最終電車
@tsutanai_kouta
第1話
今泉は最終電車のシートの上で糸の切れた操り人形のようにくったりと
どれ位の間、眠っていたのだろうか?
今泉は目を閉じ、体は変わらず脱力していたが、意識はゆっくりと覚醒しつつあった。耳には電車が
≪ガラッ≫
誰かが車両を移動してきた。今泉は目を閉じたまま、電車の走行音に混じって扉を開閉する音を少し遠くに聞いた。
≪ズズッ・・・≫
何かを引きずる音?
今泉は自分と同じ「酔っ払い」の姿を頭に思い描いた。だが、何を引きずる音なのだろうか?
≪ズッ・・・ズズッ・・・≫
何だか水気の多いものを引きずってるような音だ。そして同時に汚れた雑巾のような臭いも近付いて来る。
今泉は小さく溜息をつきながら「浮浪者」の姿を想像した。もしかしたら自分のような
≪ズルッ・・・≫
雑巾の臭いが、今泉の席の前で止まった。ますます緊張する今泉。
≪クッチャ、クッチャ≫
相手が今泉の方を見ているようだ。何かを噛んでいる。水を含んだダンボールを噛むと、こういう音を立てるのではないだろうか・・・。
≪・・・・・・≫
相手が顔を近づけてきた。臭いが更にきつくなる。まるで動物園の檻の前にでも居るような獣臭が鼻をつく。
酔っている今泉には取り分けきつい。
胸がムカムカしてきた。
≪カ・ゴ・メ・・・≫
何かを口の中で呟いている。カゴメ? 篭目? 今泉の心臓がバクバクと高鳴り始めた。目は閉じたまま、スーツの胸ポケットに入れてある財布に神経を集中させる。
≪カゴメ・カゴメ・・・カゴ・ノ・ナカ・ノ・トリ・ハ・・・≫
相手は童歌の『かごめかごめ』を唄っているのか? 今泉の心臓はその
そして今泉の緊張は一挙に臨界点に達し、猛然と顔を上げた。今泉は目の前の「相手」を視界に入れた途端、目と口を大きく開き、全身を硬直させた。次の瞬間、電車はトンネルに突入し、彼の口から発せられた悲鳴は電車の轟音に、そして彼が見た「相手」の姿は暗闇で塗り潰さた・・・。
『え、次は野辺山ァ、終点・野辺山です。お忘れ物無い様にお降り下さい』
車内アナウンスが流れる中、今泉は電車のシートの上で糸の切れた操り人形のようにくったりと
やがて駅員がやって来て、今泉の肩を揺すりながら「お客さん、終点ですよ!」と声を掛けた。今泉の体は、ゆっくりと傾き、シートの上に横になった。彼の顔やスーツから出ている手は蝋のように白い。駅員は彼の脈を計り、既に事切れているのを確認する。そして苦々しい口調で、呟いた。
「毎年、この時期には何人か連れて行かれるンだよな・・・」
-了-
最終電車 @tsutanai_kouta
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