人は死なない
自分だけは死なないと誰もが信じていて、だから世間は騒がしい。
「死」はただの言葉でしかなく、人はみな死ぬという事実をかえって隠してしまう。自分の死を表す言葉を持たない私たちは、他人の死を自分の死を取り違えて、死について考えたつもりになっている。
自殺を仄めかすのは処世術だ。最後の瞬間には例外なしに誰もが後悔する。だから自殺者なんてひとりもいない。それは自殺ではなく、事故死だったのだ。
死について知りたくて、たくさん人を殺したよ。罪ある人も、罪ない人も、みんな裸にして整列させて、ひとりずつ順番に殺していった。人体のことならもうなんでもわかる。皮膚の下を神経がどんな風に走っているのか、関節はどこまで曲がるのか、ノコギリの刃をどこに当てれば力が無くても切れるのか。死体はどれも人形のようで、生きていたころの面影はどこにもない。この人形たちはみな、自分だけは死なないと信じていたんだ。ぽかんと開いた口を眺めていると、なんだか笑えてくる。
動物たちも虫たちも、自分たちが生きていることを知らずに生きている。だから死を恐れることもない。人間は生と死にまつわる陳腐な物語を拵えては、互いの感情をかき立てようとする。不感症の人が催眠術で治療するみたいに。「一度きりの人生」という言葉にどんな意味があるのか、知って使っている人は誰もいない。
死について無知な私たちは、忘却と死を混同し、死についてわかったつもりになっている。死者と記憶の中で対話を続けて、忘れないうちはこの人は生きているのだと信じている。いつしか記憶は擦り切れて、うまく思い出せなくなる。半透明の存在。それを人は幽霊と呼ぶ。
ああ、死にたいなあ。死んでしまいたいなあ。同じことのくりかえしで飽きちゃったよ。やりたいことは全部やったし、やりたくないことも全部やった。あと楽しみなのは死ぬことだけかな。
人は死なない。死んだ時にはもう人ではなく、ただのモノだから。人は死ぬこともないし、生まれることもない。私たちは生きることしかできない。生きることに飽きながら、死を夢見る。
小説健康法 残機弐号 @odmy
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