#4.生意気な後輩は星を観る

「じゃあ今日は遅くなるから、よろしく」

「はいよ。あ、でも寄り道しないで帰って来なよ」

「ほーい」


 いつもと変わらない朝。だが、今日はいつもより学校へ向かう足取りは軽やかになっているのを感じる。

 観測会を開く日は、ガラにもなくウキウキとしてしまう。それは、一年の頃からで今でも続いている。夜の学校で星を観るのは、少し特別な時間を過ごしている気になれる。


 ただ、少し前までとは違い朝比奈が加わる。そして出てくる一つの問題が、おそらくセットで多くの人がついてくる可能性があると言う事だ。


 今まで人が来ても、舜や星見先輩の友達が一人か二人来る程度で多くても五人だった。しかし、朝比奈が天文学部に入部したことにより多くの生徒が参加するのは目に見えている。そこで発生する問題が、スペースの問題も学校側の許可の問題だ。


 天文学部の三人は部活動として遅くまで残るが、その他は関係ないその他の人だ。舜や星見先輩の友達は俺たちが事前に日程を知らせて、それぞれの親に遅くなる事を伝えた上で来てもらっている。

 幸か不幸か、観測会前日に入部した朝比奈の周りの人物は当日まで観測会が開かれる事は知らない訳で突然参加すると言い始めるかもしれない。そして、帰りが遅い事を心配した誰かの親が学校に連絡して巡り巡ってなぜか天文学部に苦情が来る。


 考えすぎだと思うだろう。しかし、実際に星見先輩絡みでこう言った事が起こったのだ。そこはどうしても心配してしまう。


「それに、人少ない方が落ち着いて星見れるからな」

「何一人でブツブツ言ってるんですか?」

「うわっ! 朝比奈か、ビビらせんなよ……」

「プププ、先輩強面なのにビビるとさらに怖くなりますね」

「本当にお前は……」


 なんと言うか、変わらないと言うか学ばないと言うか……いや、変わらないのはそこまで悪い事ではないか。


「そういや、朝比奈は今日の観測会は参加するのか?」

「はい、マネージャーさんに相談して今日はオフにしてもらってます!」

「マネージャーかぁ……」

「? どうしたんですか先輩」

「いや、なんでもない」


 マネージャーという単語を聞いた時、やはり朝比奈はアイドルなのだと再確認させられた。もちろん、アイドル活動をしているのは知っているし見ている。ただ、本人の口からそう言った話を聞くと、朝比奈が遠い存在のように感じた。

 いや、実際朝比奈は遠い存在になっているのかもしれない。


 俺がもし仮に、朝比奈の先輩じゃなかったら今こうして隣を歩く事もなかったのかもしれない。ただの強面な先輩というだけで、なんの関係も無かったのかもしれない。そう考えると、少しだけ寂しくなった。


 ****


 観測会があるとは言え、学校が終わってからの活動になるため学校生活にこれといった変化はない。唯一変化があるとすれば、いつも以上に念入りに天気予報のチェックをする程度だろう。


「先輩、予報見るの何回目ですか? 気にしすぎですよ」

「そうだそうだ、一時間でそう変わらないって」

「天気予報を気にしなくても、新たに気にするものが増えてるのは何故だ……」


 昼時なのにも関わらず、なぜか俺のクラスに遊びに来ている朝比奈となぜか打ち解けている舜を見て頭を抱える。なんのために転校初日に別の場所で話したのかわかってないだろこれ。


「後輩ちゃんに綺麗な星空を見せてあげたい気持ちは分かるぜ。でも、早とちりはよくないぜ」

「先輩、私のために……キャッ」

「おい何故そこで顔を赤る、周りの殺気が一段階増したぞ? 俺を殺す気か?」


 この子自分がアイドルってこと忘れてない? 忘れてないと説明つかないほど爆弾発言してることに気付いてくれよ。いやまぁ、学校だしアイドルとしての朝比奈から解き放たれるのは良いけど解き放たれ過ぎでは?


 そしてサラッと舜と仲良くなってんのはどう言うことなんだ? 両方コミュ力がバケモンだから打ち解けるのが早いのは分かる。ただ、どこでそんなに話す場面があったのかは謎だ。


「そういや今回は部員じゃない人も呼ぶのか?」

「いや、募集したら朝比奈目当ての奴らが来そうで辞めた。次呼ぶとしたらしばらく先になると思う」

「暗い学校、星空の下で私と先輩が二人っきり……ぐへへ」

「おい、アイドルがして良い笑いじゃなかったよな? それと二人だけじゃないからな? 星見先輩を忘れないであげて?」


 というか昨日めちゃくちゃ仲良さげに話してたじゃん。


「星見先輩は色々と応援してくれるので。先輩によって来る変な虫とは違いますよ」

「変な虫って、お前な……俺に好き好んで話しかけてくる女子なんてほとんどいないだろ」

「いえ、今はそうかもしれませんがいずれ周りも先輩の魅力に気づきます。その時になってからでは遅いんですよ!」


 なぜか話の途中で切れ始めた朝比奈は放っておいて、弁当を食べ進める。

 しかし、こうして昼休みになると俺の教室に来ているが朝比奈は友達がいるのだろうか。やはり、アイドルという立場ではそう簡単に友達が作れないのだろうか。今聞くとさすがに気まずくなりそうだし聞くのはやめておこう。


 ****


 生徒のほとんどが帰宅し、職員室にいる教職員もまばらになり始めるとすでに日は沈み少しずつ星が見えるようになってきていた。

 普段観測会は校庭のど真ん中で行うのだが、星見先輩が急に「今回は屋上でやるから忘れないように」なんて言い出した。そして俺は高校生になって初めて屋上に上った。普段は解放されていない分、若干の背徳感を感じつつ望遠鏡の準備をしていた。


「それにしても、ずいぶんと急な変更ですね」

「まぁ、咲良ちゃんの初めての観測会だからね。思い出に残る様なものにしたいじゃないか」

「先輩……」

「ふっふっふ、尊敬しても良いんだよ? 春野くん」

「それ考えてるなら早めに伝えといて下さいよ。許可取るの二度手間じゃないですか」

「あれぇ!?」


 なんでこの人『ふっ、私の計画は完璧だろう!』みたいな顔してんの? 朝比奈が来るのを秘密にしたかったのは分かるけど、場所変えのをわざわざ秘密にしなくても『お、珍しいな』くらいで終わるよ。俺はそこまで深く考えてないんだし。


「ちょっと先輩、私の知らないところで女子と戯れないで下さい。嫉妬しますよ」

「これの何処か戯れてるんだよ……」

「そうだよ咲良ちゃん、戯れなんかじゃ表現できない。そう……これは互いの愛をぶつけ合っているのさ!」

「余計にややこしくさせてんじゃねぇよ!」


 なんなんだこの先輩は、朝比奈が昼休みに『応援してくれてるので!』とか言ってた割には朝比奈挑発しまくりじゃないですか。いや、まぁ別に星見先輩が嫌って訳じゃないんですけどね?


「……先輩?」

「あっ! 辞めろ! そのハイライトがない目でこっちを見るんじゃない! ほ、ほら。望遠鏡の準備終わったし星見ようぜ!」

「……そうですね」


 な、なんとか乗り切った。おい、そこの自称美女先輩笑ってるんじゃないよ。被害受けるの俺なんだよ。

 てか、朝比奈ってハイライト消せるんだ。いっつも犬みたいにはしゃいでんのに、やっぱアイドルって演技も上手いんだなぁ。


「今夜は晴れてるし、絶好の観測会日和だねぇ」

「そうっすね。朝比奈、今何見てんだ?」

「取り敢えず月見てます、すごくハッキリ見えますねこれ。なんか新鮮な感じです」

「ほら、二人ともお菓子を持ってきたから恵んでしんぜよう」

「それじゃあ観測会じゃなくてお茶会になるでしょうが……」

「いただきまーす!」

「朝比奈さん?」


 さっきまで楽しそうに望遠鏡を覗いてたのにお菓子を差し出された瞬間そっちに飛びつくの? 望遠鏡泣いてるぜ?


「私、こうして星空をゆっくり眺めるの初めてなんですけどとっても綺麗ですね」

「そうだろう? 普段何気なく空に浮かんでいる星も、改めて観ると美しいものさ」

「私、また観測会したいです!」

「そうかそうか、気に入ってくれてなによりさ」


 女子トークに華を咲かせている二人を横目に、俺も望遠鏡を覗く。


 無数の星が輝いて、まるで万華鏡の様に見えてくる。そしてその中にポツンと浮かぶ月は、ここ最近の観測会では一番綺麗に見えた気がした。もしかしたら、朝比奈と見ているからなのかもしれないな。


「先輩!」

「ん? どうした朝比奈」

「月が綺麗ですね!」

「……お前がそれを使うのはまだ早いぞ」


 いや、そんなことなかったわ。

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生意気な後輩がアイドルになった 猫又侍 @nekomatasamurae

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