呪いとスキルは背中合わせ!? ギルド公認カップr……コンビです!

だぶんぐる

第1話

「おい! リリ! そっちに行ったぞ!」

「わかってる、わ、よ……! 大きな声出さないで! シドウ!」


 リリと呼ばれた赤髪の少女が顔を顰めさせながら細剣を横薙ぎに振って後ろから襲い掛かろうとしたゴブリンの首を飛ばすと、シドウという名の青年が後ろを見ずにリリの向こう側で隙を突こうと近寄った魔物達を牽制する風の魔法を放つ。

 シドウの風によって後ずさりした魔物達は一度距離をとるが、戦う意志は衰えた様子を見せず、再び二人に襲い掛かる。


「ち!」

「ちょっと! シドウ! 背中!」

「……わかってるよ!」


 リリの言葉で眉間に皺を寄せたシドウは魔物達に向かおうとした足を止め、バックステップで自分の背中をリリの背中に張り付ける。


 いわゆる、背中合わせの状態。

 弱点である背中を守ると同時に360度の視界を確保するフォーメーション。本来互いへの信頼が成せる形だが、二人の表情は固い。


「ちょっと! 背中汗びっしょりじゃない!」

「うるせえ! 汗はかくだろ! 文句言うな! もう十分だろ! 行くぞ!」


 二人は互いの足の裏を蹴りあうように反対方向に飛んでいき、個別に魔物に攻撃を仕掛け圧倒する。だが、暫くたつと、


「リリ、背中!」

「……わかってる!」


 再び背中合わせに。本能のままに攻撃してくる魔物は何も気にしていないが、もし腕利きの冒険者がいれば首を傾げた事だろう。背中合わせは弱点である背中が守れる上に死角はなくなる。だが、相手が背中にいる以上動きは制限されてしまう。 ただその場で耐える守りの構えとしては優れた形ではあるが、離れても戦える二人がわざわざ背中合わせになりにいく必要は本来であればない。

 その証拠に、背中合わせの状態で二人は十数秒いがみあうと離れて戦い始める。

 そして、その後十秒で敵を全滅させた。


「ち。大分時間かかったな……まったく厄介な呪いにかかったもんだぜ……」

「ちょっと、こっち見て言わないでくれる? アンタだって同じ呪いにかかってるんだらね!」

「へいへい……で」

「で?」

「どうする?」

「どうするって……さっきと一緒よ!」


 顔を真っ赤にし目を吊り上げ怒るリリを横目でちらり見たシドウは小さくため息を吐きリリに背中を見せる。


「……ん」


 リリがシドウの肩に両手を置くとシドウが歩き始める。リリは歩き始めたシドウの肩を掴んだままそのままついていくように歩いていく。


「……! リリ! 敵だ!」

「あーもう! うっとおしい! シドウ、背中!」

「へいへい!」


 戦闘になると背中合わせを定期的に行い移動中はリリがシドウの肩に手を置くという奇妙なコンビが汗だくでダンジョンから出てきたころにはもう陽は沈みかけていた。


「よ! 馬車馬! 今日もリリちゃんにちゃーんと手綱を握ってもらったのか!?」


 冒険者ギルドに入るなりそんな声を掛けられ、シドウは肩に手を置かれたまま声の主を睨む。


「うるせえよ……誰が馬車馬だ。手綱握られるべきなのは、こっちの狂犬だ!」

「誰が狂犬よ! 誰が!」

「ばか! 肩を強くつかむな! 剣士のお前の力に魔法使いの俺の身体が勝てるわけねえだろ! いってぇええええええええええええ! おい、助けろ! 誰か! 助けて! しぬぅうう!」


 シドウの必死の訴えを笑い飛ばしながら男は舌を出す。


「け! 冒険者ギルドでも人気者の美少女リリちゃんと【一定時間触れていないと力が失われていく呪い】にかけられた罰だ!」

「呪いに対する罰ってなんだよ! 大体! こんな怪力女と離れられないなんて」

「誰が! オーガ女よ!」

「言ってねえぇええええええ!」


 リリの怒声とシドウの絶叫はもう冒険者ギルドではお馴染みとなっていた。

 二人の状況を知らないものは誰一人としていない。

 先ほど、男が言った通り、二人は互いに『一定時間触れ合ってないと力を失っていく呪い』にかかっていた。


 今から数か月前までは、シドウとリリは元々それぞれソロで冒険者を行っており、コンビではなかった。たまに合同クエストと呼ばれる冒険者達が協力して、魔物の討伐やダンジョンの踏破を行う依頼をこなしていたが、その時も喧嘩ばかりで他の冒険者達も頭を抱えるほどだった。


 そんなある日、合同クエストでゴースト化した呪術師の討伐にリリとシドウで向かうようギルドから要請があった。だが、その呪術師の実力は圧倒的で、シドウとリリは敗北を喫す。その時に呪術師は嗤いながら、件の呪いを二人にかけた。


 二人が触れ合っていなければ力が失われるという事で、有能な冒険者を失うわけにはいかないと言う冒険者ギルドの勧めもあり二人はパーティー登録をしクエストをこなしていく。

 だが、そこで問題となったのは、『どうやって触れ合うか』。



 その結果が先ほどの様子。

 移動中はリリがシドウの肩を掴んで移動。

 戦闘中は力を失い始めたと感じたら、背中合わせ。


 手を繋げば解決すると冒険者の誰もが提案したが、二人は拒否し続けた。

 そして、絶対に失敗はしないと宣言し、宣言通りクエストをこなし続け、今もこの状態を続けている。


「おい、ギルド報告はどうするんだよ?」


 シドウが振り返るとリリは真っ赤な顔で叫ぶ。


「あ、アタシが書くわよ! アンタ本当に報告へたくそなんだから! こ、交代よ! だけど、へんなとこ触ったら許さないからね!」


 押しのけるように前に出てギルドへの報告書類を書き始めたリリを見てシドウは嘆息するとゆっくりとリリの肩に手を置く。


「ひゃっ!」

「な、なんだよ!? 変な声出すな!」

「触り方……!」

「触り方って……出来るだけ丁寧にさわっただろうが!」

「……じゃ、じゃあ、触る場所」

「肩以外どこにしろってんだよ!? 足か? 腕か!? 尻か? 背中か!? 頭か!?」

「ど、どこもダメに決まってるでしょ! も、もういいから大人しくさわっときなさい! アタシ達はちゃんと呪いの状況も含めて説明かかなきゃいけないんだから、邪魔しないで!」


 その後書き終わってもギャーギャーと口喧嘩をしながら、シドウの肩を掴んだリリと肩を掴まれたシドウが去っていく。


 それを冒険者ギルドの人間や冒険者たちは……ほっこり顔で見送っていた。


「えー! それはお待たせしました! 皆様、今日の二人を報告させていただきます!」


 二人の受付を担当していたアエラが声高にそう告げると、冒険者たちは指笛を鳴らし手を叩き大盛り上がり。


「待ってました!」

「今日の二人はどういちゃいちゃしてたんだ!?」

「これの為に俺は生きてるんだ! 聞かせてくれー!」


 二人は知らないが、今、荒くれもの達が集まる冒険者ギルドが一つにまとまっていた。

 目的は『シドウとリリのいちゃいちゃを見守ること』。


 シドウとリリが互いを想い合っていることは冒険者ギルドの誰もが知っていた。

 そんな中で、起きた呪い騒動によって冒険者ギルドはかつてないほどに盛り上がっていた。

 冒険者ギルド側は、呪いの為と二人をギルド公認パーティーとして様々な補助が受けられるように手配し、その条件としてダンジョンでの二人の状態を事細かに報告するように義務付けた。


「……その時、シドウの背中が私の背中とぴったりとくっつき、シドウの背中は汗まみれで……汗まみれだったけど大きくて男の子の背中なんだなあと思いました!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 そして、その報告をみんなで共有し盛り上がるのが恒例となり始めていた。


「こ、心がきゅんきゅんするんじゃああああ!」

「い、生きててよかった……! ひとのしあわせで俺はこんなにしあわせになれるんだ……! 俺はまだ人間をやりなおせる……!」

「これを聞くために無駄を省いてさっさとダンジョンから帰ってきてるんだよぉおお!」


 男の言った通り、冒険者たちは、出来立てほやほやの報告を聞くために、ダンジョン攻略に一切無駄を入れないようになった。例えば、冒険者同士の諍いや妨害もなくなり、むしろ積極的に協力してクエストにのぞむようになった。


「いいか! 野郎ども! 私たちは絶対にあの冒険者ギルド公認コンビを冒険者ギルド公認カップルにしてみせるんだ! やってやろうぜええええ!」


 アエラが鼻息荒く高々と報告書を掲げると、冒険者たちは同じように拳を突き上げる。

 この数か月後、彼らの冒険者ギルドは世界一の冒険者ギルドに認定されることになる。


 そんな未来も、騒がしい現在も知らないままに宿屋に戻った二人は眠りにつこうとベッドに入る。

 背中合わせで。


「お、おやすみ」

「おおおおやすみ」


 明かりも消え背中合わせの為、顔の力も抜けたのか耳も顔も何もかもが赤い二人が背中合わせで一枚の毛布にくるまり眠りにつこうとする。


(ああああああああああああ! 無理だ! 今日も寝れねえ! こんなかわいい子のやわらかい背中を感じながら寝られるかよ! ダメだ! こんなやさしい子の信頼を裏切るわけには!)

(ああああああああああああ! むりむりむりぃい! こんな固い背中当てられたらダンジョンでのかっこいい顔思い出しちゃうから! ダメよ! バレたら絶対気持ち悪がられる! 気づかれないようにちょっとでも冷たい態度をとらないと!)


「は、早く寝れば!?」

「わ、わかってるよ! うるさいな!」


((ああああああ! 本当はこんな事言いたくないけど、油断したら嬉しくなっちゃうからぁあああ! それに俺の、私の、スキルのことがバレるわけには!))


 この世界に生まれた者達が必ず持っている才能、スキル。例えば、【身体強化】は身体能力を高め、【剣術】であれば剣の才能に恵まれる。

 奇遇にも二人は同じスキルを持っていた。


【愛情強化】


 愛情が高ぶることで能力が強化されるというレア中のレアスキル。

 だが、二人はこのことを誰にも教えずスキルなしのまま冒険者を続けている。


((だって、このスキルがバレたら好きな人もバレるから!!!))


 ソロ冒険者だった頃にどんどんと二人が頭角を現していったのは互いに互いへの気持ちが高まっていってしまったから。そして、かけられた呪いによってその強化はどんどんと高まっていた。ちなみに、冒険者ギルドの面々は【鑑定眼】のスキル持ちによって二人のスキルはバレてみんなに知られて知らない間にほっこりされてしまっている。

 相手の背中のあたたかさと同時に自身の能力の高まりを感じてしまう二人の心臓の鼓動はどんどんと早くなっていく。


((だ、ダメだ! さっきのことを思い出してしまう!))


 二人が思い出しているのは、部屋に戻ってすぐ身体を拭く時。二人は背中合わせで拭いている。背中を拭く時だけ少し離れるがその後はまたぴったりとくっつけ無言で身体を拭き続けた。その記憶が蘇り二人は身もだえする。


「ちょ、ちょっと、何動いてんのよ!」

「ん、んん!? なんだ、いつも通りちょっと寝相が悪かっただけだよ!」

「あ、そう! 寝苦しかったら言いなさいよ! アンタには明日も頑張ってもらわないといけないんだからね!」

「お、お前こそ! なんか俺に出来ることあったら言えよ! お前と冒険できないと困るんだからな!」


((ああー! すきー!!!!))


 二人が悶々とした夜を過ごしている様子を見ていた者がひとり……。

 その男は、遠くの光景を映す古代魔術を操りながら血のように真っ赤な目でシドウ達を『視て』いた。


 闇夜の呪術師。


 数百年前に、世界を闇に包もうとした伝説の男は、嗤っていた。


『ククク……いいぞ、もっとやれ……! もっと儂はきゅんきゅんを見たいんじゃあ……』


 世界征服を諦めた男は、時間を持て余し両片想いを成就させることを生きがいとしていた。


 これはそんな割と平和な世界の物語。

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