2/2 最後はいつだって茶番です

 早々に話を変えるが、私が通っていた小学校の近くには沼がある。沼といっても溜め池のようなもので、ボロい柵に囲まれたほどほどに大きな沼だ。冬には白鳥がやって来ることでも有名で、またその沼は江戸時代の状態のまま人の手が加えられていないことでも知られている。


 沼をぐるりと囲んだ周囲は、路面の舗装こそされているが柵の中は完全に未開の地。何百年も昔の状態で草木は自然に生い茂り、その草木が邪魔で柵の外からでは沼の全貌ぜんぼうが窺えない。

 そんな沼が近くにあるのだ。


 さて、次の日のこと。

 教室に着いた私は誰かに落選をからかわれるよりも先に友達に話しかけた。

 他の人にも聞こえるくらいの声量で言った。




「昨日、カッパを見た!」




「カッパって、嘘!? どこで!?」


 友達の想像以上のリアクションに半ば面を食らったが、ここで引いては嘘がバレる。私は昨日から練っていた『嘘カッパエピソード』を話した。


「昨日、塾から帰る時に見た」

「大きな音がして沼を見たらちょうど沼から陸に上がってた」

「緑色でぬるぬるしてて『グエーッ』って鳴き声だった」

「私が見た時は皿はなくて、目が合ったら逃げた」

 などなど。

(それに加えて当時はあと3つほど設定があったが、これくらいで勘弁して欲しい。何せどうも体調が悪いのか、思い出そうとすると謎の悶えが止まらないのだ)


 初めは半信半疑だった友達も、普段は物静かであまり何かを主張しない私に最終的には信じた様子だった。


 そして私のカッパ目撃談はあっという間にクラスに広がり、私の思惑通り、昨日の落選など誰の頭からもなくなっていた。


 たちまちクラスにはカッパブームが到来。

 クラスの話題は沼のカッパで持ち切りになった。


 カッパブームが訪れると、何が楽しいのかクラスメイトたちは『カッパ噓派』と『カッパ信じる派』の2つの派閥に別れ始めた。


 主に私の友達と一部のオカルト好きが『カッパ信じる派』で、それ以外のカッパに懐疑的かいぎてきな捻くれ者が『カッパ嘘派』に所属。休み時間には度々熱い議論を繰り広げていた。


 そんな中で今でも覚えているが『カッパ嘘派』の「カッパなんていない」の豪語に対して、『カッパ信じる派』の誰かが言った、


「あの沼は江戸時代から手付かず。だからカッパの生き残りがいてもおかしくない」


 には素直に痺れたし面白い考えだと思った。


 私はこういう、人と違った角度で物事を考えられる人間が将来ノーベル賞を取るのだろうと心の底から感心した。(ちなみに私は『カッパ嘘派』だ)




 しかしそんなカッパブームもそう長くは続かなかった。


 カッパの嘘目撃談を話した3日後。私は担任から放課後職員室に来るようにとお呼ばれを受けた。


 どうしてとは聞かないが勘の良い私にはそれがカッパの件であることはわかっていた。


 職員室に行くと担任は応接室に私を通した。応接室には既に2人の教師がおり、私はせいぜい最期の死に様だけは良い子でいようと借りて来た猫のような態度で椅子に座った。


 椅子に腰を落とすと一息つく間もなく担任は言ってきた。


「クラスで広まってるカッパの話をして」


 そう言った担任の表情はいつになく真剣だった。

 なので今更、


「カッパぁ? いえいえ女将さん、あっしが見たのは雨具のことでごぜえやす」


 などとは言えず、私は大人しく自分が広めた嘘カッパ話を話すのであった。


 話しながらも、「もしかしたらここにいる教師たちは純粋に妖怪が好きな集まりなのかも」と万が一の可能性に希望を持ったがそれは違った。


 なぜなら私が話を終えると1人の教師が静かにこう言ったからだ。



「で、君は本当にそれがカッパだと思ったの?」



 まるで「そんなのありえないだろ」とでも言いたげな教師の言葉に私は反発する気力もなく、せいぜい蚊の鳴くような声で答えるのが限界だった。


「……わかりません」


 もう無理だ。これ以上の嘘は通せない。


 そんな思いから出た「……わかりません」は、私にとっては自白のつもりだったのだが話はここから意外な方向へと進む。


 私の返答にその教師は聞きたかった答えが聞けたかのような柔らかな顔になり、そしてどこか神妙に呟いた。




「やっぱりか……。




 それじゃあやっぱり変質者なのか……」




 え……変質者?


 私は我が耳を疑った。


 それを皮切りに教師は事の顛末てんまつを話してくれた。

 

 まず、私の地元では暖かくなると決まって変質者が出るのだが、4月の職員室ではその注意喚起が行われていた。そんな中で私の嘘カッパ話は教師たちの耳にも届いていたが、私のカッパ話などはなから信じてなかったそう。

 だが、とある教師の「それはカッパじゃなくて変質者なんじゃないか?」という仮説が耳に入り、こうしてヒアリングを行っている、とのこと。


 事の成り行きを理解した私は瞬時に頭を回転させ、


「すみません……。本当のことを言うと暗くてよく見えなかったです。でもカッパじゃなかったかもしれないです」


 みたいなことをさも被害者っぽく言った。


 間違いなくそれが私の今世紀一番のファインプレイだ。


 その後は見てもいない変質者に濡れ衣を着せることで、カッパは見間違いということで不問になりお咎めは無し。


 それに伴ってカッパブームも終わりを迎えた。




 以上が当事者目線で語る一連のカッパ騒動のすべてだ。


 今だから言えるが、あの時私が嘘のカッパ話をしたのは「学級委員落選の事実を忘れさせる」という目的の他に、

「クラスでの自分の居場所がなくなってしまう」

 という思いがあったからだ。


 学級委員をやめたら今いる友達はいなくなるのでは?

 誰も話さなくなるのでは?

 今までの日常が失くなってしまうのでは?

 そんな思いから私は嘘のカッパ話をした。


 しかし実際は学級委員をやめたところでこれまで通りの日々は続いた。

 だから嘘のカッパエピソードなどいらなかったのだ。


 学級委員をやめたら失うと思っていた日常は、その後も変わらず確かにあった。

 あの頃はわからなかったけど、そうまでして守ろうとしていたあの日常。


 あれこそが私にとっての『青い鳥』だったのかもしれない。




 ……なんて私が言うのは虫が良すぎるだろうか。

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青い鳥 hororo @sirokuma_0409

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