第10話 煽りと猫

 これは白昼夢か。いや昼間ではない。狐に化かされたか。いや狐ではない。ずんぐりむっくりとした、ふてぶてしさを表情いっぱいにした猫だ。笑い慣れていないせいなのか、笑顔が引き攣っている。そもそも猫って笑うのか。

 混乱する頭をどうにか整理しようと冴えない頭をフルに回転させる。

 この状況。一言で言うならば、意味不明。


 「あの」


 いやしかし何者なんだ。


 「あのう」


 妖の類か?にしては人間ぽいし。


 「あの、聞こえてます?」


 はっ!もしや俺は死んでいて、地獄からの死者なのか?この可愛くない猫が。天使ではないのか。


 「おい!無視するな!うだつの上がられねえパンダ男が!」


 部屋が割れるような音で目が覚める。恐る恐るそちらを向くと、やはり猫がいた。


 「やっと、こちらを向きましたね。猫という崇高な存在であるこの私の言葉を無視するとは、良い度胸です。あなたのスーツ毛まみれにして差し上げますよ。ほら、出しなさい。そのヨレヨレのスーツ」


 前足でちょいちょいと動かす姿はほんの少し、愛らしくはある。いや。愛らしくない。


 「な、何者だ?もしや、地獄の使者か?」

 「天国からの天使です」


 得意気に笑おうとするが、仮面のようになる猫。ある意味絵画的。


 「ううお!天使な訳あるものか!この不細工猫め!」

 「おや、自殺志願者ですか?シャー!」


 猫の威嚇音は、蛇の音。

 倒れる大牟田俊雄三十歳、独身。


 「す、す、すまなかった!気が動転してつい、本音が」

 「本音?」


 猫、睨む。蛇ににらまれた蛙さながら、硬直。


 「ゲフンっ。いや。気が動転してしまった。今もしている。猫が喋るなんて」

 「ふん。次は無いですからね。そして、猫は雄弁ですよ」

 「猫は、雄弁?」


 まったく、やれやれと首を振る猫はどうしようもなく人間を見下していた。

 月光に照らさるるは、一匹と一人。影は次第に、壁へと登り一匹の像を増す。

 巨大な存在がいるかのように。


 「最初の問いに戻ります。あなたのしたいコトは、何ですか?」


 最後の夜は猫と共に、だ。

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『人生短し、歩むは猫と』 @izumiryu

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