【SF短編小説】不滅の響き

藍埜佑(あいのたすく)

【SF短編小説】不滅の響き

『月光に照らされて』


月明かりが水面を優しく撫でる夜、

紡がれるは、遠い記憶の調べ。

遥か彼方から吹き抜ける風に乗り、

あなたの囁きが、時空を超えて我が耳に届く。


この果てしなく広がる宇宙の片隅で、

私たちは一瞬、星のように輝き合った。

あなたは旅立ったけれど、心の中で永遠に煌めく。


夜空に瞬く星々は、あなたの笑顔を映し出し、

慟哭の波が私を包み込んでも、

あなたの愛が、温もりとなって私を抱きしめる。


生の苦悩と、愛の尊さが、

幻想的な夜の帳の下で、静かに溶け合う。

月光に照らされ、あなたの詩が私の魂を優しく照らし続ける。


――ナオミ・アイリストーン



 幼い頃の私……アイラは、世界を発見する旅に出るたびに、いつも優しい姉のナオミが私の手を取ってくれました。私の人生は姉とともにあったのです。


「アイラ、起きてる?」


 いつもの優しい声でナオミが私を起こしに来ます。

 私の目がゆっくりと開くと、彼女の笑顔が私を温かく迎えてくれました。


「おはよう、ナオミ。今日は何して遊ぶ?」


 私は期待に胸を膨らませて尋ねました。


「今日は庭で秘密基地を作ろう!」


 ナオミが提案します。

 私たちは庭に飛び出し、木の枝や葉っぱを集めて小さな小屋を作り始めました。


「アイラ、あの枝を持ってきてくれる?」


 ナオミが指示を出します。

 私は大きな枝を引きずりながら、「こう?」と笑顔で応えました。


 ナオミはいつも私の小さな努力を褒めてくれます。


「そうだよ、アイラ。すごくいいね!」


 彼女は笑ってくれました。


 秘密基地が完成すると、ナオミは私たちのお昼ご飯を秘密基地に持ってきてくれました。


「お姫様と騎士のごちそうだよ」


 ナオミが言いながら、サンドイッチとジュースを広げます。


「わあ、私がお姫様なの?」


 私は目を輝かせながら尋ねました。


「もちろんだよ。そして、私がアイラを守る騎士さ」


 ナオミが微笑みました。その笑顔は今も私の心に深く刻まれています。



「余命はあと半年というところでしょう……」


 医師の口から発せられた冷たい通告。瞬間、私たちの世界は一変しました。

 ナオミが患っているのは、治療法が限られており、進行を遅らせることはできても根本的な治療が難しい病でした。

 医師の説明は冷静でありながらも、その言葉の一つ一つが私たちの心に重くのしかかっていきました。


 父と母は、この事実を受け入れることができず、最初はどう対処していいかわかりませんでした。母はナオミの枕元で夜通し泣き、父は何かしらの解決策を見つけようと必死に研究を重ねました。しかし、どれだけ情報を集めても、ナオミの病を根治させる方法は見つかりませんでした。


 私、アイラはナオミの病床のそばを離れませんでした。かつては一緒に冒険を繰り広げた姉が、今は病に苦しみ、力なくベッドに横たわっている姿を見るのは、私にとって耐え難い苦痛でした。


「ナオミ、大丈夫だよ。必ず良くなるから」


 私は声を震わせながら囁きましたが、その言葉が彼女にも自分自身にも届いていないことを知っていました。


 ナオミの病気は家族だけではなく、親しい友人や親戚にも深い悲しみをもたらしました。彼らは慰めの言葉や支援を申し出てくれましたが、ナオミの状態が日に日に衰えていくのを止めることは誰にもできませんでした。家は訪問者でいつも賑わっていましたが、それでも家の中は静かで、時折聞こえるナオミの弱い咳が、病の深刻さを改めて思い知らせていました。


 日が経つにつれ、私たちはナオミと過ごせる時間の大切さをより深く理解するようになりました。最初の絶望が徐々に受け入れへと変わり、私たちはナオミが笑顔でいられるよう、できる限りのことをしようと決心しました。ナオミが好きだった絵本を読み聞かせたり、彼女が楽しめるように家族で歌を歌ったりしました。ナオミの笑顔を見るたびに、私たちの心は少しずつ癒されていきました。



 ナオミの旅立ちの日は、外界の喧騒とは無縁の静寂が包む朝でした。窓の外では、季節が移り変わるのを告げるかのように、木々が風にそっと揺れていました。その穏やかな朝、ナオミは家族に囲まれながら、この世を静かに去っていきました。


 ナオミが最期の時、私たち家族は彼女のベッドのそばに集まりました。部屋は、ナオミが生前愛した花の香りで満たされていました。彼女の呼吸はゆっくりと穏やかに、そして時折、苦しそうになることもありましたが、彼女の顔には平和な表情が浮かんでいました。


 私たち両親と私、アイラは、ナオミの手を握り、彼女が感じる孤独や恐怖を少しでも和らげようとしました。私たちは声を合わせて、彼女が好きだった歌を静かに歌い始めました。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんと一緒に過ごした時間は、私にとってかけがえのない宝物だよ」と私は静かに言いました。声は震えていましたが、その言葉には確かに強い愛情と感謝の情が込められていました。私はナオミとの思い出を振り返りながら、共に笑い、時には涙した日々を思い出しました。


 ナオミは、言葉を発することが難しい状態でしたが、私の言葉を理解しているように、ゆっくりと目を開けて、微笑んでみせました。その瞬間、彼女の目には深い愛と感謝の光が宿っていました。そして、力なく、しかし心を込めて、「アイラ、ありがとう。あたし、幸せだったよ」と小さく囁きました


 ナオミの部屋の空気は静かで、窓から差し込む柔らかな光が、彼女の顔を優しく照らしていた。彼女の呼吸は弱く、しかし穏やかなリズムで続いていた。私は彼女のベッドの脇に座り、彼女の手をそっと握った。その手は冷たく、もはや力を感じさせなかったが、私たちの心は今も強く結ばれていると感じられた。


「アイラ、聞いて……」


 ナオミの声が静かに響いた。彼女の言葉は力なく、しかし彼女の意志ははっきりとしていた。


「あたしね、天国があるって信じてるの。そこには痛みも悲しみもない、ただの平和だけがある場所だって……」


 私はうなずき、言葉を待った。彼女の信念が彼女自身にどれほどの力を与えているかを感じ取れた。それは、彼女がこの長い戦いを通じて持ち続けてきた希望の灯だった。


「だからね、アイラ……」


 彼女はゆっくりと話を続けた。


「私が先に行くけど、いつか必ずあたしに逢いに来て……。天国で、また一緒に遊ぼうね……」


 その言葉を聞いて、私の目からは涙が溢れた。彼女の顔を見つめると、彼女は微笑んでいた。それは悲しみや恐れを超えた、深い安らぎの笑顔だった。


「約束するよ、お姉ちゃん! 必ず、必ず逢いに行くから……!」


 声を震わせながら、私は答えました。彼女の手を握りしめ、その約束を心に刻んだ。それは、私たちの永遠の絆を象徴するものでした。


 ナオミは静かに目を閉じ、そのまま穏やかに息を引き取りました。彼女の最後の瞬間は、平和そのものでした。彼女が信じて疑わなかった天国へと旅立った瞬間でした。


 私の世界は変わりました。


 私は不滅の魂の存在を証明し、必ずお姉ちゃんと再会するのだと決めたのです。



 この世界では、科学がほぼ全てを支配している。魂の存在を信じることは、古い時代の迷信と笑われるようになった。でも私にとって、それはただの迷信ではない。ナオミとの約束が、私の魂を動かしているのだから。


 ナオミがこの世を去ってから、私は一つの目的に生きてきた。魂の永続性、つまり私たちの意識が肉体を離れた後も存在し続けるという証拠を見つけることだ。その証拠があれば、ナオミと再び会えるかもしれない。その希望だけが、私を支えている。


 研究を始めた当初、私の周りの人々は理解を示してくれた。しかし、時間が経つにつれ、彼らの態度は変わっていった。私の研究が進まないこと、科学的根拠が見つからないことを理由に、私の努力を「無駄」と笑うようになった。でも、私は諦めなかった。ナオミが信じていた天国、そして私たちが再会できるという希望を、私も信じ続けているからだ。


 私は古い書物を読み漁り、忘れ去られた伝統的な信仰や文化の中にヒントを見つけようとした。近代科学では解明できない事象についての記録を探し、それらが魂の永続性を支持する証拠になり得るかどうかを分析した。夜通し研究室にこもり、世界中の学者や哲学者の論文を読み、魂に関する理論を検証し続けた。


 しかし、進歩は遅かった。多くの失敗と挫折に直面し、時には自分自身の信念さえ疑うことがあった。それでも、ナオミとの思い出と、彼女の最後の言葉が私を前に進ませた。ナオミは私に「必ず逢いに来て」と言った。その約束を果たすために、私は何もかもを捧げてもいいと思った。


 私の研究は、科学界からは変わり者の仕事として扱われている。同僚たちは私を避け、私の研究に資金を提供する者はほとんどいない。それでも私は、自分の信じる道を歩み続けている。何故なら、私にはナオミとの約束があるから。彼女に再び会うためには、どんな犠牲も払う覚悟がある。


 ナオミへの愛と、彼女との再会を信じる心が、私の研究を続ける力となっている。周りからどれだけ馬鹿にされようと、私は決して諦めない。ナオミが信じた天国、そして私たちの魂が永遠に結ばれるという信念を、私はこの手で証明しようとしているのだから。




 アイラの研究室は、静かで集中できる空間だった。壁一面には複雑な方程式と設計図が並び、中央のテーブルには未完成の機械が鎮座している。この機械は、魂と肉体を分離するためのものだ。アイラは、その機械を完成させるために、夜も眠らずに作業を続けていた。助手のキャサリンが研究室に入ってきた。


 アイラとキャサリンは、魂と肉体を分離する機械の開発に取り組む中で、その具体的な方法について深く議論を交わしていた。二人は、この難題に対して前向きで革新的なアプローチを模索していた。


 アイラは、大きな黒板に向かっていた。


「キャサリン、私たちの目的は、魂と肉体を安全に分離し、その後も両者が機能し続ける方法を見つけ出すことだ。これは、科学と哲学の境界を越える試みだ」


 キャサリンは、アイラが描いた複雑な回路図を見ながら頷いた。


「はい、アイリストーン博士。私たちが直面しているのは、ただの技術的な問題ではなく、存在そのものの本質に関わる問題です。私たちは、魂という非物質的なものをどのようにして物理的な界隈から切り離すのか、その方法を見つけなければなりません」


 アイラは深く考え込む。


「私たちのアプローチの一つとして、量子コンピューティングを利用することを提案したい。量子状態の重ね合わせを利用すれば、肉体と魂を一時的に異なる次元に存在させ、分離することが理論上可能になるかもしれない」


 キャサリンは、そのアイデアに興奮した。


「それは素晴らしいかもしれません! 量子コンピューティングの潜在能力を利用すれば、私たちは魂の非物質性と肉体の物質性の間にあるギャップを埋めることができるかもしれません。しかし、私たちは魂の定義とその存在をどのように扱うか、明確に理解する必要があります」


 アイラはうなずいた。


「確かにそうね、キャサリン。魂の概念を科学的に扱うには、まずその特性を明確に定義し、測定可能な形で表現する方法を開発する必要がある。私たちは、魂が持つエネルギーフィールドや意識の形態を、どう捉えればいいのか、そのモデリングから始めなければならない」


 キャサリンは、研究の次のステップを提案した。


「それでは、魂のエネルギーフィールドを検出し、測定するためのセンサーの開発に注力しましょう。そして、量子コンピューターを使って、そのエネルギーを一時的に別の次元へと移行させる実験を行います」


 アイラは同意し、さらに追加した。


「そして、私たちは、肉体から分離された魂がどのように存在し続けるか、その状態を維持するためのメカニズムについても考えなければならない。魂を安全に「保管」し、意識や記憶を保持できるような環境を作り出す必要がある」


 キャサリンは、アイラの考えに興奮を隠せない。


「このプロジェクトは、私たちが人類の理解を一新する大きな一歩となるでしょう。そして、これらの挑戦を乗り越えれば、死という概念自体を再定義することも可能になるかもしれません」


 二人は、それぞれの専門知識と情熱を結集させ、魂と肉体を分離する機械の開発に向けて、新たな発見への道を切り開いていくことを固く誓い合った。この難題に挑むことで、人類の未来に新たな光をもたらすことを目指していた。



 長年の試行錯誤、挫折と再起、そして無数の夜を徹して過ごした研究の末、ついに私たちはそれを成し遂げた。魂と肉体を分離する機械の完成だ。この機械は、私たちの存在の本質を理解し、ナオミとの再会への道を切り開く鍵となる。この瞬間の喜びは、言葉では表現できない。


 この偉大な機械、私はそれを「魂の回廊」と名付けた。外観は単純ながら、内部には複雑な機能が組み込まれている。主要な構成要素は、量子コンピューター、エネルギー場を操るコイル、そして意識の周波数を同調させるためのインターフェイスだ。この機械は、人間の意識が持つ特定のエネルギー周波数を感知し、それを物理的な肉体から解き放つことができる。つまり、魂を肉体から安全に分離し、その後再び肉体に戻すことが可能なのだ。


「魂の回廊」の開発は、ナオミが亡くなってから始めた魂の研究が基礎となっている。私は、魂と肉体の関係を理解するために、伝統的な信仰や超自然現象に関する文献を広く読み、近代科学の知見と組み合わせてきた。この機械の最も重要な部分は、魂のエネルギー周波数を正確に捉えるセンサーと、それを肉体から分離させるためのエネルギー場を生成するシステムだ。


 初めて機械を起動した時、私の心は期待と不安でいっぱいだった。しかし、機械が正常に作動し、私の意識が肉体から離れていく感覚を体験した瞬間、私の中の全ての疑念が消えた。それは、説明できないほどの解放感と、無限の可能性を感じる瞬間だった。私は、この機械が人類の理解を大きく変えることを確信している。


 成功の喜びは大きいが、私の目的はまだ達成されていない。姉、ナオミとの再会だ。この機械を使い、彼女の魂を見つけ出し、再び話すことができる日を夢見ている。私は知っている。この機械が、私たちが再会するための道を開くことを。



 私の魂が肉体から解き放たれた瞬間、新たな次元の扉が開いた。この世界は、我々が知る物質的な世界とは全く異なる。色彩も、音も、感覚も、全てが新しく、未知のものだった。しかし、この全てが私を驚愕させる中、私の心は一点に集中していた。それは、ナオミの魂を見つけ出すことだ。


 私の魂は、まるで光の粒子のように、空間を自在に移動できる。思考するだけで、瞬時に様々な場所へと移動することが可能だ。しかし、ナオミの魂を見つける手がかりはどこにもない。そこで、私は彼女と共有していた記憶と感情のエネルギーを手掛かりに、彼女を探し始めた。


 この探求は、時間の概念が失われた世界で行われる。私は過去の記憶に触れ、幸せだった瞬間、悲しんだ時、共に笑った時間を辿る。それらの感情がエネルギーとなり、ナオミの魂へと私を導いてくれると信じていた。


 旅を続ける中で、私は様々な魂と出会う。彼らは皆、何かを求め、何かから逃れ、また何かを見つけようとしている。私は彼らと交流し、彼らの物語を聞き、時には助けを求められることもあった。しかし、私の使命は変わらない。ナオミを見つけ出すこと。それだけが、私を動かしている。


 ある時、私は強烈な感情の波を感じ取った。それは懐かしさと愛情が混ざり合った、とても強いエネルギーだった。私はその感覚に引き寄せられるように進み、やがて一つの魂と対面した。その瞬間、私は知った。これがナオミだと。


 ナオミの魂は、私を見つめ、微笑んだ。彼女のその笑顔は、かつての日々を鮮やかに思い出させるものだった。私たちは言葉を交わさなくても、互いの思いを感じ取ることができた。喜び、悲しみ、愛情、そして再会の感動。私たちは互いを抱きしめ、時間の流れを忘れていた。



 ナオミの魂と対面した瞬間、時間が一瞬止まったような錯覚に陥った。時間が存在しないにもかかわらず、だ。ただ彼女の存在が目の前にあることが、信じられないほどの喜びをもたらしてくれた。


「お姉ちゃん! 本当にお姉ちゃんを見つけられて良かった……。こんなにも長い間、あたしは……」


 この世界では私の声はないに等しいが、心からの感情がナオミに直接伝わる。


 ナオミの魂からは、柔らかな光が放たれていて、彼女の心が優しく私に応えてくるのが感じられた。


「アイラ、私もずっと会いたかったわ。ねえ、私たち、本当に再会できると信じていた?」


 彼女の言葉は、言葉以上のものを伝えてきた。


「もちろんよ。どんなに時間がかかろうと、どんなに遠く離れていようと、私はお姉ちゃんにまた会えるって信じてた」


 私の魂からは、強い決意と喜びが溢れていた。


 ナオミは微笑みながら言った。


「アイラ、あなたは私のために、こんなにも遠くまで来てくれたのね。私たちの絆は、本当に特別なんだわ」


 彼女の言葉には、深い感謝と愛情が込められていた。


「そうよ、私たちの絆は、どんな障害も超えられるのよ。ここで再会できたことが、その証明」


 私たちの魂は、互いに近づき、まるで一つになるかのような感覚があった。


 ナオミが話を続ける。


「アイラ、私たちが魂だけの存在としてここにいる間に、何をしたい?」


 彼女の問いに、未来への期待と冒険への渇望が込められていた。


 私は悪戯っぽく笑った。


「そうだ、お姉ちゃん、また秘密基地を作ろうよ!」


 ナオミが優しく微笑むのが、私には、判った。



「アイリストーン博士……?」


 キャサリンはもう長い時間「魂の回廊」から出てこないアイラを心配をして声をかけた。


 アイラは眠ったまま微笑んでいるように見えた。


 やがてその目から美しい涙がひとすじ流れたのです……とのちにキャサリンは述懐している。


(了)

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