、君から聞いても、歌って踊りたいくらい嬉しいな。

 あぁ、ああ──。ほんと最低。非常識。クズ人間。ゴミ人格。悪魔。魔女。死ねばいい。でも死ねない。……だって君がいるんだもの。


「今日はいっぱい飲も?」


 この笑顔だけはね。

 嘘じゃないよ。


◆解☓毒


「飲みすぎちゃったね。ほら、ちゃんと歩ける?」


 歩ける位に酔わせたもん。すっきりされたら困るから。どうかこのまま良い感じにダメになって?


「ほら、水買ってきたよ」


 段々と駅から離れてく。


「うわっ。見てあれラブホテルだよラブホテル」


 好きなだけ手を握る。


「ぶっちゃけさ、彼女とはそゆことしたの?」


 好きなだけ胸を当てる。


「してないんだ……そっか……」


 本音は隠して隠して。


「じゃ、ちょっとみてみる?」


 嘘を吐いて吐いて。


「いいんだよ。君もあたしも、恋人いないじゃん」


  気持ちの良い真実を提示して……。


「うん。いこっか──」


 ──勘違いしてた。

 恋は毒じゃない。


 毒なのは人間あたしの方。

 やがて恋が侵されるチキンレース。


 でもね。

 あたしの毒は……、

 あなたを犯す毒を……、

      殺す毒なの──。
















「好きだよ」


                              /おしまい

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