スピリタスの聖女

酒本アズサ

第1話 聖女の目覚め

とある異世界に一人のシスターがいました。

名前はハッピー、孤児だった彼女は教会の孤児院で育ちましたが、ある日みんなでお祈りをしている時、ハッピーは女神様の声を聞きました。


『ハッピー、あなたには傷の毒を無くす力を与えましょう。そして口にしても大丈夫なように、強い耐性も……。力の名前はスピリタスです』


「えっ!? 今のは何!?」


「どうしました、ハッピー?」


「マザー、今優しい声が聞こえて傷の毒を無くす力をくれるって……」


 孤児院のマザーと呼ばれるシスターは、口元を押さえて驚きました。


「まぁ……! それはきっと女神様のご神託だわ! なんという事でしょう! すぐに教会本部に連絡しなければ、おめでとうハッピー」


 当時のハッピーには何が何だかわかりませんでしたが、何やらすごい事が起こったというのだけは理解できました。

 そしてあれよあれよという間に、ハッピーは王都の教会本部に連れていかれ、女神様に与えられた力を試されました。


「怪我人をここへ!」


「うぅ~、痛い、助けてください……っ」


 ハッピーのもとへ運ばれてきたのは、足が血まみれの男性。


「これだけの傷であれば、本来ならば傷が腐って切り落とさねばならない。だがご神託が本物であれば助かるであろう。さぁ、女神様から授かった力を見せて見ろ」


「は、はい……」


 教会の偉い人に言われ、ハッピーは祈りを込めました。

 すると手から金色の光と共にツンとした匂いの水があふれ出し、男の足にかかります。


「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」


 水がかかった瞬間、男は叫び出しました。

 スピリタスとはアルコール度数95度以上あるお酒の名前です、普段私達の世界で使われている消毒液は70度以上、だけどこの世界の人達はそんな事を知りません。


 男のあまりの痛がりように、嘘をついたとしてハッピーは教会の牢に閉じ込められてしまいました。

 しかし後日、男の傷口が腐りもせずに、傷跡を残しただけで完治したのです。


 それ以来ハッピーは聖女と呼ばれ、医者の少ない田舎へと派遣されました。

 そして運命の日が近付いてきます。

 田舎暮らしの弱点、それは暇でした。


 ハッピーはある日気付いたのです、スピリタスを使った人の中に、時々酔っ払ったようになる人がいる事を。

 この時ハッピーは20歳、お酒には興味があるものの、口にする機会がありませんでした。


 そして手に残っていたスピリタスをひとなめしたところ、ビリビリと舌が痺れる不思議な感覚に襲われました。


「このままじゃあキツイよね」


 ハッピーは厨房に忍び込み、果物を絞ったジュースにスピリタスを入れたのです。

 ひとくち飲むと、果物の甘さが口に広がり、同時に胃へと流れ落ちた液体に灼けるような熱さを感じました。


「ふわぁ……、おいしい……っ」


 ピッチャーに入ったジュースは、スピリタスが入った事によりカクテルへと名前を変えます。

 両手一杯分のスピリタスが入ったピッチャーの中身は、酒場で出されるエールの何倍ものアルコール度数でした。


「ああ……、もう半分になっちゃったぁ。しょうがないよね、こんなにおいしいんだもん! ゴク……っ、ゴク……っ、ぷはぁっ。あははは、楽しくなってきたぁ~」


 翌朝、いつもより早く目が覚めたハッピーはコソコソとジュースの入ったピッチャーを厨房へ返しに行きました……が。


「う……っ、何だ!? ものすごく酒臭いぞ!? ハッ、そこにいるのは聖女様!? いったい何をどれだけ飲んだんですかっ!?」


 こっそり返そうと思ったものの、あっさりと食事当番の修道士達に見つかってしまいました。

 結局全て神父様や他のシスター達にもバレてとても叱られ、ハッピーはションボリ。

 自分の部屋で反省しなさいと言われて部屋に戻ると……。


「う……っ!? お酒臭い!? うわわわわ、この臭いだったらそりゃバレるはずだわ!」


 時々酔っ払って怪我をしたおじさんが運ばれて来た時と同じような臭いがハッピーの部屋に充満していました。

 慌てて窓を開けて空気を入れ替えます。


 その日からハッピーはとても真面目に勤めを果たしました。

 時々誘惑に負け、カクテルを作って飲んでは叱られましたが。

 そしてとうとう治療院に来る患者さんから指摘されてしまい、二度と飲んではならないと神父様から言われてしまいました。


 禁止令からひと月ほど経った頃でしょうか、特別な薬草を煎じるために、水源地である泉に水を汲みに行くように言われたハッピーは、泉のほとりで愚痴をこぼします。


「別に誰に迷惑をかけたわけでもないからいいじゃない。女神様から授かったものだし、飲んだら気分がよくなるし、ちょっと飲み過ぎると夜の記憶が無くなってる時があるけど……、おいしいんだもん! もっといっぱい飲みたいくらいなんだから!」


 立ち上がって拳を握った時、泉が一瞬金色の光に包まれました。

 いつもスピリタスを出す時と同じような光です。

 どうしたのかと思ってハッピーが泉に顔を近付けると、覚えのある香りに包まれ咽ました。


「ケホッ、ケホッ……。これ……、泉の水が全部スピリタスになってる……?」


 なんと、こんこんと湧き出る水のすべてがスピリタスになっていたのです。当然そこから流れる川の水も。

 飲み水は井戸から汲んでいるものの、農地の水はこの泉から流れる川の水に頼っています。


 つまり、今まさに農地に流れ込んでいるのは、水ではなくスピリタス。

 農民が異変に気付いた時には作物は全てダメになっていました。

 一度でもハッピーの治療を受けた者であれば、農地に流れ込んだ液体の正体に気付くのは当然の事。


 農作物に生計を頼っていた小さな農村を壊滅させたと、ハッピーは国を追放されてしまいました。


「うう……、ぐすっ、わざとじゃないのにぃ~……。やってらんないよ、ゴクゴクッ、ぷはぁっ」


「お嬢ちゃん、いい飲みっぷりだな!」


 街道で昼間からヤケ酒をあおるハッピーに声をかけてきた人がいました。




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