【黒歴史放出祭】同人作家葬送曲
神崎あきら
同人活動最初で最大の黒歴史
折り返しに迫った人生に黒歴史は星の数ほどあれど、同人活動において恐れを知らぬ無知なる若者が刻んだ黒歴史について話そう。長き年月が経ってもあのときの愕然とした気持ちは新鮮に覚えている。
中学二年生、それは生涯に渡って強大な影響力を及ぼすオタク魂が生まれる年代だ。私は当時から生粋のオタクだった。好きなものに熱中し、心酔して片時も離れたくないというくらいに好きな漫画があった。
そんなとき、たまたま古本屋の棚に並んでいた「同人誌」なるものを発見し、そうしたファン活動の文化を知った。いまでこそ同人誌なる言葉はネット上に日常見られるものであったが、当時はネットなどなき閉ざされた世界だ。同人誌という言葉ですら、同好者にのみ許された秘密の合い言葉のようなイメージだった。
素人が好きな作品のパロディを描いて盛り上がる。どこか後ろめたい、知る人ぞ知る、そんな世界に魅了された。
同人活動に憧れて見よう見まねで友達同士でコピー本を作って楽しんでいるうちに、オフセット印刷なるもので本を作りたい、と思うようになった。
その頃、同人誌即売会が地元でも開催されていることを知り、アニメ情報誌を漁って参加の方法を調べた。何度も言うが、ネット無き時代だ。こうした情報収集も手探りなのだ。
即売会に参加すれば、同人誌がたくさん売れる!!!という謎の自信があった。それは若く、無邪気で愚かな自信だったことを思い知る。
当時大好きだった漫画のパロディ本を印刷所に発注し、オフセット印刷で同人誌を作ることにした。そのために貯めておいたお年玉やお小遣いをつぎ込んだ。
装丁は色上質という定番の紙に墨一色刷りというシンプルな作り。印刷にかけるということもあり、一生懸命気合いを入れて制作した。
そして印刷したのはなんと100部。50部では少なかろう、という大それた気持ちだった。今でこそ10部ほどから印刷は可能だが、当時は少部数オンデマンド印刷は主流ではなかったのだ。
100部はキリが良い。何ら疑問を抱くこと無く、100部を発注した。
ここまではイベント頒布が初めての、同人誌ド素人の甘い読みということで笑える話。若き日の無知な私は、初参加のイベント会場に100部をそのまま手持ち搬入という無謀なことをやらかした。売れて売れて困っちゃう、と思っていたのだ。
地方の個人開催のイベント、そしてなにせ中学生なもので絵も内容も稚拙、ひとのせいにすんなですが作品としての知名度はあるものの、同人界で人気爆発というわけではない漫画のパロディ本。そりゃ売れませんわ。
知り合いの社会人に無理矢理頼み込んで買ってもらった一冊、それがその日の唯一の売上げだった。
大きな紙袋に99冊を詰めて帰るときの虚しさといったら。自転車の前カゴに入れて途中で交通事故に遭って同人誌をぶちまけませんように、と祈りながら帰宅した。同人誌即売会初参加の忘れられない黒歴史だ。
ちなみにジャンルにもよるが、コミケの人気ジャンルならいざ知らず、たいていのサークルは一イベントで一種類10冊も売れたら今日はよく売れたね!という感覚なのではないか。
結局、その本は合計で五冊売れたかどうか。残りの95冊は廃品回収に運ばれていった。同人誌って、出せば飛ぶように売れるものじゃない。
それを痛感した体験だった。今は情報が簡単に入手できるし、少部数発行も簡単にできる。こんな愚かな失敗をすることはないだろう。
そんな痛すぎるスタートだったが、くじけることなく今も創作活動は続けているし、なんだかんんだとこれまでに出した同人誌は五十種類以上はある。よく売れたものもあるし、見込み違いで半数以上廃品回収にまわったものもある。
発行部数を考えるとき、ふと思い出す黒歴史だ。
だが、最近は電子書籍中心になってしまったので、そうした心配はない。少し寂しい気持ちがある。
【黒歴史放出祭】同人作家葬送曲 神崎あきら @akatuki_kz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます