温まる

神原ゆう

温まる

優侑ゆう~?」


扉の向こうから、僕を呼ぶ柔らかな声が聞こえる。


高い位置にあるドアノブを握って戸を開けた先には、僕よりも少し大きい女の子がこたつに入っている。

「こっち来て」

くいっと手招きをして、僕を誘う。


僕は、小学校に入ったばかりの小さな体を動かして彼女の元に歩いて行く。


舞雪まゆきお姉ちゃん、どうしたの?」

「寒いから、あっためて」

少し眠そうな表情で僕の手を取ると、そのまま膝の上にのせる。


「う~ん。まだ寒いな……」

こたつに入って、さらには僕をぬいぐるみのように抱いているのにこう言うのだから、彼女は相当な寒がりみたいだ。


でも、これ以上打つ手がない。どうしたものか。


「……えいっ」「わっ!」

ダボっとしたシャツが視界を覆い、驚いて声が漏れる。その刹那せつな、彼女の服の首元から自分の顔があらわになる。


「これでいい」


満足気な声が耳元に響いたと思えば、その声の主が腕を服ごと抱き着いて来る。


睡魔を呼ぶような安心感に包まれて、意識が緩んでいく。



―――リリリ……


……?


夢か。


懐かしい夢だったな。暫く姿を見られていない女性の姿を思い起こしながら先程の夢を反芻する。


夢の中の頃から約十年経った今、僕はもう高校生活を終えようとしていて、舞雪さんは大学生。かつては近所に住んでいた彼女も遠い地に行ってしまった。


「学校行くかぁ」

伸びを一つしてベッドから起き上がる。いつものように学校に行く。少しかすんだ日常を過ごしていると、何ら変わりのなかったはずの幼い日々が、より鮮やかに感じてしまう。


色の薄い学校での一日が、もう終わろうとしている事にも更に淋しさを覚えながら、家に帰る。


―――ガチャ


「お?帰ってきた?」



!!


ドアの向こう側が、一気に彩られる。


ぱっと明るく光る方へ歩くと、幾度となく恋焦がれた声が近づいていく。


「久しぶり。前会ったのが去年の夏休みだから、半年ぶりぐらいかな」


今朝の夢の面影を残しつつ、より大人に、美しくなった舞雪さんが、穏やかに微笑んでくれる。


「真雪さん…! 何でここに?」


今度は眩しい笑顔を作って、

「それは優侑が私と同じ大学に合格したからに決まってるでしょ。推薦で受かるとは、流石私の優侑だね」

満足そうに腕を組んで言う。


「そして、今回は私が直々にお礼をしに来たんだよ?精一杯喜びたまへ」


何だか今日はキャラが浮ついているな。いつもはもう少し落ち着いているというか、お姉さん感と言うべき余裕がある。


それほどに僕の合格を喜んでくれていると嬉しいのだが、どちらかと言うと……

「なんか、緊張してる?」


「え?……あぁ~。そうか。優侑にはバレバレかぁ」


そうつぶやくと、深呼吸を一つして、僕の目を見つめる。



「大学に入ったらさ、私と一緒に住まない?」



目の前で花火が咲いたような、輝く衝撃に息が止まりそうになる。


「いや、あのさ? 優侑のお母さんが、一人暮らしは心配だなって言ってたし、二人で住めば、生活費も抑えられるし……それに、とにかく良い所あるからさ」


たとえどんなに良い所を付け加えたとて、付け加えられたのが悪い事だったとしても、最初の一言を聞いたその時から、答えは決まっている。



「うん。これからよろしくね。舞雪さん」


彼女の眩しさに負けないくらい、とびきりの笑顔で僕は応えた。





~ few month later ~


「おじゃまします……」

「ん?違うでしょ?」


「ただいま」

「おかえり」


これからは、この言葉もたくさん言って、沢山聞くことになるんだな。

お互いに慣れていかないと。


引っ越し作業が一通り終わって、二人分の家具が並んだ部屋で僕達は今日から一緒に過ごし始める。


「春だけど暖房が無いとちょっと寒いね。私着替えて来る」


歩いて行く彼女の背を眺めながら、今一度この空間の彩りを実感する。


「うい、お待たせ」

いかにも部屋着らしい、オーバーサイズの服を着て戻って来た。襟元が開き過ぎていて目のやり場に困る。


「なんでずっとそこで立ってんの?ほら、こっちおいで」

どさっとソファに座り込み、ポンポンと隣に催促する。


妙に足取りがおぼつかないが、僕もソファに腰を下ろす。

それを見てふふっと笑みをこぼして舞雪さんが言う。

「遠くない? 小さい頃は“舞雪お姉ちゃーん”って言いながら私の胸に飛び込んできてたのに。悲しいなぁ~」


「もうそんな事しないよ……。子供じゃないんだし」

もっと大きな理由を隠しながら僕は答える。


「ふふっ。まあ、それは良いとして、もう少しこっちに来て?」


その言葉にさえ心臓が跳ねる。ゆっくりと体を寄せながら、うるさく脈打つ心臓を鎮めようと、他愛のない話題を口にする。


「その服、結構薄着というか、ゆったりしてるけど、大丈夫?寒くない?」


「うん、大丈夫。だって……」



「えいっ!」―――「わっ!」


いつかと同じ様で、まったく違う感覚。二人が一つの衣に包まれる中で、背中に彼女の暖かさが伝わる。




「つかまえた。もう離さないよ」

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温まる 神原ゆう @you-see-3

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