第2話 伝説となった聖女

 声をかけてきたのはドワーフでした。


「おじしゃんもいっしょにのもぉ~」


「お? いいのか? 酒を断るという選択肢はドワーフにはないぞ!」


 自身の鞄から出したコップをハッピーに差し出すドワーフ。

 酒飲み仲間ができた事でニコニコ笑いながら、そのコップにスピリタスの原液を出現させました。


「おお!? どうなっとるんだ!? まぁいい、いただこう……ングッ!? ゲホゲホッ、な、なんだこれは!? 今までこんな酒精の強い酒なんぞ飲んだ事ないぞ!」


「えへへ、これは女神しゃまからもらった力なの。だけどしょのしぇいでぇ~」


 ハッピーはくだを巻きながらドワーフにこれまでの事を話します。


「なんだと……!? そんな夢のような場所があるのか!? ふ、ふふふ。やはりワシは酒の神に愛されておるようだ。お嬢ちゃん、ワシをそこへ案内してくれないか!?」


「えぇ~? でもぉ、ちゅいほーしゃれたのにぃ……」


「追放か……、まぁ大丈夫だろう。こう見えてワシはそれなりに名の通った鍛冶師でな。次に住む国をどこにしようかと旅をしていたんだ。ワシが住めば他にもドワーフが集まってくるはず、そうなれば国王とて歓迎せざるを得まい」


 なんと、ハッピーに声をかけてきたドワーフは、どの国も喉から手が出るほどお抱えにしたい名工だったのです。

 数日後、ドワーフのアメデオは現地を確認し、ハッピーを連れて王都へ向かいました。


「なんと!! あの稀代の名工アメデオ殿が我が国に!? もちろん聖女の追放は取り消そう! むしろ褒美を与えねばならんな!」


 そんな王様の言葉で、あれよあれよという間に人がいなくなっていた村に、農家以外の村人が戻ってきました。

 それどころか、名工アメデオが住んでいる事と、これまでにない強い酒精の酒が飲み放題という噂が流れて各地のドワーフ達が集まって来たのです。


 一度川で汲んできたスピリタスを鍛冶場で飲んでいたドワーフの一人が火事を起こして以来、火の気がある場所ではスピリタスを飲んではならないという決まりができた事以外はとても平穏な日々をハッピーは送りました。


 いつしか元農村は鍛冶職人の聖地と呼ばれ、そこにはスピリタスの聖女と呼ばれるハッピーの笑顔がありました。

 今日も今日とて、仕事を終えたドワーフ達が教会に集まります。

 女神を称えながら礼拝堂は酒場のような騒ぎです。





「これがそのスピリタスの聖女様なの?」


 古びた教会の前にあるオリハルコンで造られた、聖女ハッピーの姿をした噴水の手からは、川から引かれたスピリタスが流れています。


「そうだ。美人だろう? だが酔っぱらうととても可愛い話し方になって甘えるから、人族の男達が何人泣かされた事か。タチの悪い事に翌朝には甘えた事を全て忘れていたからなぁ……。だがどのドワーフよりも酒に強くて、毎晩のように飲み比べを申し込まれていたもんだ」


「おじいちゃんも飲み比べしたの?」


「ああ、ハッピーと最初に知り合ったドワーフはワシだからな。酒の強さはドワーフ並みだが、寿命は人族のそれと同じだったせいでお前が生まれる十年前に死んでしまったんだ。死ぬ前日までワシと飲み比べをしていたというのに、翌朝には二度と目を覚まさなかった……。最後まで勝ち逃げしおって……グスッ」


「おじいちゃん、泣いてるの?」


「いや、噴水のスピリタスが目にしみただけだ。像になってまで悪い女だよ」


 その日の夜も、教会の前にはスピリタスを楽しむドワーフ達が集まるのでした。

 めでたし、めでたし。

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スピリタスの聖女 酒本アズサ @azusa_s

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