エイプリルフールの嘘は命取り

よし ひろし

エイプリルフールの嘘は命取り

 四月一日の朝、


『ごめん 別れてくれ 他に好きな人ができた』


 というメッセージを彼女に送った。

 もちろん、エイプリルフールのちょっとした嘘だ。


 男女の仲になったのは最近だが、付き合いの長い彼女ならすぐに嘘だと見抜くだろう――そう思ったのだが、


『ちょっと待ってて すぐ行く』


 予想外の返信。


 幼馴染でもある彼女の家はすぐ隣。家族ぐるみの付き合いなので、我が家同然に訪れて、五分もしないでオレの部屋の扉が開いた。


「どういうこと?」

 目が座ってる。


「待て、それは――」


「ヤリ逃げ? あたしの躰、さんざん弄んで、もう飽きた?」

 ドスの利いた声で凄いことを言う。家族に聞かれたら厄介なことになりそうだ。


「待てって。嘘だよ、嘘。ほら、今日は四月一日だから」

「嘘? 誤魔化さないで」

「いや、本当だって」

「やっぱり、本当なのね」

「違う、嘘だよ」

 ああ、もう何が何だか分からなくなってきた。


「――もういい。許さない」

 一段と低い声で言いながら、彼女が腰の後ろからナイフを取り出した。銀色の長い刃をしたサバイバルナイフ。


「な、なんだそれ。――落ち着け、な、嘘だから、エイプリルフール!」

 両手を前に出しながらジワリと後ずさる。


「心配しないで、あなたを殺したら、すぐにあたしも逝くから――」

 彼女が腰だめにナイフを構える。


「まて、落ち着け!」

 叫ぶように言うが、彼女は効く耳を持たない。


 そうだ、こいつは人の話を聞かない奴だった。すぐに自分の世界に入り込む――


 まずい、本気だ!


 冷汗が首筋に流れる。


「おい! 話を――」

 言い終わらないうちに彼女が突進してきた。体当たりするように体ごとぶつけてくる。


「あっ――!」


 やられた、バカな、こんなくだらない事で死ぬなんて――

 嘘なんてつかなきゃよかった!


 そう、思った。が……


「あ、あれ?」

 痛くない…


「ふ、ふふふふ…、あはははは……」

 突然、笑い出す彼女。


 体を離し、手にしたナイフを持ち上げる。血などついてない。


「これ、おもちゃ。ほら、ゴム製なのよ」

 言いながら銀色の刃を指で曲げて見せる。


「あ……、はあぁ~、なんだぁ、そうか、よかったぁ…」

 安堵の息を大きく吐きだす。


「こっちもエイプリルフールよ」

 満面の笑みを浮かべる彼女。してやったりと満足げだ。


「まいったなぁ、そっちが一枚上手だったか」


「そうよ。あなたはあたしには勝てないの」


 本当にそうだな、と思いつつ、ふと疑問が頭に浮かぶ。

 あれ、でも待てよ、そのナイフ、わざわざ用意してあるって――どういうこと?

 思わず首をひねる。


「ん、なに、ああ、これ。これね、あなたが多分こんな嘘をつくだろうと思って用意しておいたのよ」


「えっ――」

 それって、こっちの考えが読まれてたってこと――?


 驚き彼女の顔を凝視する。


「言ったでしょ、あたしはずうっとあなたが好きだったのよ。あなたはあっち見たり、こっち見たりして、あたしの想いになかなか気づいてくれなかったけど。だからね、あなたのしそうなことなんて、すべてお見通しなの」

 当然とばかりにそう言い、更に、


「この嘘、本当にしたら、あたしの嘘も本当にするから、わかってるわよね?」

 彼女の顔から笑みが消える。


 え、あれ、それって――


 背筋に寒気が走る。刺されていないはずの心臓が痛い。


「……」

 あれ、本当に命、取られたんじゃない、オレ。

 鼓動がやけに早くなる。


 逃げられない、この女から――


 ごくり…

 生唾を呑み込み、


「大丈夫、もう嘘、つかないから……」

 小声でこう言うしかオレには出来なかった。


 そんなオレの様子を見て、彼女は満足げに微笑む。


 天使、いや悪魔の微笑み。


 ああ、もう二度とエイプリルフールの嘘はつかない――


 後悔先に立たず、そんなことわざが頭に浮かんでいた……


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エイプリルフールの嘘は命取り よし ひろし @dai_dai_kichi

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