代理人
やりたいことなんて何もない。ただ、あの人がしたかったことや、しそうなことをなぞっているだけ。私はあの人の代理人だ。それ以上でもそれ以下でもない。
あの人は饒舌だった。散々しゃべり散らした後、本当はしゃべりたくないのだとよく弁解していた。そうしたいからそうするのではなく、そうするべきだからそうしているだけ。沈黙は誰も好まないから。あの人もまた、別の誰かの代理人だったのだろうか。
運命を呪う癖だけはなかなか直らない。あの人は決して運命を呪ったりしなかった。目の前に出されたものを何でも受け入れ、自分の死さえも他人事のようにそっけなく扱い、それでいて自分が死ぬということの意味を最後まで考えつづけていた。あの人の哲学に運命という言葉はない。ただ、明るい諦めがあった。あの明るさはどうしても真似できない。
私は孤独を愛して生きてきた。しかしひとりでいるときに、死んだ人のことをふと思い出すことがある。心の中で彼らと対話する。私の生き方に彼らの多くは賛同しない。私は彼らの意見を無視したり、無視できなかったりする。そんな時間が案外嫌でない。それが私なりの他者とのつながり方なのだろうか。
目を閉じると心臓の音が聞こえる。聴いていると、別の音も聞こえてくる。私のでない、別の誰かの心臓の音。死んだら死にきりとはいうが、これが止まったら、本当にすべてが終わるとどうして言えるのか。この心臓は私のものではない。私の意思と関係なく動き、私を導いてくれる。この鼓動に私はあの人の声を聞き取ろうとする。代理人はただ生かされているだけ。意味はない。無意味を生きる。
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