第11話
現れたのは、悠然と微笑を浮かべるアラン国王だった。そして、国王の背中から、ふわふわとした柔らかい髪が見え隠れ――――
「テティ!」
イサナは叫んで駆け寄った。アラン国王の背中におんぶされたテティは、可愛らしい寝息を立てていた。生きていることを確認したとたん、イサナは腰が抜けて座り込む。その膝の上に、国王はテティをゆっくりと下ろした。
イサナは腕の中にいるテティを、優しく抱きしめる。テティの体温、テティの香り、テティの髪の感触、すべてが奇跡に思えた。
「良かった。生きてた……」
イサナはテティの頭を、手の震えがおさまるまで何度も何度も撫でていた。
「おい、イサナ、いつまで妹に見とれているんだ。感動の対面なのは分かるが、いい加減現実に戻って来い。国王とか待ちくたびれて、あっちで座ってるぞ」
ジントに言われて、周りを見渡す。すると、国王もザークも神殿の倒れた柱に腰掛けて、何やら茶でも飲んでいるようだった。
「ジントは、テティが生きてて嬉しくないの? この薄情者」
「嬉しいさ。俺にとっても、妹みたいなもんだし。だがな、ものには限度があるだろう。どんだけ時間経ったと思ってるんだよ。もう日が暮れるぞ」
「……確かに、ちょっと暗くなってきた」
イサナは仕方なく、テティをおんぶして国王とザークの元へ移動した。
「どこから絡んでいるんですか? アラン国王」
イサナは国王に問いかける。
「あれ、そういう反応? 私が来たことに驚いてないのだね」
「まあそうですね。むしろザークさんが出てきたとき、びっくりしました。予想が外れたと思って」
「なるほど。じゃあ、逆に問おう。どこからだと思う?」
「……ジャルヌと僕の誘拐事件の、真の黒幕がザークさんだと分かり、偽の情報を僕らに流したところですか?」
「ブラボー。素晴らしい。その通りだよ。ザークが国を想うあまり、暴挙に出てしまったのは驚いたがね。でも彼はすでに後悔と反省をしていたから、償いとして、お前を国王にするため働いてもらうことにしたんだ。しかし、イサナもやれば出来るじゃないか。それだけ頭の回転が速いのなら、もう城での生活も大丈夫さ」
「僕は、まだ国王になるとは言っていません。でも……ちゃんと話は聞こうと決めました」
イサナはまっすぐに国王を見た。すると、国王の微笑が取れ、初めて真剣な表情に変わった。
「フィルドレンテ公国はね、歴代の王が、自分の痛みと悲しみを引き換えにして守ってきた国なんだ。雨乞いの原理はザークから聞いたかい? 王家の血筋の中に、雷雲を引き寄せる能力、まぁ呪いなんだけれどね、これを濃く受け継ぐものが現れる。その能力者が負の感情を高ぶらせることによって、雷雲を引き寄せ、雨が降って土地が潤い、そしてまた一族の権威も増す。その循環でこの国は成り立ってきたんだ。だが、二百年の周期で訪れる大干ばつともなると、相当な負の感情が必要になる。その負の感情を引き出すために、能力者を痛めつけたり、家族を殺したり……残虐なことが行われてきたんだ。言葉通り、本当に血反吐を吐いて守ってきたんだよ」
国王の話に、思わずイサナは息を呑んだ。
「だから、テティを誘拐して、殺そうとしたっていうんですか」
「今回は、本気で殺すつもりはなかったさ。ただ、逃げ回るお前に、上辺だけじゃなく、心底理解してもらうには、こうするしかないと思った。私は、この国の王だ。この国を守らなくてはならないし、守ると約束もしている。彼女との約束は……破るわけにはいかないんだ」
国王は、寂しそうに笑った。考えていることが読めない、いつもの笑顔ではない。傷ついた心が透けて見える、血の通った寂しい笑みだった。
イサナは、迷っていた。国王になるということは、今までの勝手気ままな生活が出来なくなるということ。この国の人々に対し、王として責任を持たなくてはならないということ。雨乞いをするたびに、この負の感情と向き合わなくてはならないということ。
何一つ、イサナにとって良いことなどない。でも、以前のように、逃げていても仕方がないのも分かっているのだ。それに、国王達は諦めないどころか、イサナがやるというまで、何をしてくるか分かったもんじゃない。今回はテティも無事だったが、次も無事とは限らないのだ。
「ちょっといいか」
黙って話を聞いていたジントが、手をあげた。
「何でイサナが一人で背負わなきゃならないんだ? 雨乞いの儀式だって、力がある奴を集めてくれば、負担が減るだろ」
ジントの問いに、国王は顔を曇らせる。
「それは……良い案ともいえるし、悪い案ともいえる。この力はね、血の呪いによって負の感情を増幅させると言っただろう。つまり、負の感情を集め取って巨大化させているんだ。だから、同じ場で複数の人間が力を使うと、より強い力を持った人間が、他の人間の負の感情を請け負うことになってしまう。結果的に、強大な力で雷雲を呼べるが、憑代になった人間の消耗はかなり激しいだろう。だが、大干ばつがやってきて、イサナ一人の力では駄目だった場合は、やらざるを得ないだろうね」
なるべくやりたくはないが、と国王は続けた。
聞けば聞くほど、逃げ出したい話だとイサナは思った。
「雨乞いの儀式だけでも大変なのに、普段の国王の仕事とか、出来るとは思えないです。やっぱり、雨乞いの儀式を行う人と、国王として政治をする人、分担したらどうですか? 今は二百年に一回の非常事態なわけなんだから、いいじゃないですか」
イサナは、国王の顔色を窺うように提案する。
「……お前は、往生際が悪いね。そんな国が乱れること、許されるはずがないだろう。国王にとって、儀式は重要な部分を占める。そこを分けるということは、国の指導者が二人いることと同じだ。権力争いばかりしている奴らに、格好の餌を与えることになる。どちらについたら得なのか、奴らは考え出すだろう。無駄な争いごとをなくし、国を平和に保つためには、上に頂く王は一人でいい」
国王はそこまで言うと、一呼吸置いた。そして、気まずそうに再び話し始める。
「それに……これは信じてもらえないかもしれないが、王になると、女神であるサージャと対話が出来るようになるんだ。この国の王位に着く儀式は、要するに女神との契約。皆を代表して、自分があなたを祀りますという契約だ。だから、彼女も王の前には姿を現す。私も王に着いてから、彼女の姿を見られるようになった。もちろん、彼女は気まぐれだし、それに私の力はあまり強くないから、常に対話が出来るというわけではないけれどね。今は、いたくイサナが気になっているようで、お前のまわりをうろうろしているよ。恐らく、こんな言い方は失礼だが、大干ばつとはつまり、二百年に一度の周期で、サージャがヒステリーの発作を起こしているようなものだと私は考えている。だから彼女の機嫌を上手く取れれば、もしかして大干ばつも未然に防げるかもしれない。もう分かるだろ? 国王は力を持ったものでなければならないんだ」
国王は驚きの理由で、バッサリとイサナの提案を却下した。では、脳裏に聞こえてきたあの不思議な声は、サージャだったのだろうか。だとしたら、あんな負の感情に引きずり込もうとする女神の機嫌をとるなど、ものすごく疲れそうだ。
もう、悪あがきのネタも尽きてきた。それでもなお、イサナは踏ん切りをつけることが出来ない。怖いのだ。自分にそんな大役が務まるのだろうかと。そして、違う意味でも怖いのだ。力を暴走させて、人々を傷つけてしまうのではないか。自分は、心の底でこの国の人々を憎んでいるのだから。確かに、心優しい人も大勢いる。それもちゃんと分かっている。でも、過去の憎しみは、そう簡単になくなりはしない。
イサナの葛藤を見抜いたのか、国王が重々しい口調で話しだした。
「イサナ。どうしても引き受けたくないと言うなら、仕方がない。お前の次に力を持っている人物に、やってもらうしかないな。ただ、彼女にやらせるのは実に忍びない」
彼女という部分に、とても嫌な予感がした。
「……誰なんですか?」
「テティだ――」
「僕やります!」
国王の言葉を聞き終わらないうちに、イサナは叫んでいた。
「こんなのテティにやらせるなんて、もってのほかです。僕がやります。いや、僕がやらせていただきます」
そうして、イサナは次の国王になることを承諾したのだった。
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