第50話 陽はまた昇る

「みなの者、待たせたな」



 彼の声が聞こえてきたのは、二階からだった。



 聞き慣れない青年の声にみんながみんな上を見ると、寄宿舎の真上の部屋から人影が見えた。人影は窓手すりにくくったロープを下に投げ、するすると降りてくる。しかも背中には大きな旗がついた旗棒を背負っていた。



 まるで曲芸師のように素早く寄宿舎の屋根の上に乗ったその者は、背中に背負っていた旗棒を屋根の瓦に突き、面を上げた。



 人影の正体はサイラス様だ。だが、誰もサイラス様の顔を見たことがなかったから、こんなに派手な登場であってもみんなキョトンとしていた。



 服はサムソン様のもの。顔もよく似ている。けれどもサムソン様は昨日亡くなられているし、着ているサムソン様の服も若干袖が余っている。サムソン様ではない。ならば、彼とよく似たあの青年は誰なのだ。狼狽を漂わせたみんなの表情を見れば、そう思われているということは嫌でも感じ取れた。



 そんな空気に臆せず、サイラス様は名乗りあげる。



「──俺の名はサイラス。このヴィラスター王国第二王子のサイラス・クレスウェルだ。訳あって十年間、セレニアとして生きてきた」



 この衝撃的な告白にはほとんどの者が言葉を失っていた。姿を見せなかったとはいえ、慰霊祭の時には誰もが顔を合わせていたのだ。その時見ていたセレニア様が男性、しかも死んだと思われていたサイラス様だったなんて誰が思うか。だが、これが真実。受けとめてもらうしか他ない。



 そう思ったのだが、事態は思ったよりざわつかなかった。



 むしろあれだけ暗かった顔が明るくなっている。ここに第二王子がいる。この国に王位継承者がまだ残っていたということが彼らの希望となっていた。腐っていた国でも国王がいないということは、羅針盤なしで航海するようなことと同等のこと。いるといないとでは全然違うということを、昨日だけでも知ってしまったのだろう。



 だが、熱い眼差しを集めながらもサイラス様が最初にしたことは謝罪だった。



「まず、これまでのていたらくを心の底から謝罪する。中には前国王たちに苦労をかけさせられた者もいるだろう。俺もそのひとりだから、心中察する。本当に申し訳なかった」



 頭を下げたサイラス様に騎士も侍女もぽかんとしていた。これまでシャムス国王もサムソン様も彼らに頭を下げることなんてなかったに違いない。同じ血が流れているとは思えない彼の姿勢に驚いているようだ。だが、その表情もすぐに真面目なものへと変化した。



 重々しい空気が、少しずつ晴れていく。それを知ってか知らずかサイラス様も頭を上げ、真剣な眼差しで彼らを見据える。



「面識のない若輩者の俺が王位を継承することに不安を持つ者もいるだろう。だが、これだけは言わせてくれ。もうあいつらの同じ轍は踏まない。お前らのことは護るし、市民のことも護る。こんな悲劇は、もう二度とくり返さない」



 まっすぐと彼らを見つめるサイラス様の真剣な眼差しには噓偽りもないように見えた。その熱意を彼らも感じ取ったのだろう。中には涙ぐむ者もいた。たとえ馴染みの薄いサイラス様であっても、彼らはわかっているのだ。紛れもなく、彼が次期国王だ。彼ならこの国を変えてくれる──と。



 その期待に応えるよう、サイラス様はニッと笑って持っていた旗棒を掲げた。



 旗棒についた旗はこのヴィラスター王国の国旗だった。太陽と月が重なり合うようなデザインの国旗だ。太陽はシャムス国王。月はルーナ王妃を示している。だが、その意味合いも今日で変わった。



「この国は昨日で死んだ。だが、生まれ変わるということは一度死なないとできない。せっかくあいつらがこの国をゼロにしてくれたんだ。ならば、残された俺たちで新たにこの国を創りあげようではないか。大丈夫。俺たちは全員国の最底辺を見てきたんだ。もう二度とあんな国にはさせない。絶対に、あいつらが統治していた頃より良い国にする──なあ、そうだろ? お前ら!!」



 サイラス様が高らかに声をあげると、騎士たちが応じるように雄たけびをあげた。侍女たちも彼に向けて拍手喝采を送っている。きっと彼らも認めてくれたのだ。この国の新たな王である、サイラス・クレスウェルのことを──



「……ということで、これからもよろしく頼むぞ」



 拍手が城中に響く中、サイラス様は私に視線を向けた。



 傍から見ればこの場にいる全員に向けて言っているように聞こえただろうが、私にはわかる。この言葉は、私に向けて言っているのだ。演説の最中だったというのに、どさくさに紛れてよくこんなことを言えたものである。



 だが、それがなんともサイラス様らしい。それに、私の答えは最初から決まっている。



「仰せのままに、国王様」



 だって私は、あなたの近衛騎士なのだから。



 そうやって笑ってみせると、サイラス様も歯を見せて笑った。その無邪気な笑顔は太陽のように輝かしく、この新生ヴィラスター王国を明るく照らしてくれるような気がしてならなかった。



〈了〉

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ヴァルキリーとプリン(セ)ス~男装騎士は偽り雄姫を護りたいのに攻められる~ 葛来奈都 @kazura72

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