芽月の14日(閑話:過去のWEB拍手お礼画面に仕込んだ話)
ウィンター・ローゼの軍官舎に併設されている馬場にて、ヴィクトリアは馬に乗っている。アレクシスはそれを見守っていた。
その様子を見ていたルーカスがアレクシスに近づいてこう言った。
「アレクシス、お返しのお菓子は用意したのか?」
「は?」
「お前、先月、殿下からチョコレートもらっただろ」
ルーカスの言葉にアレクシスは頷く。
しかし、アレクシスはすでに殿下に何かお礼をすると申し出たところ、彼女から乗馬を教えてほしいと言われて、毎日少しだけ軍の馬場にて乗馬を教えている。
しかし、ルーカスはお返しのお菓子と言うのだ。
先月のチョコレートに何か意味があるのだろうかとアレクシスは考える。
「お返しのお菓子とは?」
「あー……チョコのお返しだよ」
「……殿下に何かお礼がしたいと伝えたら、乗馬を教えて欲しいと言われたので、こうして殿下に教えて差し上げているが? 何か違うのか?」
違わない。とルーカスは心の中で思う。
目の前にいる彼なら、すぐにお返しはするだろう。そういう義理堅さは東の国の人柄にも近いものがある。
「風月の14日にチョコレートを渡すというのは、遠い東の国の風習だが、それはお菓子屋が考えたというのは知っているよな?」
「ああ。殿下がそう仰せだったが」
「つまりはお菓子屋が繁盛を目論んだ仕掛けみたいなものだが、お国柄、やはり義理堅いんだよ、別のお菓子屋がチョコレートをもらった一か月後にお礼にお菓子を贈ろうと流行らせたんだ」
「すぐにお返しはしないものなのか?」
「お菓子屋の考えた事らしいからなんともいえないが、それがまあ定着したしきたりみたいなものだ」
「……そうなのか」
「ちなみにお返しのお菓子にもいろいろ意味があったりこじつけみたいなものがあったりしてるが、まあ……自分が好きな女の子からもらったら、キャンディーを返すのが通説なんだよな」
「意味?」
この男がそこを突っ込むとは思わなかったルーカスだったが、アレクシスはアレクシスで要はお菓子屋を繁盛させるキャンペーン第二弾のことなのだろうから、この際いろいろ聞いておこうと思ったらしい。
殿下に伝えれば、彼女はきっと。「チョコレート渡すだけでなくお返しも含めてのキャンペーンなんて、すごいです流行らせたい」とか言い出すに違いない。街を賑やかに活性化させたい彼女の姿勢は理解している。
「返礼のお菓子は定番としてはマシュマロ、キャンディ、クッキーが上げられるんだ、でもマシュマロはやめておけ」
「なぜ?」
「このお返しのお菓子の代表は最初マシュマロだったらしいが、マシュマロってすぐに溶けてしまうし、味もぼやっとしてるから、二人の気持ちも溶けて曖昧でって感じに受け取られて、いい意味では使われなくなったとか。だがお返しの発祥というかその先端をきったお菓子だから白いマシュマロの中にチョコをいれてお返しするのがいいとされたんだよ。気持ちを込めて贈られたのがチョコだからそのチョコを白いマシュマロで包む。あなたの気持ちを柔らかく包み込んでお返ししますという意味らしい」
「ふむ。で? キャンディとクッキーは何か意味があるのか?」
「好きな子にお返しするのはキャンディがいいとされている。飴って口の中にいれても硬いし割れない、マシュマロよりも味が長く残るだろ? だから強く貴女を想うという意味合いらしい。クッキーはまあ贈るのには無難なのでお友達でいましょうという意味のようだ」
「てっきりお返しはチョコレートなのかと思っていた」
アレクシスの言葉にルーカスは頷く。
「オレもそう思う」
男性からすれば、お返しはしたいが、モノはどうすればいいのかわからない、貰って嬉しかったのだから、同じモノを贈っても問題ないじゃないかと思う。
「……まあ女の子は難しいんだよ、『えーチョコレートあげたのに、お返しがチョコレート~?』とか言い出しかねないだろ」
「……殿下は言わない」
「言わないだろう、お前が何を贈っても嬉しそうにされるだろうな、現に乗馬を教えて欲しいなんて言い出す。形の残らないものでいいよと言ってるようなものだ。おまけに、乗馬なんて教えちゃったら、イチャイチャ二人乗りだってできなくなるのにな~」
「イチャイチャ二人乗り……」
ルーカスの如何わしい発言にアレクシスは眉間に皺を寄せる。
「殿下はそういうところ考えなしだよな。自分がお前の傍にいればいい話なのにさ、きっとアレだろ? どーせ『黒騎士様みたいにカッコよく、馬に乗りたいです! 黒騎士様になにかあったら、わたしが助けるために、馬に乗れた方がいいと思うの!』ぐらい言い寄られたんだろ」
殿下にお礼を尋ねた時、ルーカスはその場にいなかったのだが、この男はのぞき見でもしたのかと言いたいぐらい、一言一句、殿下の言葉を再現した。
「だけど今、お返しのお菓子に意味があるって、オレ、お前に教えちゃったからな」
「……」
「黒騎士様~」
ヴィクトリアが馬場を一周してきたらしくアレクシスの傍に戻ってくる。
「わたし、ゆっくりだけど、一人で一周できたわ! どうかな? 上達早い?」
「はい、とても」
「中将もいらしてたのね、どう? 見ててくださった?」
「はい、初心者なのに、お一人で馬場を一周できるのは、早いですよ。しかも、まだこの地の根雪はとけていないのに」
「でも春ももうすぐ~って感じですよね! ウィンター・ローゼの春ですよ! 雪景色もすごく素敵なところですが、緑の大地が広がるこの領地は素敵! まだ行ってないアルル村やエセル村の視察に行く時は馬車じゃなくて、馬でいけるようになれるかな~」
というか春の使いそのものの、彼女の笑顔が眩しくて、アレクシスが目を眇める。
日の光を受けて、プラチナブロンドの髪が小さな輪を作っているようで、菫色の瞳がキラキラしてて。
ヴィクトリアが話に混ざりたそうにして、降りますと伝えるとアレクシスが馬から降ろすのを手伝う。
ヴィクトリアは馬の首をさすさすと撫でてまた乗せてねと呟いている。
「視察を乗馬の状態でですか? うーん……それは無理かと……いくらなんでも結構距離あるし……」
ルーカスが躊躇いながら言うとヴィクトリアはふーと溜息をつく。
「そっか……あーヒルダ姉上やエリザベート姉上はできそうです」
彼女の姉である第一皇女も第二皇女も乗馬は得意らしい。
第二皇女殿下ヒルデガルドは軍籍にいて第三師団の師団長だから当然ではあるが、第一皇女エリザベート殿下も乗馬はできるほうだ。
というかアレクシスもルーカスもエリザベート殿下が馬に乗っているところは見たことがある。
先の戦役において、第一師団に囲まれて、エリザベート殿下が馬に乗って作戦本部入りした時は、まだ軍籍して間もない新兵たちが口々に、『エリザベート殿下、かっけえ、やべえ、めっちゃ総大将感ありまくりっ!!』と騒がしかったのをルーカスは思い出した。
「侍女殿がお茶を淹れるそうです、休憩してから、また練習されてはどうですか?」
アレクシスの言葉にヴィクトリアは頷く。
ヴィクトリアをエスコートしながら、アレクシスはルーカスに声をかける。
「お前の弟を領主館に呼んでくれ、さっきの話を詰めておきたい」
「了解しました」
ルーカスは部下らしくそう言った。
一か月前に、領主館の執務室に呼び出されたケヴィン・フォルストナーは、またも領主館の執務室のドアを開ける。
しかし、今回は相手が絶世の美女そっくりのヴィクトリアではなく、不穏な発言をしようものならば、首と胴体がその剣で真っ二つにされかねないと相手に対してそう思うわせるアレクシスだった。
「先月、殿下にチョコレートを調達してきたようだが……」
「はいっ! 殿下がご所望だったのでご用意させていただきましたっ!」
直立不動でまるで新兵のごとく答えるケヴィンにアレクシスは自分の額に指を当てて、眉間に皺を寄せてまあ座れとケヴィンを促す。
「そのことで相談あってきてもらった」
「何かだめでしたでしょうか?」
「いや、殿下にお礼をしたいのだ」
「おお、いいですね! ドレス? 宝石? 例えなんであろうとこのフォルストナー商会ウィンター・ローゼ支部のケヴィン・フォルストナー揃えて見せますとも!」
ヴィクトリア殿下に贈られる品の調達ともなれば、帝国の一、二を争う商会の名にかけていかな物でも取り寄せようと気合を入れる。
「キャンディーだ」
「へ?」
「殿下が俺に贈られた品がチョコレートなのはケヴィン氏も知るところだろう」
「はい」
というかもう町中の噂だ。風月14日には、女性が好きな男性にチョコレートと一緒に愛の告白をするという、遠い東の国の風習になぞらえてヴィクトリアがしたことは、ウィンター・ローゼの少女達の話題になっている。
「殿下は遠い東の国の風習になぞらえて、俺にそれを贈ってくれた。贈られたら、お返しにお菓子を贈るのが、その国の習わしらしいのだ」
「そんな習わしだったのですか……」
「これは殿下にも渡した後でお伝えするが、とりあえず、キャンディを用意してほしい」
「チョコレートよりは入手しやすいお菓子ではありますが……それでいいのですか?」
「意味があるらしいのだ」
「ふーむ」
ケヴィンは考え込む。
ヴィクトリア殿下が贈られたのは手作りチョコレート、そのお返しがキャンディ……。東の国の習わしとはいうが、ケヴィン自身はその東の国の存在ははっきりと知らない。まれに雇い入れている商人や直ぐ上の兄のルーカスがたまーに「私の知り合いが、遠い遠い東の国で~」と口にはする……。
だが先月のチョコレートの件は、華やかで可愛い催しだとは思ってはいるケヴィンだった。お返しもそれになぞらえるならば、今後。菓子店などにはいい影響がでるかもしれないし、悪くはない。
「かしこまりました。ただのキャンディにするには味気も素っ気もないので、心当たりのある飴細工師に、可愛い花の形を作らせましょうか。それを贈るのはどうでしょう」
「そうだな、俺はそういう素養は持ち合わせていないので任せたい」
「任されました、納期の期日は?」
「14日に殿下にお渡ししたいと思っている」
貰った時より一か月後となるのか。時間差でのお返しはサプライズ的な要素もあるなと、ケヴィンは思う。
「面白そうです、では早速ご用意させていただきますので、失礼します」
部屋に入った時はびくびくの様子だったが、すっかり商人の表情に切り替わってソファから立ち上がってケヴィンは部屋を出て行った。
そして14日当日。
フォルストナー商会の者が、領主館を訪れて、アレクシス宛に小さな包みを渡した。
包みを解くと、春色の綺麗な包装紙にリボンがかけられたリボンを解くまではもっと高価なものがあるのかもと思わせるぐらいのラッピングが施されていた。
――ルーカスの弟だけはあるな……。
女の子が喜びそうな包装に、アレクシスは感心する。
今日も殿下は乗馬の稽古に馬場を訪れていた。
最初はアレクシスに馬の乗り降りを手伝ってもらっていたが、今では一人でできるようになった。馬を早足で駆けさせることもできる。アレクシスも今日は自分も馬にのり、並走させていた。
新兵たちもその様子を見て、殿下は乗馬も覚えが早いなと感心している。
「ねえ黒騎士様、わたし、アルル村までは無理でも、これならオルセ村には行けそうですか?」
「はい」
「ほんと!? もっと暖かくなったら、馬で行きたいです!」
そんな様子をルーカスが柵によりかかって見ている。
傍にアメリアもいる。
「中将、今朝早く、商会の者が閣下をお訪ねになられたようですが……」
「うん? なんかアレクシスが頼んだんじゃねーの?」
「……」
アメリアの『お前、全部知ってるだろ』と言いたげな視線を受け肩をすくめる。
「どっかの誰かさんは俺にチョコくれなかったし~」
「なぜ中将にチョコレートを渡さなければならないのですか?」
「根雪より冷てえな……」
「まさかホワイトデーのこと閣下に……」
「言いました。ああいう催し、ワンセットじゃないと」
「……」
「チョコのお礼が一か月後なんて経済効果抜群ですね! って殿下なら言うだろ」
アメリアは頷く。
「……否定しません……お茶のご用意をしてまいります。中将、チョコは用意しませんがマシュマロならご用意いたしますよ?」
「ひでえ!」
ヴィクトリアが馬から降りると、アレクシスが内ポケットから小さく綺麗な箱を取り出してヴィクトリアの前に差し出した。
「え?」
「先月のチョコレートのお礼です」
「えー!! だって、だって黒騎士様にはもう乗馬を教えてもらっているのに!!」
「遠い東の国では、チョコレートを渡されたら、一か月後にお返しをするという習わしがあるそうです」
ヴィクトリアは差し出された箱を大事そうに受け取る。
「そうなんですか?」
「お返しのお菓子にはいろいろ意味があるそうです」
「意味……何、なんですかそれ! 教えてください!」
アレクシスはルーカスから聞いたことをヴィクトリアに伝える。
「えー東の国のお菓子屋さんって、すごーい、いろいろ考えてる! その、その開けてみてもいいですか?」
そわそわして、そんなことを言う彼女にアレクシスが頷く。
アレクシスがあの日その場で包みを開けた様に、ヴィクトリアも包みを解いて、箱の中にあるお菓子を見る。
「綺麗……色ガラスみたいに綺麗に透き通ってて、可愛いっ、お花の形だわ……キャンディーなの? 飴に見えない! 素敵……ありがとう、黒騎士様、嬉しい!!」
ちょっともったいなけど……と呟きながら、一粒摘まんで、ヴィクトリアは口にする。
「美味しい! はい、黒騎士様、あーん」
「え?」
乗馬訓練をしていた団員達はそれを見て再び羨ましそうな顔をしている。
――美女が手づからあーんとか……。
――お返ししたのに、なんてご褒美な。
――おかしいな俺、目から汗が。
――泣くな、泣いたら……俺も目から汗が……。
「ね? 美味しいですね?」
ヴィクトリアが小首を傾げてそう尋ねる。
「殿下……」
――黒騎士様がわたしに、キャンディを贈ってくれたことが嬉しいです。
長く強くキミを想うって意味にとってもいいですよね?
普段からそんなことを口にはしない彼から、そういった気持ちを受け取ったようでヴィクトリアはアレクシスの腕を捕まえる。
「ありがとう、黒騎士様、大好きです」
自分のことをなかなか好きと言ってくれない彼の分、ヴィクトリアは自分の気持ちを伝えて、綺麗な笑顔をアレクシスに向けるのだった。
第六皇女殿下は黒騎士様の花嫁様 翠川稜 @midorikawa_0110
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