第9話 ブラックと猫

 「今日の12時までね。よろしく」

 「...はい」


 バザバサっ。どっさ。


 大牟田俊雄おおむたとしおの前には、ファイリングされた意味のなさない紙束が、塔のように積み上がった。とても登りやすいものではない。そもそも登りたくもない。

 何故。

 脳の奥から飛び出す二文字。

 就業時間は、二時間前に過ぎているのにまだ終わりの朝は来ない。というか、朝が来てしまう。

 目の下のくまはこれまでの仕事ぶりを勲章するかのように黒く濁っている。誇らしくはない。

 会社に入って三ヶ月。ブラックをブラックで割って、ブラックをデコレーションしたような惨状をブラックでまた、コーティングする体制。目下で感じ得る。

 このままでは。

 デスクの時計に視線を動かす。

 なるほど、午後11時と言ったところか。

 今日もか。今日も出来ないのか。


 「今日も出来ないのか」


 落胆の音は、口から漏れ出ていた。

 こんなコトなら。もう。


 「よし。辞めるか。人生」


 パソコンを閉じて、席を立つ。ゆっくりと月明かりの照らす窓に近づく。開ける。タバコを一服。

 煙がゆらゆらと月の近くにある雲に吸い込まれていく。この一本を吸い終わったら、家にある睡眠導入剤をたらふく飲もう。決心する。

 タバコの火はジリジリと口元に近づく。寿命が加速し、命は短くな。


 「りませんよ。それはあなたが勝手に決めた予定ですので」


 「ごほっごほ、ごほっっ。誰、だ?」


 振り向く。扉がキイイとならしながら、ゆっくりと開く。目を凝らす。凝視。

 影を表すと、たちまち脂汗が滲む。

 一匹の猫がそこにいた。可愛くは、ない。


 「あなたのしたいコトは、何ですか?」


 笑う猫。またしても可愛くない。

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