立つ鳥、どうか跡を濁してくれ

甲池 幸

第1話

 夜更けの闇に浮かび上がる骨ばった背中は珂雪かせつに白い鳥を思わせた。

 降りしきる雪の合間に現れた蒼穹の下、青い湖面に降り立った大きな鶴だ。幼い頃、父に手を引かれて見たその鳥は、珂雪の呑んだ息の音に驚いて、細い体に隠されていた翼であっという間に飛び去ってしまった。

 ジジ、とぼやけた闇の中に赤色が灯る。

 彼がこの部屋の中でだけ戯れに吸う煙草の火だろう。まだ半分寝ぼけた頭でそう辺りをつけて、珂雪は慎重に息を止めた。レースのカーテン越しに差し込む月明かりが彼の背中をまだらに照らしている。

 視線でなぞった輪郭は、ついさっきまで触れていた熱い肌とはまるで違う物のようだった。指先に残る熱も、頭の芯に居座る倦怠感も、確かにあの熱が本当だと告げていてるのに、目の前で煙草を吸う彼の姿は冷たく、どこか幽霊めいていた。

 生きているのに、死んでいるような。

 あるいは、もうとっくに死んでいるのに、体だけが動いているような。

「ふ、見すぎ」

 紫の煙を吐きながら、彼が不意に振り返る。僅かに、唇の端を吊り上げただけの笑みは学内ではとてもお目にかかれないレアもので、それを目にする瞬間はいつも、珂雪の指先が火傷をしたように痛む。誰にでも優しい、正しく優等生な彼がこんな顔をすることを、いったいどのくらいの人間が知っているのだろう。

(あの子は、きっと知らないだろう)

 珂雪の頭に無愛想な彼の幼馴染の顔が浮かぶ。といっても、珂雪は脳内に幼馴染くんの顔を鮮明に描くことはできなかった。珂雪が見た事のある幼馴染くんは、いつだって彼の隣にいるせいで、記憶には幼馴染くんに笑いかける彼の姿しか残っていない。物覚えは、良い方だと思っていたんだけれど、と頭の中で呟いて、まだ随分と長さの残った煙草を、灰皿に押し付ける白鳥の頬に手を伸ばした。

 すり、と撫でた頬はざらついている。こうして共に同じ布団で夜更けを迎える回数は随分と増えたけれど、珂雪は未だ、彼が熟睡している姿を見たことがない。きっと、家でもよく眠れていないのだろう。「なんです?」情事の名残か、赤く染まった目元を細めて、珂雪の手にすり寄るように彼は首を傾げた。懐いた猫のような表情に、少し、胸がすく思いがする。

「いやなに。君がこんなに悪い子だってこと、いったいどのくらいの人間が知っているんだろうと思って」

 頬にかかる薄い色の髪をかきあげて、小さな穴の開いた耳たぶに触れる。制服を着崩すことも、廊下を走ることも、提出物を忘れることもない、みんなのお手本みたいな彼の耳が、こんな風に穴だらけなことを知ったら、きっと先生たちは発狂するだろう。

 珂雪の指先はそのまま、羽が触れているような軽さで彼の肌をなぞった。体の奥に燻ぶる熱の名残を思い起こさせる手つきに、彼が僅かに肩を揺らす。

「ほら、ここだって。ずいぶんと悪い子だ」

 悪い子、と言いながら、珂雪は彼の鎖骨に触れる。普段は制服と黒いインナーで厳重に隠されたそこに、赤い、血のように赤い華が咲いていた。学校一の優等生と名高い彼にしてみれば、随分と居心地の悪いだろう『悪い子』なんて言葉に、彼は目元を緩めて、先程よりも深く笑った。

「もちろん、あなただけですよ」

 そんな、分かりきった嘘を吐きながら。彼の指先が縋るように珂雪の手に絡まる。熱を持った吐息が空気に混ざった。それはいったい、どちらの物だったのか。なんにせよ、雲に隠れた月の下では二人の熱を冷ますものはなにもなく──。

 珂雪が、彼の肌に咲く赤い華に噛みついたのを契機に、二人の影は重なってもう一度夜に沈むことになった。その、熱に浮かされた褥のなかで、珂雪かせつの背に爪を立てながら、彼は囁くように懺悔する。

「これはね、愛の証なんですよ。僕が、たしかに愛されていた証拠なんです」

 そんな、本来幸せなはずの言葉を、酷く苦しそうに呟く意味も、真っ赤な華が咲く訳も、知りはしなかったけれど。彼を穿つ間ずっと、珂雪はその眩しい赤を塗りつぶしてやりたいと、そう思っていた。



「……んん……」

 閉じた瞼の向こう側がやけに眩しくて、珂雪の意識はゆるやかに覚醒する。もう少し、と手繰り寄せたシーツの冷たさで珂雪は逆にはっきりと目を覚ました。ゆっくりと開いた目に映るのはただ、白いばかりの壁で、あの骨ばった背中はどこにもない。昨夜、ずいぶんと行儀悪く脱ぎ散らかしたはずの制服は珂雪の分まできっちり畳んで、床に正座していた。その隣に、彼の分はない。いつも通り、本当にいつも通りに、彼は珂雪が目覚めるのを待たずに家に帰ってしまったらしかった。一人分の重みでは満足に沈まないキングサイズのベッドの上でのそりと上半身を起こして、壁にかけられた時計を見やる。

「まだ九時か」

 とうに一限は始まっている時間だったが、そもそも時間通りに登校する割合の方が圧倒的に少ない珂雪は焦ることもなく欠伸を噛み殺した。昨日は、一眠りした後から二回戦にもつれ込んでしまったから、まだ眠気が体の芯に残っている。その気だるさだけが、両親から与えられた広いだけの寝室に残る彼の痕跡だった。二度寝をしたら、その名残りすら消えてしまうからと珂雪はもそもそとベッドから下りる。

 もう一度欠伸をする珂雪の視線が不意に、ベッドボードで止まった。

「……ふ。まったく」

 知らず、笑みを浮かべて見るのはベッドボードに置かれた硝子の灰皿だった。もっとも、珂雪たちが勝手に灰皿にしているだけで、もとはサラダを入れるための器だ。どうやら『悪い子』と言われるのが好きらしい彼は、この部屋で好きでもないのによく煙草を吸った。

 最初は吸殻を空き缶に入れて持って帰っていたのだけれど、いつだったか、食器棚に眠っているこの器を見て、彼が綺麗な柄だと笑ったから、その時、珂雪が「じゃあ、それを灰皿にするかい?」と聞いたのだ。彼は、一瞬目を丸くして、それから、いつも、あの幼馴染くんに向けているような無邪気な顔をした。その毒気の無さに珂雪が驚いている間に、彼は「あなたがいいなら、そうします」と言って、勝手に器を寝室に運んでしまった。

 そんなこんなで、すっかり灰皿になってしまったサラダボウルに残っている吸殻を珂雪は口角をあげたまま、指先で拾いあげる。彼よりも幾分慣れた動作で吸い口に唇をつけて、目を細めながら安物のライターで火を灯す。吸い込んだ煙はいつも通り苦くて、珂雪は顔をしかめた。

「やっぱり、こんなのを吸うやつの気が知れないな」

 そう言いながら、珂雪はもう一度、同じ場所に口付けた。



 冷たい布団のなかで目覚めた珂雪かせつがようやく学校にたどり着いたのは、昼休みが始まるころだった。秋が深まりつつある空気は冷たく、珂雪は黒い外套の襟に顔を埋めた。生徒会長の証として学校から与えられる外套は、持ち主が変わるたびにクリーニングに出されているとはいえ、少しだけ古びた匂いがする。この外套と、顎先で切りそろえた藍色の髪をおさえつける学生帽が、学校での珂雪のアイデンティティだ。

「珂雪さま、おはようございます」

 昇降口と特別教室が集まる棟の間で、礼儀正しく足をとめて頭をさげる女生徒に、珂雪はほんの小さく笑みを浮かべて挨拶を返す。笑顔を向けられた女生徒はうっとりと頬を染めた。学生帽を傾ける珂雪の姿は、外套が風になびく角度すら完璧に美しく、まるで、神が彼のためにわざわざ風を呼んだようにすら見える。

「あ、あの、珂雪さま」

 女生徒は胸の前で両手を組んで、一歩、珂雪に近づいた。にこりと張り付けた笑みの裏で、珂雪は冷静に彼女の姿を観察する。耳から上だけが結わえられた髪は艶やかで絹のよう。小さな唇が震えているのは緊張からか。くるりと自然に上向いたまつ毛は巧妙な化粧だろう。

(高等部、二年B組の安斎さくら。父親は確か、金融関係の仕事をしていたな。家の格でいえば、冴夜の家うちとはつり合いが取れないけれど、まあ、縁を作っておいて損はないか)

「どうしましたか、安斎さん」

 そっと、柔らかく名前を呼べば、彼女は感極まったように瞳を潤ませた。演技だろうか。だとしたら相当な役者だなと、心の中で女生徒の価値を測りながら、珂雪は想像通り告げられたデートの誘いを、初心な演技をしながら了承した。

「わあ。悪い人ですねぇ、会長」

 女生徒の姿が完全に見えなくなってから、ようやく顔を出した盗み見小僧に珂雪は冷めた目を向ける。

「君に、言われたくはないね」

 夜は、あなたが居ないと息ができないと言わんばかりに縋りついてくるくせに、朝には香りすら残さずに消えてしまう男の方が、ずっと酷い。

 言外に匂わせた非難にも、彼はどこ吹く風で「なんのことです?」と首を傾げる。昨日組み敷いていたのが夢なんじゃないかと思えるほどに、その姿に性の気配はない。みんなに優しい、正しく優等生な、昼間の彼だ。

「風の噂で、小学生を許嫁にしていると聞いたものだから」

 昇降口に向かいながらそんな戯れを口にしても、彼にはなんのダメージもないようで、涼しい顔を崩さないまま言葉が返される。

「正確には中学生ですよ」

「するのかい? 結婚」

 勝手に転がり落ちた問いかけの答えが、別に自分の人生になんの影響も与えないことに気がついたのは、言葉が音になった後だった。やっぱり答えなくていい、と焦って訂正しようとした珂雪を笑い飛ばすように、彼が肩を震わせて口を開く。

「しませんよ。許嫁でいるのも、彼女が実家を出るまでですし。会長の家もだいぶ古いから、分かるでしょう? 若い当主に分家の長が一生懸命、自分の娘を売り込んでくる状況がどれだけクソで、そういう父親がどういう風に娘を扱うのか」

 クソ、なんていつもは決して使わない擦れた言葉に気をとられて、珂雪は彼の言葉で確かに安堵した心があったことを、うっかり見落とした。

「君、そんなことに腹を立てる性分だったのかい」

「腹を立てているっていうか」

 すり、と彼は指先でネクタイの下をなでた。ちょうど、あの赤い華が咲く、鎖骨の辺りだ。

「姉上との約束なんです。周りの、嫌いじゃない人たちを、なるべく守るのは」

 地面に落とされた視線は、けれど、乾いた土など見てはいないのだろう。もっと、ずっと遠くにいる、遠くに行ってしまった人を、彼は見つめている。彼の姉が死んだのは、珂雪が彼を生徒会に引き入れる前のことで、顔すらよく知らない。

 ただ、姉上と呼ぶ声も、虚空を見つめる瞳も、他の物に向けるのとは違う色をしているから、特別な人だったのだろうと勝手に推測しているだけだ。

「死人との約束を守ったところで、その人はもう居ないのに?」

 珂雪の言葉に、彼は一瞬、ほんとうに一瞬だけ、無垢な子供のようにきょとんとした顔をした。その表情を、巧妙に笑顔の裏に隠して彼は小さく「そうですね」と呟いた。



(あれは、言うべきじゃなかった)

 昼の自分の言葉を思い返して、珂雪は生徒会室の中で項垂れていた。校舎の西端に位置する生徒会室は薄暗く、もう半分夜に浸かっている。副会長も、議長も、ただの役員も、仕事がないからと追い返して、珂雪かせつはひとり、彼がやって来るのを待っていた。どうして、あんな無神経なことが言えてしまったのだろう。普段の珂雪なら思っていても、絶対に口にしない類の言葉だ。彼の前では猫を被っていないとはいえ、最低限の礼儀は忘れていないつもりだったのに、どうして、あんな、傷つけるだけの言葉を――。

(――いや。私は、彼を傷つけ?)

 不意に浮かんだ答えは、結局、思考をさらに混乱させるだけのものだった。珂雪にとって、他人はすべて利用価値のある道具だ。必要に応じて好意を引き出し、敵意を生み出し、自分の、冴夜さよの家の利益につなげるために、操るべきものだ。

(だから、彼を抱いたのだって、最初はただ、常盤ときわの家と繋がりを持つ方が得だと思っただけだ)

 そのはずだ、と珂雪は誰かに言い訳するように呟く。じりじりと腹の底がうずく不快感が思考を乱す。いつの間にか、唇が震えていた。そのはずだ、と囁いた珂雪の声で空気が揺れる。脳裏にちらつくのは、彼の白い背中だった。まるで、青い湖面に降り立った一羽の鶴のような。

 蒼穹に飛び去ったあの日の大きな鳥が彼の姿に重なって、珂雪はつい、息を止めていた。

 ギィ、と立て付けの悪い扉の開く音がして、珂雪は弾かれたように顔をあげる。いつの間にか、すっかり暗くなっていた生徒会室の中で、彼の白い顔だけがぼんやりと浮かび上がった。やっぱり、夜の中で見る彼は幽霊のようだった。生と死の狭間をふらふらと行き来しているようで、その輪郭がひどく曖昧に見える。

「ちぐさ」

 唇が、勝手に彼の名前を呼んだ。彼が少しだけ驚いた顔をする。その顔をみて、珂雪は自分が、彼の名前を初めて口にしたことに気がついた。名前を呼ぶと、途端に手を伸ばしたくなって、珂雪は身を沈めていた椅子から立ち上がる。キュウ、と生徒会長用のソファが軋んだ。

 この部屋は、まるでここだけ世界から切り離されて、時間を止めているように古びたものに溢れている。

「会長」

 もう一度、珂雪が名前を呼ぶ前に、彼がそう言った。珂雪は名前を呼んだのに、彼は、そうしてはくれない。珂雪は彼に近づこうとしていた足を、そのまま下ろした。今、一歩を踏み出したら、そのまま谷底に落ちるような気がして、踏み出せなかった。

「生徒会を、やめさせてください」

 そういえば、彼はどうして、今日、こんな時間になるまで生徒会室に現れなかったのだろう。

 投げられた言葉と全く関係のないことを考え始めた思考の動きの訳が分からないままに、珂雪は彼の言葉に答える。

「それは、また急だね」

「すみません。もう少しで、任期満了だったのに」

「そうだね。たしかに、もう少しだ」

「実は」

「君の仕事ぶりは丁寧だから、すごく助かっていたのだけれど」

 彼の言葉を遮って、珂雪は言葉を並べる。本当に困るよ、とか。この先の短い期間では後任を探すのも大変だろうし、とか。そもそも契約したときに任期の満了までやることに了承していたはずだ、とか。口が勝手に言葉を並べ立てる。腹の奥がうずく不快感は強くなるばかりで一向に止まない。

 別に、彼が生徒会をやめたって、縁が切れるわけでもないのに。

 常盤の家との縁が繋がっているなら、それで、収支はプラスになるはずなのに。

(どうして私は、 )

「会長」

 彼が、静かに、声をあげる。

 珂雪の口は途端に動きをとめた。

 何かを、言うべきだと、頭の中で警鐘が鳴り響く。

 彼に、言葉を紡がせてはならない。

 彼の言葉を、これ以上聞くべきではない。

 そう、全身が叫んでいるのに、乾いた喉からはもう声が出なかった。

しんが、不安定なんです」

 彼はまっすぐに珂雪を見つめる。

「もともと、ちょっと不安定なやつだったんですけど、今日、決定的になって。あいつが生きていくためには、僕がそばにいなくちゃいけないんです」

 それがどういう意味なのか、珂雪にはまるで分からなかった。彼の話の中で理解ができたのは、辰というのが彼の幼馴染の名前であることだけだ。彼はおそらく、意図的に説明を端折っているのだろう。言えないことがあって、その中で、それでも丁寧に、言えることを選んで、精一杯、珂雪に事情を説明しているのが分かった。

「あいつは、僕がいないとダメなんです」

 そう言う彼の口元には、まるでそれを望んでいるように、小さく笑みが浮かんでいて。

「君は、けっきょく、彼を選ぶのか」

(――私だって、君がいないと、だめなのに)

 吐きだした言葉に引きずられて浮かんだ言葉で、ようやく、珂雪は自身の混乱の原因を知る。目の前の彼は、ぱちくり、と瞬いて固まっている。そんな風に乞われるとは、まるで考えていなかったと言いたげな表情に、珂雪は自嘲を浮かべた。

(私だって、こんな風になるつもりはなかったんだ)

 けれど、夜闇の中で見た君が、あまりに綺麗だったから。

 けれど、褥のなかで縋りつく君の手が、あまりに細いものだから。

 けれど、君の残した吸いさしの煙草が、あまりに甘いから。

 けれど、君が不意に見せる笑顔が、あまりに無邪気だから。

 いつの間にか、そんな姿に、恋をしていたらしい。

「嘘だよ」

 珂雪は目を伏せてそう言った。自嘲を微笑に切り替えて、芝居がかった仕草で肩をすくめる。

「君があんまり突然約束を反故にするから、意地悪を言ってみただけさ」

「いじわる」

(あぁ、君。そんな顔もするんだな)

 きっと、顔をあわせるのは人生で最後になるだろうと予測して、シャッターをきるように彼の姿を網膜に焼き付ける。記憶力には自信があるのだ。

(だいじょうぶ)

 ぐらぐらと覚束ない足元に力を込めて、珂雪は自分に言い聞かせる。

(私はきっと、思い出だけで、生きてゆける)

 こんな風に唐突に別れが来るのなら、もっと名前を呼んでおけばよかった、とか。もっと昼間から彼と話をするんだった、とか。もっと触れておくんだった、とか。そういう衝動のままに、彼を抱きしめようとする体をどうにか制して、珂雪は完璧な微笑みを浮かべた。

 ほんの一筋、この、何人もの人間を虜にしてきた笑顔で、彼の心がこちらに靡かないかと、そう、期待して。

「行ってきたまえよ。君の、大事な幼馴染なんだろう」

 珂雪の言葉に、彼は眉をさげて笑った。それから、まるで波紋も残さず消えていく鶴のように颯爽と、生徒会室から出て行った。不意に、あの日、鶴が飛び去った空の青さが鮮明に蘇って、今更、彼と鶴を重ねていた理由に気がついた。珂雪はずるずると、その場にしゃがみ込む。

「馬鹿だな、私は」

 あの、夜闇に浮かび上がる白い背中を前に、息を止めてしまった時点で、とっくに。

 手放すのが惜しいと、白状していたも、同然だったのに────。

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