エピローグ
テティはしばらくして目を覚ました。テティを大神殿に連れて行く際、気分が悪くなる前に薬で眠らせていたそうだ。どうりでちょっと揺らしてみたところで、起きないはずだ。
目を覚ましたテティは、愛らしい笑顔でイサナに抱きついてきた。
「イサナ、やっぱり探しに来てくれたんだね。嬉しい」
どうやらテティは、自分が迷子になったと思っているようだった。そして、ジントに目が留まると、口をとがらせて文句を言った。
「ジント様、血が出てるよ。またケンカしたんでしょ」
「違う。これはイサナにやられたんだ」
「嘘よ。イサナがそんなことできるわけないもん。だって、ケンカはへなちょこなんだから」
「テティ……へなちょこは酷いよぉ」
「イサナ、落ち込むな。お前はへなちょこでいいんだ。だからこその護衛役だろ?」
「ジントはこれからも、護衛してくれるの? 多分、今日みたいに怪我させちゃうかもしれないよ。それでもいいの?」
「ずっと言ってるだろ。俺がお前を守るのは当然だって」
「そっか、そうだったね。ありがとう」
「任せとけ。誰にも傷つけさせたりしない。すべてからお前を守ってやるさ」
ジントがイサナの頬を軽く撫でる。
「テティを仲間外れにして、二人の世界を作っちゃダメ!」
テティがジントに食って掛かった。ジントはテティの攻撃をかわしながら、楽しそうに逃げていく。
その様子を眺めながら、イサナはある重大なことに気が付いた。引き上げようとしていたザークに声をかける。
「ザークさん、確認しておきたいことがあります。とても重要なことなんです」
深刻そうに切り出したイサナを見て、ザークも真剣な表情をして立ち止まった。
「重要なこと?」
「はい。場合によっては、僕はあなたを許さない」
「……覚悟して聞くよ」
「崖上のバルコニーにいたのは、本物のテティですか? それともあの時点でもう人形か何かだったんですか?」
「そうか、実際に命を危険に晒したかどうかってことだね。申し訳ない。バルコニーにいたのはテティ本人だよ。君のテティへの慈しみは本物だ。だから、あの時点で人形や似た少女を代わりに使うと、君に偽物だと気付かれる可能性があったからね。崖の途中でハンモックを張っていたんだが、危険なことには変わりない。君に許してもらえなくても、仕方ないと思っている」
ザークは神妙な面持ちで頭を下げた。しかし、イサナの反応は、怒りではなかった。
「良かった……たぶん本物だとは思ってましたけど、あの距離だし、確信は出来なかったんです」
イサナは安堵のため息をついた。
「えっ、良かったの? どうして?」
ザークは意味が分からないと、目を白黒させている。
「だって、苺柄のパンツが見えたから。あれがテティじゃないとしたら、偽物にパンツまでそっくりなものをはかせたということでしょ。つまり、苺柄をはかせるためには、テティのパンツを事前に確認しなくてはいけない。しかし、テティのパンツを覗くなど言語道断の所業です! もしバルコニーにいたのが偽物だったら、僕はあなた方を一生恨み続けるところでした。でも、違ったので一安心です。では、テティを屋敷まで送らなくてはいけないので、失礼します」
イサナはすっきりとした表情で去っていく。
「そこ、そんなに重要……なのか?」
残されたザークから、力の抜けた言葉が零れたのだった。
***
かくしてイサナは王になった。
後の歴史書には、たぐいまれなる力で女神との対話を実現し、王家の呪いを解いたと印されている。
彼は最期の王になったのだ。
今では国を導くのは王家の血筋ではなく、民に選ばれた人という時代になった。そんな未来の人々に、イサナは『慈雨の王』と呼ばれることになる。
(了)
慈雨の王 青によし @inaho
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