俺とドラゴンのお惣菜生活

空峯千代

 

 そいつは、俺の家に突然やってきた。


 新卒で就職した会社に勤めて、もう五年になる。

 アラサー、独身、社畜の三拍子が揃った一人暮らしの成人男性。

 冴えない男の冴えない生活が、一匹の登場によって変えられた。


 そう、一匹のドラゴンによって…。



 🍴 🍗 🥬 🍚 🍳



 定時の十五分前。

 今日こそは早めに帰れるか…?

 と思いきや、ギリギリになって仕事を頼まれた。


 やっとの思いで電車に乗り込むと、終電の一本前でいやな汗をかいた。

 自宅の最寄り駅につき、見慣れた景色を見てようやく安堵。

 俺は駅から一番近いコンビニへと駆け込んだ。


 陳列されているおにぎり、お弁当、スイーツ。

 それらを横目で見ながら、本命の棚に向かう。

 すると、見えた。


 ――そう、値引きシールを貼られた色とりどり(主に茶色)の惣菜たちが。


 だがしかし、俺は正常な思考を持っていなかった。

 ギリギリまで仕事をしていた電池切れの脳は、もはや考える力を失っている。

 目に付いたものをカゴに入れてレジに持っていくことしかできないのだ。


「ありがとうございました~」


 同じく疲れ切った顔のコンビニ店員に心の中で「お疲れ様です」と声を掛け、待ち焦がれている愛しの我が家へと急いだ。


 真っ暗な景色にぽつぽつと浮かぶ白い街灯。

 それらをぜんざいの白玉に見立てながら、己の食欲に気づく。

 こんなに疲れてるのに、それでも食欲があるのはあいつのおかげなのかもな。


「ただいま~」


 玄関に入り、電気をつける。

 コンビニの袋を一度床に置いて靴を脱いでいると、は近寄ってきた。


「からあげ!」


 とてとてとこちらに歩いてくる。

 頭に生えたツノと背中の翼に、極めつけは伸びている尻尾。

 紛れもなく、正真正銘のドラゴンだ。


「からあげ!」


 しかし、このドラゴンの身体は小さい。

 俺は子どもを抱え上げるように、ドラゴンを抱っこした。

 同年代に子持ちの友達が増えていくなか、俺はなぜかドラゴンを抱えている。

 人生とは不思議なものだ。


「からあげ、買ってきてたっけ」


 一度ドラゴンを子供用の椅子に座らせてやってから、床に置いていたコンビニの袋を机の上に置き直した。


「からあげ!」

「はいはい。お、からあげ買ってきてたわ。ナイス俺」


 何を買ったか覚えていないので、改めて確認する。

 からあげ、いかの天ぷら、アジフライ…揚げ物ばっかりだな。

 ほうれん草のおひたし、ひじきの煮物、かぼちゃサラダ。

 よかった、健康を気にする理性は残ってたみたいだ。


 惣菜たちは皿に移さず、パックを一旦開けるだけ。

 取り皿だけ用意して、自分とドラゴンに少しずつ取り分ける。

 ドラゴンは自分の前に置かれた皿を見て、嬉しそうな顔をした。


「それじゃ、いただきます」

「いただきます」


 ドラゴンは、まずお待ちかねのからあげから食べ始めた。

 からあげひとつを一気にパクッと口に入れ、もぐもぐと咀嚼そしゃくしている。

 余程美味しかったのか、ドラゴンの周りに花が広がっているように見えた。


 俺も食べよう、とここでようやく箸を持つ。

 自分もからあげを食べたくなって、ドラゴンより一回り小さいのを一口齧った。

 衣にサクサク感は残っていないが、若干ふにゃりとした衣に鶏モモ肉の脂が疲れ切った身体に沁みる。

 

「うまい」


 惣菜を温める気力もなく、そのまま食べたのにそれでも美味しかった。

 冷めたままの揚げ物たちを次々と頬張るドラゴンは、幸せに満ちた顔で食事を楽しんでいる。


「からあげ、好きか?」

「好き!」


 ドラゴンは翼をパタパタと動かしながら答えた。

 

「そうか」


 次はレンジで温めたからあげを出してあげよう。

 もう少し元気があれば、パックから皿に移してもいい。


 日付も変わって今日が明日になった時間帯。

 俺とドラゴンはまだまだ惣菜を食べ足りずにいる。



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