麻婆豆腐・焼売・春巻き 後編
注文してから30分後、4人の下に料理が運ばれてくる。
「お待たせしましたアル! 『麻婆豆腐』に『焼売』、『春巻き』になりますアル!!」
そう言って、ネイフェイがテーブルに料理を並べていく。
赤く煌めくとろみのある液体と、白い四角い食べ物が皿一杯に盛られた麻婆豆腐。薄い皮の中に、パンパンに肉が詰まった焼売。こんがりとしたキツネ色に揚がった棒状の春巻き。
3人からすれば見たことの無い見た目だが、どれも美味しそうだという感想を持っていた。
「これがマーボードーフ……」
オグウェは麻婆豆腐の匂いを嗅ぐ。鼻に入って来たのは、幾つもの匂いが絡まり合った、複雑だが奥深い匂いだった。その中に、馴染みのある辛い匂いが入っている。
(そうだ。この香りだ。故郷で何度も味わったこの辛さ。なんて懐かしい……。……だが、もう一つ辛い匂いがある。こっちは初めて嗅ぐぞ。これは一体……)
そんな事を考えている間に、アティカス達は自分達の前にそれぞれの料理を配置し終えていた。
「何してるのさオグウェ。やっぱり怪しいのか?」
「ああ、いや。そういう訳じゃないんだ。問題無い」
アティカスの問いを否定しながら、麻婆豆腐を自分の前に持って来る。
オグウェが麻婆豆腐を持っていた所で、アティカスは焼売をつついていた。
(シュウマイって言ったか。随分と手の込んだ料理だな)
薄い小麦粉の皮の中に、挽肉がたっぷりと詰まっている。しっとりと蒸しあげられ、独特の艶を放っていた。
(これだけコンパクトに収めるのなんて、結構技術がいることだ。それをすぐに提供できるとは……、あの厨房にいるじいさん、かなりの凄腕だな)
そんな推測を立てている内に、ノワールは春巻きをフォークで突き刺していた。突き刺したのと同時に、春巻きからパリッという音が上がる。
「2人共怖い顔してるわよ。冷めない内に食べましょ」
ノワールの言葉で現実に戻った2人は、気を取り直して食器を手に持つ。
オグウェはスプーンで掬い、アティカスはフォークで刺し、ノワールは早々に口へ持って行った。
一番早く口元へ持って行ったノワールだが、猫舌なので、口に入れる前に一度息を吹きかけて冷ます。
口の中に物を入れたのは、ほぼ同時だった。
「「「!!!」」」
口に入れた瞬間、その美味しさに、全員が目を見開く。
「美味い! そして辛い!」
一番最初に声を上げたのはオグウェだった。
口の中に入れた瞬間、味わい深い旨味とコクが口一杯に広がる。その後からやって来る、馴染みのある赤い辛さと、痺れる様な辛さが、口の中を刺激していく。豆腐と挽肉の相性も良く、柔らかく滑らかな豆腐の食感、辛みとよく絡む肉の味、それらがよりこの料理を良くしている。そして、しゃっきりとしたネギの香ばしい食感が、更に味わい深くしていた。
(故郷の『ビリビリ』とよく似た辛さだが、それ以外にも香ばしさ、色んな味が入っている。辛さに埋もれず、かと言ってダメにせず、互いに活かし合って美味しく仕上がっている。それに具材。肉とこの白い食べ物が辛さの中でもしっかりと主張しているのが良い。様々な味が一体となって、今まで食べたことの無い美味しさだ!)
心の中で感動しながら、オグウェは麻婆豆腐をかっ喰らう。辛さで汗が噴き出ながらも、次々に口の中へ掻き込んでいく。
一方でアティカスは、初めて食べる焼売に感動していた。
(この焼売っていう食べ物、ただの肉詰めじゃないな)
蒸しあがった焼売の中にあるのは、ギッシリと敷き詰められた挽肉と、ゴロッと大きい具材達、ジュワリと広がる肉汁と混ざり合い、小さいのに抜群の食べ応えが完成している。味もしっかりと染みこんでおり、噛めば噛む程、旨味が溢れ出す。
(肉と野菜が混ざり合って、柔らかくもしっかりとした食感がある。なにより染みこんでいるこの味。独自の調味料を入れて深みが出ている。薄くなく、かと言って濃すぎない絶妙な味付けが、食欲を促進させる。何個でも食べたくなる、魔性の食べ物だ)
勢い余って次々と口に放り込みたくなったが、冷静に感情を抑え、一個ずつ丁寧に食べていった。
そして、ノワールはパリパリの春巻きを美味しそうに頬張っている。
「うーん、美味しい!」
幸せそうな笑顔で春巻きに噛り付く度に、春巻きから香ばしい音が響き渡った。
揚げたての程よい硬さの皮を通過した後、中からとろみのある液体と、沢山の具材が口の中に入り込んでくる。
その液体を纏った具材達は歯ごたえがあり、噛めば確かな食感が返って来る。そこから溢れ出るコクと旨味のある味が、舌を喜ばせた。
それらが一体となれば、その美味さは数段も引きあがる。
(この食感、そして味。こんなに美味しい料理は初めて! いくらでも食べられちゃう!)
ハフハフと適度に熱さを逃がしながら、美味しそうに春巻きを食べていく。
それらを見ていたミシェルは、とても嬉しそうな表情をしていた。
「うんうん、気に入ってもらえてよかった!」
そんなミシェルの前に、龍一が料理を持って来る。
「お待たせしました!! エビチリ、焼飯、中華スープのセットになります!」
それは豪勢な料理の一式で、とても食べ応えのある料理が並んでいた。
「待ってたよ! これが食べたかったんだ!」
「ごゆっくりどうぞ!」
龍一が去った後、ミシェルは運ばれてきた料理にスプーンを入れる。そのまま口へと運び、次々と頬張っていく。
「うん! 美味い!」
「「「………………」」」
それを見ていた3人は、メニューを再び開く。
「どうする? 他にも頼むか?」
「こうなったら食べるだけ食べるぞ。あんなの見せられて腹が空かない訳がない」
「私はネギが入ってなければ何でもいいわ」
食欲に駆られた3人は、腹が満たされる限り、食べまくったのだった。
◆◆◆
満腹になった4人は、会計を済ませて福宝軒を後にする。
「ふー、食べた食べた」
満足そうな表情のミシェルを先頭に、オグウェ達も良い表情で歩いていた。
「まさかこんなに美味い店が出来てたなんて、思いもしなかったぜ」
「最初は半信半疑だったけど、かなり美味かったな」
「迷宮帰りにはもってこいのお店ね」
3人にも好評で、いい印象を持ってもらえている。
金額はそれなりにかかったが、これだけの満足感が得られるなら、金額以上の価値があった。
(これで明日も頑張れる。皆とはもっと迷宮探索をしたいからな)
そんな事を考えながら、いつもの宿屋への帰路に就く。
(目指すは未到達の階層。冒険者なら誰もが夢見る偉業を、俺は成し遂げたい)
熱い思いを内で燃やし、明日へ向かって前を向く。
その足を動かすには、十分過ぎるエネルギーが、彼らの中に蓄えられた。
満腹になった彼らは、どこまでも進める。
◆◆◆
「リューさんも鍋振れるアルね」
「まあな。時間だけはあったから、色々教えてもらったんだ」
「料理の才はあるからな。俺と遜色ないくらいだ」
「照れるよじいちゃん」
「ちょっとは謙遜しろ」
「ええ……」
異世界町中華『福宝軒』 弦龍劉弦(旧:幻龍総月) @bulaiga
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