第6話 姉よ、僕の彼女を紹介します

 ハチ公の像の前にいた。ロングヘアにして長身でもあり目立っている。僕の姉である。派手好きなことによるファッションも相まって、余計に目立つ。本人の希望どおりなのだから僕がなにか言うべきではないのだけれど、待ち合わせをしてこれから合流するとなると、勘弁してほしいと言いたくもなるというもの。特に彼女を紹介しようというときには。


「わたしは認めなーい! いますぐユウキと別れなさい。むしろもう別れました。さようなら」

「ちょっと、姉ちゃん。彼女を紹介した瞬間に、ひどいよ。しかも声が大きすぎる」

 周囲の注目を集めまくっているじゃないか。ハチ公まで僕たちを見下ろしている。キヨラちゃんはちいさくなっているし。そんな姿も好き。

 姉は僕の首に腕をまわして引っ張り寄せ、彼女に人差し指を突き付けている。はじめてできた彼女を姉に紹介しようとしただけなのに。姉の僕に対する心配性の度合いは並外れているんだ。これじゃ、強盗に人質に取られたみたいだ。姉が強盗で、僕を人質にしてキヨラちゃんにナイフを突きつけている図だ。僕の大事なキヨラちゃんをそんな風に威嚇しないでもらいたい。


「ユウキ、あなたはこの子にダマされているの。女は正直な男をダマして付き合おうとするものなんだから。純粋培養されたユウキをダマすなんて、ご飯に玉子を割り入れるより簡単なことなのよ」

「姉ちゃん割るのに力入れすぎてテーブルに白身をたらしたりするもんね」

「やだ、そんなところ見てたの? ユウキったら、わたしのこと見すぎなんだから」

 なぜか照れている。僕には姉のことがよくわからない。


「ということで、ユウキは失恋したのね。かわいそうに。お姉ちゃんがなぐさめてあげる」

 姉の胸に抱かれる。息が。

 苦しいよ。

 姉ちゃん、苦しいと胸の中で言っても声がこもってしまう。もうダメ。

「ぶはぁ。死ぬところだった」

 意識が遠のくのを感じたから、力ずくで顔を胸からはなした。

「死ぬほどお姉ちゃんのおっぱいをもみたかったのね。ガマンしなくていいのに」

 ぬぁあー、彼女の前で姉のおっぱいを鷲掴みするなんて、不幸だー。

 ちがうんだ、これは事故。

 あぁ、キヨラちゃんに見られた。僕の手がおっぱいにめり込んでいるところを凝視している。これは言い逃れできないぞ。

「姉ちゃんが頭を胸に押し付けるから苦しくてだな、頭を引き離そうとして手を突っ張ったら、こうなった。けっして、モミたかったわけではない」

 言い逃れできなくても、言い訳はする!


「あの子のまえだからって恥ずかしがることはないじゃない」

 姉の手が手首をつかんで離してくれない。僕の手は姉のおっぱいから逃れられない。キヨラちゃんのまえどころか、おもいっきり公衆の面前なんだが。ハチ公前だからな。

「昨日も姉ちゃんのおっぱいやわらかくて気持ちいいって言っていたものね」

 昨日ではない。子供のころだろ。姉ちゃんだってこんなに胸大きくなかったよ。顔に押し付けられても、気持ちよくて苦しくならなかったもん。ああ、キヨラちゃんが色を失ってる。灰になって飛んでいきそうだ。

 やっぱり彼女を姉に紹介するのは早すぎたんだ。修業を積んでもらってからにすればよかった。



 僕は姉からキヨラちゃんを守るため、家族会議、カッコ姉を除く、カッコ閉じるを招集した。姉対策会議、アネ対。今から1週間前のことである。

「じつは、彼女ができたんだ」

「そうか、よかったなぁ、生きてこの日を迎えられるとは、バァさんが見守ってくれたおかげかのぅ」

 じいちゃんが目の端を袖でぬぐう。

「おじい、感動している場合じゃないよ。涙でてないし」

 妹が現実にひきもどす。あやうく天国のばあさんに呼ばれて逝ってしまうところだ。

「歳を取ると涙も枯れてしまうんじゃなあ。心ではよろこびの涙を流しているんじゃけど」

「そんなことより、どうするの? お父さん」

 父は腕を組み、顔を天に向けたままかたまっている。沈思黙考。考えようにも考えが進まないのだろう。その気持ちはわかる。姉のこととなると、なにをどう考えてよいのかわからなくなるものなのだ。だが、固まっている時間が長すぎる。そのまま眠ろうとしている可能性もある。この場をやり過ごす気だな。父の責任を果たせ。


「覚悟を決めて正面突破するしかないんじゃない?」

 母である。この家では女性陣の男意気がすべてを解決する。だが正面突破とは?

「というと?」

「彼女さんを連れて行って、マリに紹介するのよ」

「姉ちゃんに、僕の彼女を紹介するだと?」

 僕は彼女を姉から隠し通して守ることしか考えていなかった。しあわせの国ブータンへの逃避行まであると思っていた。正面突破だって? 姉に彼女を紹介するというのは、たしかに正面からぶつかっているな。だが、正面からぶつかって、あの姉を突破できるものなのか?

「無理だろ」

 答えは出た。何年修業を積もうとも、可憐なキヨラちゃんが姉と対峙して数分と持ちこたえられないだろう。何年も修行したころには可憐なキヨラちゃんでもなくなっているかもしれない。いいところなしだ。

「ずうっとマリにおびえて暮らすつもり? 彼女の存在を隠しながら。それこそ無理ね。ユウキはマリのものにされてしまう。マリが動く前にこちらから攻めるしか、あなたに未来はない」

 母さん、息子に向かってなんて救いのないことを言うんだ。

「でも、姉ちゃんとやり合うには何年の修行が必要かわかったものじゃないよ。僕たちはじいさんばあさんになってしまう」

「相手はマリよ。あの子相手に修行なんて無駄だってわかりきっているでしょ、バカねえ。ホントにバカなんだから。学校の成績もパッとしなかったし、高校も大学も第二志望にどうにかひっかかってよかったねというくらいだったものね」

「バカはそのとおりだけれど、事実でエグッてこなくたっていいじゃないか」

 母さんはあの姉を生み育てただけはある。キズは深いぞ。でも涙をぬぐう。僕は男の子だからな。

「第一志望がダメだったのは、野望が大きかったからだろ。男は大志を抱くものなんだ」

「男でも女でも大志は抱くでしょうけれど、野望に向かって努力しなかったら、ただの無謀と言うのよねえ、うまいこと言ったものだわぁ」

 にっこり。じゃねえわ! 努力させてくれなかったのは母さんと姉だ。僕のジャマばかりして。やっぱり母さんは姉側の人間なんでは。まともに取りあってはいけない。

「今から突撃して気合で突破するのよ」

 無視だ。



 なあんてことをアネ対で思っていたのに、なんの対策もしないで母さんの言うとおり正面からぶつかり、姉にキヨラちゃんを紹介してしまったわけだが。結果、こうなるよなあという展開に、やっぱりなってしまった。僕のバカ。

「ともかく姉ちゃん、ここは目立ちすぎる。下手したら機動隊に囲まれるよ。場所を移そう」

「なあに? お姉ちゃんをどこに連れ込もうって言うの? 悪い子ね、ユウキったら」

「言っとくけど、キヨラちゃんも一緒だからね」

「なんで?」

 真顔になるな。この流れでなぜふたりきりになるって思うんだ。


 どうにか店にはいったんだが。僕は落ち着いた雰囲気の喫茶店を想像していたのだけれど、子供が通路を走り回るさわがしいファミレスにきてしまった。キヨラちゃんが希望したからなんだけれど。ファミレスきたことなくてあこがれだったのだとか。不憫なキヨラちゃん。いつでもファミレスに連れてきてあげるよ。でも、なんで今なんだ。

 ボックス席のこちら側に僕ひとり。向かいに姉とキヨラちゃんが並んでいる。なぜそうなる。ベンチシートの僕のとなりに姉がこようとしたから、姉を押し出しキヨラちゃんを引き寄せた。姉はキヨラちゃんを僕から引き離した。そんな駆け引きというより物理的な争いの結果である。

 キヨラちゃんはチーズ入りハンバーグのセットを注文してドリンクバーに軽い足取りで向かってゆく。後ろ姿もかわいい。僕の彼女。

「それで?」

「おわぁっ!」

 キヨラちゃんの後ろ姿に姉の顔がドアップでかぶった。通路に顔を出していた僕の目の前に、姉も顔を出してきたのだ。

「いたっ」

 ぶへっ。

 姉が声を上げたと思ったら、顔に衝撃を感じた。いや、あごに何かがぶつかったのだ。あごをさすりながら見ると、僕が顔を出した前で男の子が頭を押さえてうずくまっている。小学校にあがったかといった年齢だ。この子が姉の後ろから突撃してきて、姉の頭を薙ぎ払い、僕のあごに頭突きを食らわせたということらしい。あちこちでガキンチョがうろちょろと走り回っているから危険ではあったのだ。ついキヨラちゃんの後ろ姿に見とれて無防備になっていたぜ。姉のことは忘れた。

「ボク、だいじょうぶ?」

 僕の声に反応して顔をあげる男の子の頭に手を載せる人がいた。

 姉である。

 長身の姉がヒールの高い靴で立ち上がっていると、かがんで男の子の頭に手を載せただけで、握りつぶそうとしているんじゃないかと恐怖してしまう。

「あの、姉ちゃん?」

「お店のせまい通路を走りまわっていたら、ひとやものにぶつかって痛い思いをするってことを覚えないといけないね」

「姉ちゃん?」

 ボウリングの球をつかみあげるみたいになっているけれど、まさか男の子を投げつけたりしないよね。

 男の子が声を上げて痛がりだす。姉よ、ここはどうか常識的な行動を選択してくれ! あぁ、ダメだ、僕の姉だった!

「ダイチから手を放しなさい!」

 姉が振り返り背後が僕の視界に入る。小学校高学年、四年生かなといった年頃の女の子が腰に手を当てて通路に仁王立ちしていた。僕をデジャブが襲う。小さい頃の姉だ。僕の最初の記憶。

「あなたは?」

 姉の力が抜ける。男の子の声が止まった。

「ダイチのお姉ちゃんよ」

「お姉ちゃん」

 ダイチというのは男の子の名前なんだろう。姉はお姉ちゃんという単語に反応した。姉には特別な意味をもつ。心のふるさと、いつだって帰るべき場所、お姉ちゃん。

 頭をもったまま男の子をひょいとつかみあげ、女の子に押し付ける。姉にもちあげられた空中で男の子は手足を動かしたけれど、首がちぎれて頭と体がさよならするなんてことはなかった。ほっとひと安心。

「かわいい姉と弟ね。お似合いよ。弟から目を離してはダメ。いい? 悪い女から弟を守れるのはお姉ちゃんだけなの。しっかりしなさい」

 なにを言われているのか理解していないだろうけれど、女の子は姉の気迫に押されてつばを飲み込み、うなづいた。

 ダイチくんにトラウマを植え付けてしまったんではないかという心配と同時に、女の子に姉のよこしまな思想が流入したんではないかとおそろしくなってしまう。そうしたらダイチくんすまん、キミは僕と同じ運命のレールに乗ってしまったことになる。心の手を合わせて小さな姉と弟を見送った。

「あれ? ユウキ、なにかあった?」

 キヨラちゃんがグラスを手にしてもどってきた。

「ううん、なんでもないよ」

「そう? ならいいんだけど。悟りを開いたひとみたいな顔してるよ?」

 悟りを開いたひと見たことあるのかよ。おっと、キヨラちゃんの発言にツッコミをいれていたら際限がなくなってしまうからな。あぶないあぶない。

「すごいね、ファミレスって」

 すごいことなんてなにかあったっけ。

「自分でグラスに飲み物をいれるんだよ。お店屋さんになったみたい」

 うん、お店屋さんね。マクドナルドの店員とかの意味かな。キッザニアじゃないけどね。すんなりドリンクとってくるって行ったからわかっているのかと思ったけれど、背伸びして知ったかぶっただけだったのか。かわゆいやつめ。

「そうなの? すごいねー」

 嘘をつけ、白々しい。姉はファミレスなんて何回きたかわからないくらいだろうに。

「ユウキの反応がわるいー。もっと生暖かい目でいやらしく眺めまわして」

「いやらしい目なんてしてない」

 けっしていやらしい目でなんて見てないよ、キヨラちゃん。僕の気持ちは純粋なんだ。

 僕の横を振り向きながら駆ける男の子がいた。

「あっ」

 あぶないという言葉は間に合わなかった。男の子はキヨラちゃんに正面から突撃した。

「うきゃっ」

 悲鳴も小動物的にかわいいキヨラちゃん。それどころではない。グラスからジュースが跳ねだし、キヨラちゃんの胸にかかり白くよごした。男の子はすこしの間動きを止めたけれど、また走って行ってしまった。相手が姉でなくて命拾いしたな。

 テーブルからおしぼりをとりあげ僕は立ち上がる。キヨラちゃんの秋らしい濃いエンジ色のワンピース、シミが残ったらたいへんだ。

「なにをする気? ユウキはお姉ちゃんの胸を拭きなさい」

「なんで?」

 僕の手は姉につかまれてしまった。姉ちゃんこそなにをする気だ。おしぼりをもった僕の手を胸の谷間に突っ込もうとしてくる。やめろ、僕の純情がけがされるー。キヨラちゃんは目から光を失って、自分で服を拭いた。

 白くよごれて見えたのは炭酸の泡だった。キヨラちゃんがいれてきたジュースはファンタオレンジだ。ジュースのチョイスもかわいい。


 姉はダブルチーズ・テキサス・ボーン・ステーキなる、肉にチーズかける必要ある? な肉肉しい料理を胃におさめてご満悦になった。

 今がチャンスだ。

「姉ちゃん、キヨラちゃんは優しいんだよ」

 姉ちゃんより常識的にやさしいんだ、優しいに常識とかあるっけと思うけれど、姉の話となるとあると言わざるを得ない。

「ほう?」

 あれ? 戦闘態勢にはいっちゃったよ。いいだろう、かかってこいとオーラで語っている。よし、やさしいエピソードで姉の心をつかんでやるぜ。

 えーっと。うん、あれにしよう。

「体育の授業でサッカーをやったときのことなんだけど。プレイ中に転んで膝を擦りむいたんだ。そしたらキヨラちゃんは肩をかして保健室につれていってくれて、保健の先生がいなかったから消毒して包帯まいてくれたんだ。天使だったなぁ。ねっ?」

 同意を求めた先のキヨラちゃんはハンバーグを咀嚼していた。小動物的なキヨラちゃんは食べるのに時間がかかる。ほうっておこう。

「全然ダメね」

 姉は不敵に笑っている。くっ、ケガの介抱する天使エピソードは弱かったか。

「ユウキが膝を擦りむくなんて緊急事態に、保健室なんて言っていたら命が危ないじゃない」

 擦りむいただけで僕を殺そうとするな。ひとりぼっちがさみしくて死んじゃううさぎレベルの生命力ではないぞ、僕は。

「そういう時はまず、膝をペロペロして消毒するのよ」

「擦りむいたんだから、血や砂利がついてるんだよ」

「だから一刻を争うんでしょ? 唾液に消毒作用があるんだから、まずはペロペロが大事」

 問題はそこじゃないんだけど。

「血や砂利が口にはいっちゃうだろ」

「血がついたら砂利だってユウキの分身でしょ。口から摂取して私の血となり肉となり私とユウキは一体になれるのよ」

 トンデモ理論が飛び出したぞ、キヨラちゃんに聞かせたくない。

「そんな話はしてないだろ。キヨラちゃんがやさしいって言ったんだよ」

「ユウキが怒った。変態的にお姉ちゃん子のユウキが」

 僕は変態ではない。よりによって姉に言われる筋合いはまったくない。お姉ちゃん子だったことを否定するつもりはないが、今はちがう! 僕は彼女ができるほど立派な男になったんだ。

「とにかく、キヨラちゃんはいい子でお付き合いできることになって僕はうれしいんだ」

 キヨラちゃんは相変わらず小さい口でモシャモシャしている。締まらないことこの上ないな。

「ユウキは私のもの、私はユウキのものなの。他人が入り込む余地なんてないのに」

 ジャイアンのセリフの応用か。僕は姉のものであり、姉は僕ものとなると、姉のものも僕のものと言ってよく、姉のものである僕は僕のものであることになるな。自分でなに言ってるかわからなくなるけれど。

「お風呂だって一緒にはいってるんだから」

 人聞きの悪いことをこんなところで言うな。姉ちゃんが家にいるころだろ、何年前だよ。時制をねじまげるんじゃない。といっても姉ちゃんが就職して家を出たのは僕が中二から中三になるときだが。

「ラッキースケベで転んだ拍子に挿入しちゃうのを期待していたのに。ラブコメみたいにはいかないものね」

 ラブコメじゃないから、そんなの。ただのエロマンガだろ。僕の貞操をコメディで済ませてたまるか。成人した姉と中学生の弟が一緒にふろに入ったらエロマンガ案件ではあるな。

 そうだ、姉はお姉ちゃんに弱いんだった。ぶちかましてやるぜ。

「姉ちゃん、キヨラちゃんも家ではお姉ちゃんなんだよ。弟がふたりに妹がいるんだ」

「ほうなんでふ、ひいふぉいふぁふぁ」

 キヨラちゃんはしゃべらなくて大丈夫だ。僕にまかせてくれ。

「みんなまだ小さいから手がかかるんだよ。キヨラちゃんが面倒見てるんだ。えらいなあ」

「弟を産み立派に育てるのはお姉ちゃんの役目よ。そんなの当然のことだわ」

 弟は産めないけどね。


 姉は食後のコーヒーをスプーンでかきまぜた。ブラックコーヒーまぜる意味ある? いいんだけど。姉のやることだしな。

「両親はなにしてるの」

 キヨラちゃんに興味をもった。やっぱりお姉ちゃんは効く。

「お父さんとお母さんは遠いところに行っちゃった」

 キヨラちゃんがとうとうチーズ入りハンバーグを食べ切った。残さず食べてえらい!

「ごめん、悪いこと言ったわね」

「あ、ちがうんです。仕事で海外に。たぶん元気です」

 両親は健在だ。

「たぶんってどういうこと。今どきテレビ電話で話せるでしょ」

「お医者さんだから、忙しくて」

「そう、すくなくとも生きてはいるんでしょ」

「そう願っています」

「どういうこと? 生きてるか死んでるかもわからないの?」

「国境なき医師団でユークラリナに行ったんです」

 ユークラリナはオシラに侵略戦争を仕掛けられて現在交戦中なのだ。キヨラちゃんの両親、ホント大丈夫かなあ。国境なき医師団に死者が出ているという報道がある。

 姉はカップをあおってコーヒーを飲み干したかと思うと、キヨラちゃんを押し出して通路に出た。

「姉ちゃんどうしたの。どこ行く気?」

 あげた顔は流れる涙でびしょ濡れだった。

「プーチンを殺して戦争を終わらせるの。水着買ってくる」

「まさか日本海を泳いで渡るっていうんじゃないだろうね」

「バカね、ユウキったら。オシラなんだからオホーツク海から回り込むんでしょ。北のほうが監視が弱まるんだから」

 なるほど、って感心している場合ではない。なんで泳いで行く前提なんだよ。もう海水浴の季節じゃないだろ。真夏でもオホーツク海で海水浴するか知らないけど。

 姉は店を出て行った。体をふくタオルも用意しておかないと、上陸してから風邪ひくぞ。


 姉の分のお金も僕が出して店を出た。おごってもらうつもりだったのに大きな誤算だ。僕の財布は泣いているよ。

 駅に向かって歩き出す。

「ごめん、キヨラちゃん。変な姉で驚いた?」

「大統領を殺すって言ってたけど、なにかのたとえだよね」

 ごめんキヨラちゃん。マジなんだ。

「うちは、暗殺を家業としているんだよ。姉の腕は一流だから、その気になっちゃったということは、ちかいうちに戦争は終わると思う。よかったね、お父さんとお母さん帰ってくるよ」

「う、うん。ひとが死んで、その結果だと思うとよろこんでいいのかわからなくなっちゃうけど」

 キヨラちゃんはどこまでもやさしいな。プーチンの死 命まで惜しんでやるなんて。

 ふたりで駅前のスクランブル交差点を渡る。さっき姉と待ち合わせしたところに帰ってきた。ほんのすこししか経っていないはずなのに、長かったような気もする。7,000文字くらい。

 銅像になったハチ公が僕たちを見下ろす。前足を蹴って体をもちあげた騎馬の上で英雄ハチ公が右手を高くつき上げている。多くの領地に分かれていたシブンヤを統一した。歴史はくわしくないけれど、僕も好きな武将のひとりだ。イチ足したらキュウだからな。意味わからないって? たしかに。もともとなぜかキュウが好きってだけなんだ。

「姉に正面からぶつかったけど、思ったほどひどいことにはならなかったね。杞憂ってやつだ」

「そう? 途中でいなくなっちゃったからじゃない? まだこれからかも」

 そうか。そうかも。やっぱり心配になってきた。

「ごめん、不安にさせちゃった? わたしもガンバルね」

「え、なにを?」

「ユウキのお姉ちゃんになれるように」

 嘘だろ、やめてくれ。僕は姉離れしたんだからな。キヨラちゃんに姉をもとめてないんだ。しかもあの姉を。


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 毎度アホで困ってしまいます。誰が一番困るって、わたくしですよ。アホなネタしか思いつかないなんて、まるでわたくしがアホみたいではありませんか。疑問は呈しても否定はできませぬな。

 お疲れさまでした。思ったより多くの文字数を浪費してしまいました。読者の時間の浪費になっていなければよいのですけれど。いや、暇な時間をつぶすために読んでいますかね、わたくしの短編。


 例によってお布団の中で思いつき、考えました。といっても、はじめに思いついたのが姉に彼女を紹介するという設定と、お風呂でラブコメのくだり。我ながら嫌になっちゃう。つづいて出てきたのが、キヨラちゃんの両親が遠くにいて、国境なき医師団で、姉がプーチンを殺してくるっていう連続技。技ではないか。

 これだけのネタを手に、俺は短編を書く旅に出たのであった。ファミレスにはいるまで快調に書き進んだのですけれど、そこからキヨラちゃんに下の兄弟がいる話にもっていくところを書くのにつまりましたよ。

 書けないところはちびちび書くしかないと思っています。ちょっとカクヨムを開いては前のほうを読み直したり、先をちょっと書き足したりして進めば、書けないところを通り過ぎることができます、たぶん。

 姉が男の子をボーリングにしたり、キヨラちゃんの胸が白く汚れたりするところを乗り越えたら、思いついていたネタを出せば終わりってことで、最後まで書けました。


 裏設定として、ユウキは勇者に勇気があるってことで名づけました。キヨラちゃんは、聖職者は清らかってことで。マリは、魔法使いは魔力があるってことでした。魔法使いではなく暗殺者にしてしまいましたけれど。

 ついでにハチ公は中世風の貴族にしてみましたよ。現代とファンタジーがまざったよくわからん世界観になりました。ロシアではないけれど、プーチンが大統領でオホーツク海があるとかね。


 さて、つぎの短編も書きはじめていてタイトルは「わたしの運命のヒトって、このオジサンかもしれない。マジで!」といいます。運命の赤い糸がむすばれていない女性会社員が主人公で、同じ職場のおじさんが変わっていて気になってしまいます。

 こちらもネタをしぼり出しながら書かないといけないものでちびちび書いています。書けたらくず籠に投稿しますね。書けないかもしれない。

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