第33話 たとえ朽ち果てても

 バイト終わりの夜。

 夜風に当たろうとベランダに出ると、隣のベランダに瑠衣さんの姿があった。タバコを吹かしながら月を眺めている。

 その横顔は美しかった。初めて会った時から変わらずにずっと。


「こんばんわ。お仕事、お疲れさまです」

「どうも」


 俺はそう言った後、


「瑠衣さん、今日は店に来ませんでしたね」

「今月はお財布がピンチなんです。だから、今ある分を大切に吸わないといけません」

「その割には結構吸ってるみたいですけど」


 手元の灰皿には吸い殻が何本もあった。ペース配分が苦手なのかもしれない。


「原稿の進捗はどうですか?」

「ぼちぼちと言ったところですね」


 瑠衣さんは受賞した後、早速次の作品の執筆に取りかかっているらしい。良い短編を後何本か書ければ本にまとまるらしい。


「本になったら、最初に結斗くんに献本しますね」

「楽しみにしてます」


 お世辞ではなく、心からそう思った。


「結斗くんはどうですか?」

「相変わらずです。学校でもバイト先でも浮いてますよ」

「それはそれは」と瑠衣さんは満足そうに言う。「でも、最近はちゃんと学校に通うようになったんですね」


 バイトも続けるし、学校にもちゃんと通う。馴染めないかもしれないけど。少なくとも逃げるようなことはしない。

 生きないといけないから。見届けないといけないから。 


「瑠衣さんは俺の不幸が好きみたいですから」

「心外ですね。私は、結斗くんの不満げな目が好きなんです」


 それに、と瑠衣さんは頬杖をつきながら、歌うように続ける。


「結斗くんが一人ぼっちでいてくれたら、私が全部独り占めできますから」


 そんなことを平然と言ってのける。


 小春先生は言っていた。

 この女の人は俺をよくない方に導いてしまう人だと。

 実際そうなのかもしれない。

 瑠衣さんと関わったことで、俺の人生は破滅に向かっているのかもしれない。取り返しのつかないことになるのかもしれない。

 だけど。 


「前からずっと聞こうと思って、聞けなかったんですけど」と俺は言う。

「何ですか?」

「瑠衣さんがタバコを吸い始めたきっかけって、何ですか?」


 いつか酒袋が言っていた。

 女がタバコ吸うのなんて、百パー男の影響だと。

 俺は瑠衣さんに尋ねるのを恐れていた。

 瑠衣さんに男の影を感じるのが嫌だったから、じゃない。

 あんなにタバコを吸う姿が様になっている人が、つまらない理由でタバコを吸い始めたということを知りたくなかったからだ。

 でも、今なら聞ける。


「昔付き合ってた彼氏が吸ってたんです」


 瑠衣さんはそう言うと、俺の目をじっと見つめた後、くすっと言う。


「――というのは、冗談です」

「本当は?」

「ただ単にムシャクシャしてたからです」


 瑠衣さんはうっすらと微笑む。世の中の全てを嘲笑するかのように。

 それは求めていた百パーセントの答えだった。


 紗希さんは言っていた。俺が瑠衣さんに抱いている想いは報われないと。

 でも、勘違いしている。

 俺は瑠衣さんと付き合いたいわけじゃない。結ばれなくても構わない。

瑠衣さんは、俺にとっての光だ。このつまらない世界で初めて出会えた、心から大切だと思えたたった一人の相手だ。

 だからただ、在り続けてくれるだけでいい。

 北極星のように。灯台のように。

 いつまでもずっと、その輝きを失わないで欲しい。

 そうすれば今後、どんなに惨めな人生を送ることになっても生きていられる。

 

 この先、瑠衣さんと関わったことで、俺の人生は破滅に向かうのかもしれない。

 爆弾を作るなんて息巻いたけど才能なんてなくて、報われずにボロボロになって、最後は惨めに野垂れ死ぬことになるかもしれない。

 何も知らない人たちからは憐れまれ、嘲笑されることだろう。

 それでも構わない。

 もちろん、報われるのが一番だとは思うけれど。

 

 たとえ、金も、社会的地位も、何も手に入れることができなくても。

 何も残せなくても。何も為せなくても。

 ただ一人、瑠衣さんだけが笑っていてくれれば。

 そうすれば。

 

 朽ち果てた俺の顔はきっと、穏やかに笑っている。


――――――――――――――――――――――――――――――


ここまでで第一部完結です!

好評そうなら第二部も書くかもしれません。

お付き合いいただいてありがとうございました!

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重いタバコを吸ってる不健康そうな年上美人とドロドロの関係になっていた話 友橋かめつ @asakurayuugi

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