風月の14日(閑話:過去のWEB拍手お礼画面に仕込んだ話)



「トリアちゃん、風月の14日にチョコレートを黒騎士様にあげるの?」


 シャルロッテの言葉にヴィクトリアは小首を傾げる。

「風月の……14日? 何か意味があるのですか?」

「ロッテ様の仰っているのは、遠い東の国の風習というかイベントというか……」

 アメリアもヴィクトリアの横でごにょごにょと言う。

「なに? なに? それってなんですか?」

 ヴィクトリアはシャルロッテとアメリアを交互に見て尋ねる。

「遠い東の島国では、風月の14日は特別に女の子から意中の男性にチョコレートを渡して愛を告白するというイベントがあるのですよ……その発祥はいろいろあるんですが、でも東の国ではお菓子のお店がチョコレートの売り上げを増やしたいために始めたらしいイベントなんです……」

「トリアちゃんにはピッタリなイベントだから、知ってるかなーって思ったんだけど」

 ヴィクトリアはパアっと顔を輝かせる。

「えー知りませんでした! でもステキ!! なにそのイベント! ステキじゃないですか! そういうのいいですよね!! そのお菓子のお店、すごいですね!! いいないいな、ウィンター・ローゼでも流行らせてみたい!! そういう催しって街も活気づくと思うんです!!」

 自分の意中の人に愛を告白と聞いて、そっちの方に意識が向くところだが、発展途上で人口が少ない辺境地をなんとか盛り立てたい第六皇女殿下らしい発言だ。

「お菓子屋さんが大繁盛の時期なのですね!! ロッテ姉上、これうちの国で、このウィンター・ローゼでやっても遠い東の国から怒られたりしませんか?」

 ヴィクトリアに詰め寄られて、シャルロッテは視線を遠くに飛ばす。

「多分大丈夫だと思うよ~、東の国は遠いから~」

「ケヴィンさん呼んで!! お菓子屋さんにチョコレート売ってもらうの! 協力してもらわないと! 女の子のイベントだもの! 黒騎士様には了解とらないで進行しちゃいます」

 いつにないテンションの高さに、シャルロッテとアメリアは肩をすくめる。

「いいですねー女の子の特別なイベント。うちの国は次代はエリザベートお姉様が治める国ですもの、ただでさえ一般の男性貴族や周辺諸国は姫君ばかりの国とか思ってるんですから、逆手に取りましょう。ウィンター・ローゼから帝国全土に広めたいな……雪解けしたら、ケヴィンさんも帝都のご実家に戻ることもあるでしょうし、風月の14日は女の子がチョコレートを渡して好きな人に愛を告白する日って、いまここで辺境の企画だと釘をさしておかないとね!!」

 アメリアとシャルロッテは最後にそう呟くヴィクトリアを見て、目線で会話を交わす。

 ――そっちに行っちゃうらしいよ……。

 ――うちの姫様ならそっちに行きますよ。普段から黒騎士様好き好き言ってるんですから、愛の告白は今更かと……。

 ――可愛いトリアちゃんにチョコレートもらって好き好き言われて固まる黒騎士様を楽しみたかったのに~。 


 残念な感じでヴィクトリアを見つめるシャルロッテを残し、アメリアは一礼をして退出する。そしてウィンター・ローゼに在住している帝国でも指折りの大商会フォルストナー家の三男坊を呼び出す手配をするのだった。


 領主館に呼び出されたケヴィン・フォルストナーは首を傾げる。

「風月の14日にチョコレートを売る?」

「はい、なんでも遠い東の国では、女の子が意中の男性に愛の告白と一緒にチョコレートを渡す日なんですって、お菓子屋さんが始めた事らしいんですけれど、ステキですよね?」 

「遠い東の国……」

 ケヴィンは傍にいる自分の兄であるルーカスに視線を移す。

 アレクシスが軍官舎に行ってるので、ルーカスが護衛を務めているのだった。

 もちろんこの時間帯を想定して、ヴィクトリアはケヴィンを呼び寄せたのだが……。

 「何それ……遠い東の国って……」

 ルーカスは明後日の方向に顔を向けて知らぬ存ぜぬの態だ。

「え……ケヴィンさんは、ご存じないのですか? フォルストナー商会なら遠い東の国にも伝手があるかと……」

「いや、ないですけれど、でも、企画自体は楽しそうです」

「ね? 男の人も、わくわくするでしょ? チョコレートもらえるかも? 実はあの子は自分のこと好きなのかな? とか」

 ――誰だよ……バレンタインをこの殿下に吹き込んだの……。

 ルーカスは和気あいあいとケヴィンと風月の14日にチョコレートを売ろうと話を始めているヴィクトリアを見つめて溜息をついた。

 

「……殿下……全然もらえない人が寂しい日になってしまいます」


 ルーカスの指摘にヴィクトリアはハッとする。

「え……でも……」

「意外ですね、兄さんなら賛成すると思ってたのに……そこを指摘するなんて」

 ケヴィンも意外な言葉にルーカスを見る。

「そんな日があったら、男も嬉しいかもしれません……ただ、『チョコ貰えない』男も必ずでますよ。そしてチョコレート一点集中の男も出てくるでしょうね。アレクシスなんか絶対に貰えない代表だったはず……」

 その場にいるアメリアとシャルロッテもルーカスを見る。

「えーでも、黒騎士様はトリアちゃんがあげるから、貰えない代表じゃないでしょー」

 シャルロッテの言葉に、ルーカスは溜息をつく。

 「今、現在『は』しかし。今、現在『も』そういう者もいるかと……そういう日があっても、殿下との婚約がなければアレクシスが貰えない代表で『ああ、今日はチョコの日、でも俺は貰えない……いいや、黒騎士様はこの先も貰えないんだから、俺、来年は貰えるかもっ』ていう希望も無い日になってしまうでしょうね」

「……(なんでここで稼げる企画に水をさすかなルーカス兄さん)」

「……(バレンタインにいい思い出ないのかな、このチャラ男)」

「……(ネガティブ)」

 ヴィクトリアを除くその場の三人が思いを巡らす。

 その沈黙を見てヴィクトリアは溜息をつく。

「せっかくいい企画だと思ったのにな……お菓子屋さんも繁盛して、女の子は好きな男の人の為にチョコを選んで、わくわくする日とか思ったんだけど……そういうこと、考えてませんでした……」

「えー、この企画やめちゃうんですか? 殿下」

「ごめんなさいね、ケヴィンさん。でも、せっかく来てくれたので、チョコレート用意してください。贈答品用でなくていいです。製菓用ので、せっかくだから、わたしが個人的に楽しみます。料理長のラルフさんと相談して、個人的に作って、黒騎士様に贈りたいと思うので」

「わかりました。ご用意します。でも残念です」

「また別の企画が思いついたら相談しますね」

「その時はぜひお声がけください」


 ケヴィンが領主館を辞して、しばらくすると商会からの使いで製菓用のチョコレートがヴィクトリアの元に届く。

 それを持ってヴィクトリアは料理長のラルフに相談する。

「私でも作れて、見た目も可愛いお店で売ってるようなチョコに変えたいのです」

「久々のお料理ですか、殿下」

「うん、遠い東の国では風月の14日に好きな人にチョコレートを贈る風習があるんですって、だからわたしも、やってみようかなって思ったの」

 ラルフはうんうんと頷く。

 ラルフの後ろに控えていたキッチンメイドたちも顔を見合わせて、何それ、楽しそうという表情をしている。

「黒騎士様、あまり甘いお菓子は召し上がらないからチョコレート単体で召し上がって頂けるかわからないので、相談に乗ってください」

「殿下も作れて……」

「甘くなくて……」

「単体で見た目も可愛い……」

「やっぱりトリュフチョコかしら……」

「でも見た目が可愛すぎるかしら……」

「殿下が自らお造りになったのならそれも喜んでいただけますよ」

「……そうですね、まず、普通に作ってみますか? 殿下」

「はい」

 キッチンメイドや、料理長に囲まれて、ヴィクトリアはとりあえずチョコを作り始めるのだった。


 そして14日の当日。

 試行錯誤して出来たチョコレートを綺麗な箱に詰めて薄紙で包み、リボンを掛ける。

 キッチンメイドの一人が可愛いリボンの結び方を手伝ってくれた。料理長やキッチンメイドたちにもお礼に余ったチョコを渡して、ヴィクトリアはアメリアに黒騎士様のところにいきますと伝える。

 今日の護衛はヘンドリックスだった。ヘンドリックスは妻帯し、しかも新婚でもあるのでヴィクトリアのチャームに掛かりにくい。それゆえ、護衛のローテーションには多く組み込まれている。

 しかし、そんなヘンドリックスも羨ましそうではある。

「ヘンドリックスさんもチョコレート欲しいのですか?」

「ニーナから貰えたら最高です」

「そうよね、いいイベントだと思うんです。女の子から男の人にチョコレート贈るのって、チョコだけじゃなくて、お菓子をつくる型紙とか、金口とか、ラッピング素材とかも販売要素はあるから、市場も賑わうと思うのにな」

「……」

 ヴィクトリアの言葉に、ヘンドリックスは幾分残念そうな表情になる。

 それはアメリアとシャルロッテがバレンタインをヴィクトリアに伝えた時の表情と同じモノだった。

 一緒に馬車に乗車しているアメリアもそのヘンドリックスの表情を見て、言いたいことはわかると内心思っていた。

 軍官舎に近づくと、ヴィクトリアはギュっと箱を入れた紙袋の紐を握りしめる。

「いきなりお邪魔して迷惑かな……」

「迷惑ではないと思いますよ?」

「お仕事の邪魔じゃないかな?」

「殿下が領地の経営の時に我々がいても、迷惑ですか?」

「……迷惑じゃないけど、でも第七師団にとって、わたしの傍にいることは仕事の一つではないですか……」

「大丈夫ですよ。出来立てを持って来ましたって、いつもの調子でお渡しすれば、閣下も嬉しいはずです」

 ヘンドリックスの言葉にうんうんとアメリアも頷く。

「そ、そうかな……」

 ヘンドリックスもうんうんと頷く。

 本来、真っ先にこの反応をしてほしかったとアメリアとヘンドリックスは思う。

 軍官舎に到着し、ヴィクトリアとアメリアを降車させ敷地内を案内する。

 この日は新兵の乗馬訓練だったようだ。

 雪道での乗馬に慣れていない新兵の指導をしているという。

 馬場の方へ行くとアレクシスが自ら馬に乗って、馬場を走らせていた。

 クラウスも新兵の指導に当たっているようだが、目がいい彼は、ヘンドリックスを伴ってヴィクトリアが来たことをアレクシスに伝える。

 アレクシスはコースの真ん中を突っ切って、ヴィクトリアがいる柵の方まで馬を操る。

 ――黒騎士様、乗馬されてるのカッコイイ!! 馬も、脚が埋まってしまうコースの真ん中の雪を物ともせずに凄いなあ、あーわたしも乗馬習いたい!!


 ふああ、とヴィクトリアが小さく呟く。

 雪道の乗馬訓練をしていた新兵たちもスゲエと心の中で思う。ただし、ヴィクトリアとは違って、その馬が、彼等の乗る馬よりも大きくて、真っ白な雪の中に人馬の黒い存在感に恐れをなす感じではあるのだが……。


「どうされました? 殿下」

「黒騎士様、あの、お仕事中にごめんなさい。あのね」

 

 アレクシスは愛馬から降りて、柵越しに近づく。


「あのね、黒騎士様」

「はい」

「えっとね、ロッテ様とアメリアから聞いたの、遠い遠い、東の国では風月の14日に好きな人にチョコレートを渡す日なんですって、だから、その、作ったんです!」

 

 小さな紙袋の紐を両手で握って、ギュっと目を閉じてそれをアレクシスに差し出した。 その様子を見ていた新兵たち始め、第七師団全員が羨ましそうな表情になる。

 厳つくて怖くて、通り過ぎただけで泣き出す子供もいる黒騎士相手に、大陸を騒がした美女そっくりになった第六皇女殿下が頬を染めて、小さな紙袋を渡す。

 遠目に見ていたルーカスは「ああ……やっちまったな」と残念そうな表情だ。


「その、いまさらかもですが、好きです、黒騎士様」


 その一言で涙目になっている団員達をアメリアは冷静にカウントしていた。

  

「ありがとうございます」


 アレクシスは差し出された紙袋を両手で受け取る。

 自分の手から、紙袋がアレクシスの手に渡ったのが手にしていた小さな紙袋の重さが軽くなったことでわかる。

 ヴィクトリアはそーっと手を離して、目をあける。

 紙袋を受け取ったアレクシスを見上げて、嬉しそうにそしてはにかむ様子が、小さい身体だった時のヴィクトリアを思い出させる。

 

「なんか……いいなやっぱり。チョコレート」


 ぼそりとヘンドリックスが呟く。その呟きを誰かが聞いたら、お前が言うんじゃねえ!と怒鳴られる事請け合いだ。


「殿下がお作りになったのですか?」

 ヴィクトリアから愛の告白とチョコレートをもらったにも関わらず、いつもの彼だ。

「そうなの、練習したし、ラルフもキッチンメイドたちも、大丈夫っていってくれたし、アメリアもわたしも味見したし、ま、不味くないと思うのです」

「ありがとうございます、大事に頂きます」

「絶対、他の人にあげないでくださいね!」

 チョコレートが入った紙袋に団員達の視線が集中しているのが、ヴィクトリアも感じたらしい。

「死守します」


 ――死守するんだ……。

 ――平常通りの無表情というか怖い顔なんだけど、嬉しいんだよな、やっぱり。

 ――そりゃ嬉しいだろ……。あんな可愛いくて綺麗なお姫様からの手作りだぞ。

 ――ああ、盗られたりした日には、マジ戦争だな。

 ――領主館で別々の部屋とはいえ、すでに一緒に暮らしているのに、わざわざ仕事場に持ってきてんだぞ。

 ――う、羨ましくない……羨ましくなんか……。

 ――泣くな、ただでさえ雪上の乗馬訓練で体力使ってんだ、泣いたら死ぬぞ。

 

 乗馬訓練をしている団員達の羨望の絶叫が聞こえるようだった。


 アレクシスはその場で包みを開ける。

 箱の中に一口大のチョコレートが治められていた。

 それを一つ摘まんで口にする。

 可愛くデコレーションされたチョコレートは甘すぎることはなく、中にチョコとは別の触感と香りがあった。

 「……ラム……レーズン?」

 「はい、それは中にラムレーズンが入っています。黒騎士様はあまり甘いお菓子はお好みではないと思ったので、あとは、アーモンドが入ってるのもあります」

 アレクシスはもう一つチョコレートを摘まんで、ヴィクトリアの唇にチョコレートを触れさせた。キョトンとしたヴィクトリアも子供のように、口を開けてチョコレートを口にする。そして両方の指先で自分の口元を抑える。

 その仕草は、出会った頃の小さな身体のままヴィクトリアを思い起こさせた。


 そんな二人を遠目に見ながら、ルーカスはヤレヤレと溜息をつく。

 ヴィクトリアがケヴィンと一緒に街全体で盛り上げなくても、この事実だけで、街が勝手に盛り上がってしまうだろう。きっと来年の風月はウィンター・ローゼにチョコを贈る日が話題になることは間違いないと、そう思った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

社交シーズン王都へ向かう前の二人。

バレンタイン時に公開した閑話でした。


本日この一時間後新作を公開します。

ゆっくり公開するので、一か月はお楽しみいただけると思います。

気が向いたらそちらの作品もよろしくお願いしますm(__)m

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