ハゲは悪口の中でも最強ダメージを誇る
珊瑚水瀬
ハゲは悪口のなかでも最強ダメージを誇る
多数の部活で全国大会常連校、勉強をさせれば200人以上が国公立へ。
有数の文武両道を掲げる進学校。
この文字の羅列を拝見するだけでは、品行方正、質実剛健の真面目で質の良い生徒の集まりであると錯覚してしまいそうになる。
否、人の評価と言うものは怖いもので、外から見る姿と内から見る姿では全く違うにもかかわらず、ただその謳い文句とデータで「素敵な指導をしている素晴らしい学校」と化す。
その実、私の高校は生徒が卒業式の後、クラス内で一人一人立ちコメントをしたところ、聞こえてくるワードとしてのこの学校の評価は「強制収容所」であった。
だれもが楽しかったという意見を吐かない地獄のコメントの応酬に親は一体何を思うのだろうか。
恐ろしいのは、卒業式の後に次の授業があるところである。生徒は卒業式という終了の意味をする大切なイベントを終えたにもかかわらず、普通に通常授業がある。
普段から月曜日から日曜日まであるような学校でその対応に慣れきってしまっている生徒はむしろそうでないことが不思議なくらいまでに洗脳をされてしまっていた。
そんな中、私と言う人間は非常に異質なもので、その文化に染まりもしなければ、ただ浮雲の様にクラスに存在しており、先生からの印象も「不思議な人」と言う立ち位置であった。
いや、不良生徒であったかもしれない。何しろ、学校に行きたくない日は河原で時間をつぶしたり、日曜日も登校しろ、お前を含めてこないのは3人だけだ。と言われても馬耳東風。かと思えば、馬鹿なのか賢いのかよくわからず、勉強の成績は私の気分次第でアップダウンが激しい。
先生もきっと扱いづらい生徒であったのではないかと想像する。
ただ、この学校の前提を聞いてほしい。「強制収容所」である。つまり、先生の権力は絶対であり、マキャベリズムが横行するこの学校という一つの世界では、私のような異分子は徹底的に排除される。つまり、扱うというよりは「間違いを正す」という一つの正義のもと、嫌味や怒りを一様に買うことになるのである。
高圧的な先生に囲まれる中、中でも先生の中からも恐れられていた教師が存在した。日本最難関高校で神童と呼ばれていた異名を持ち、日本最難関大学に在籍した経歴のある先生であったのだが、いかんせん馬鹿の気持ちが分からない上にナチュラルに人を傷つける言葉を吐く。
例えば、髪を切った女子学生に「お前髪切ったら顔でかくなったな」や教育実習の生徒に「今の説明で理解できたやつ?誰もおらんな。これがお前の実力や」と実習にもかかわらず目の前で無能であることを全クラスに知らしめる。また、「馬鹿に教える授業はない」と廊下で宿題をさせるなど話したら切りがないのだが、とにかく私から見ると最悪な教師だった。
(品はあったのだけれどもね。金持ち特有の。しかし人間は不思議なもので、そういう先生にも一定のファンが付く。ドエムかと心の中ではツッコミが入るのだが、「教祖様」として一部の女子からは崇め奉られていた。俗に言うカリスマ性と言うものなのか)
とにかく、わたしみたいな根無し草を体で表すような人間とはまったくもって相性が悪い。私は何度も呼び出しを休み時間に食らっては、お前はどうだの、この問題の解き方がどうだの、しまいにはoの書き方が下手だの小言と言うよりは大言を職員室で繰り返し聞く羽目になった。
ある日のことだった。私はいつも通りに呼び出され、先生に解法の美しくなさを指摘され、またかと呆れ返っていたところ、先生の視線がふと私の髪へ移った。じろじろ見ているので不思議に思うと、あっと閃く。
天然パーマをコンプレックスに思っていた私は、縮毛矯正を受けて変にまっすぐした髪になっていた。もじゃもじゃの焼きそばが変にまっすぐ伸ばされたものを想像してほしい。私は見違えたなと言う言葉が来ることを期待した。しかし、次の言葉は斜め45度の放物線を描く。
「お前の髪形、落ち武者みたいやな」
――落ち武者とは確かてっぺんが剥げてて横の髪の毛が変にまっすぐのやつだったよな。
私はふと教科書か何かに載っていた風刺画を思い出した。なんてひどい人間なんだろう。縮毛矯正代払えよ、高かったんだから。と普段はしないイライラが募り、反撃しない私もつい
「あの、私ははげてないんですけど!!」
私は、次の言葉が何か来るか待ち構えたのだが、一向に帰ってこず先生はただやりなおし用のノートを見つめるだけだった。
ただ、何もない静けさに職員室が包まれた。え、どうしたの。何か……。
その時やっと私はその発言が禁句であったことに気が付いたのだ。
――あ、この先生はげてたわ。
そう、この先生は毛一本見当たらないほどのつるつるとしたはげ具合で、それを気にしてか普段からたまにタオルを巻いているほどだった。
私ははげてないとの主張で何も含みの意味は存在しなかったのだが、なるほど先ほどの発言はそのように受け取られてしまったかもしれない。
つまり、私ははげてないけど、あなたは――。
いたたまれなくなり、先生の方をおずおずともう一度目をやると特に気にするそぶりもなく淡々と私のミスを修正している。
ああ、気が付かなかったかな。良かった。と心から安堵したのもつかの間、彼はそっと自分の頭を何度も優しく撫で始めたのだった。
効いてる!!確実にクリティカルヒットしてる!!
私はどうしようもなくなり、無言で返されたノートにありがとうございますと訳の分からないことを口走り、そのまま職員室を後にした。
すごく憂鬱な日々を過ごした数日後、彼は私にこう口にした。
「お前は俺の天敵や!!」
その日から呼び出されることは少なくなり、代わりに数学の成績が落ちましたとさ。
この様な経験をした私はこの教訓を学習した。あれだけ人の悪口を何ともせず言っていた先生が、こうなってしまうということは……。
『はげは悪口の中でも最強ダメージを誇る。』ということだ。
ハゲは悪口の中でも最強ダメージを誇る 珊瑚水瀬 @sheme
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます