第49話 門出

「ん? どうした。顔が青いぞ。具合でも悪いか?」



 サイラス様が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。私が顔を青ざめている理由にまだ気づいていないようだ。もしかすると、本当に気にしていないのかもしれない。



「あの……昨日のこと……一騎士としてやらかした気がするんですけど……」



 おそるおそる言ってみるが、サイラス様は「なんだ。そんなことか」とケロッとしていた。



「大丈夫だろ。なんせ、これからは俺がルールを作るんだからな」



 サイラス様がニンマリと不敵に笑う。多分、次期国王として「文句は言わせねえぞ」とでも思っているのだ。絶対王政のこの国で一番えらいのは国王だ。それは、彼自身が身をもって知っている。



「おっと……なら、これももういらないな。おい、それを借りるぞ」



 そう言いながらサイラス様は床に転がっている私の剣を拾いあげた。



 迷うことなく剣を抜く彼がいったい何をするのか小首を傾げながら見つめる。すると、サイラス様は自身の長い髪をひとつにまとめ、剣の刃でその髪を切った。



 背中ほどまで伸びていたあの長い髪がはらりと床に落ちる。



 肩元くらいまで短くなっただけで、そこにいるサイラス様は別人のように印象が変わった。男性にしては少し髪が長めの青年。今の彼を前に「セレニア様」なんて偽りの名前を呼べそうにない。



 けれどもサイラス様は髪が短くなってもまだ不服そうで、毛先をちりちりと擦りながら口をとがらせていた。



「まだ長いな……エミールに切りそろえてもらうか……いや、あいつは静養中だな。まあ、誰でもいいか」



 そんなことを独り言ちりながら、サイラス様は剣を鞘に戻す。その姿を唖然としながら見ていると、サイラス様に「フッ」と小さく笑われた。



「お前も女だと暴露したっていいんじゃないのか? もうあんなクソみたいな罰則もなくなるんだ。誰もお前を咎めまい」



「そうですね……落ち着いたら公表しようと思います」



「くっくっく……イワン辺りが度肝を抜く姿が目に浮かぶぜ」



 サイラス様が悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべている。確かに私が女だと知ったらみんな驚くこと間違いないだろう。



 それにしても、本当に女だと疑われなかったものだ。というか、私、肩の怪我で包帯巻かれた時に侍女の人に胸を見られたのに、その時ですら何も言われなかったのだが。情けをかけられたのだろうか。それとも、本当に気づかれなかったのだろうか。後者だったら、この上なく虚しい。



 そんな人知れず肩を落とす私をよそに、サイラス様は「さて、と」と背中を伸ばした。



「そろそろお前も準備をしたほうがいい。なんせ今日も忙しくなるんだから」



「そ、そうですね。いったん部屋に戻ります。ハースト様の様子も見てきますね」



「よろしく頼む。あと、侍女がいたらサムソンの部屋から一着服をすくねてこいと言ってくれないか」



「かしこまりました」



 一礼し、すぐさま床に落ちている服を着る。下着にズボンにシャツと三枚しかないから着替えは瞬く間に終わった。だが、急ぎ足で部屋の扉に向かったところで、「おい」とサイラス様に呼びとめられた。



「もしハーストが動けそうだったら、やつに伝えてくれ……『二時間後、騎士と侍女全員寄宿舎の前に集めてくれ』ってな」



 いつになく真面目な顔で請うサイラス様。きっと何か考えがあるのだろう。その真剣さに応えるよう、「わかりました」と深く頷いた。



 ◆ ◆ ◆



 あれから二時間。サイラス様に頼まれた通り、寄宿舎の前には城中の騎士と侍女が集まっていた。



 寄宿舎の前は鍛錬ができるような広場がある。実際、騎士の試験もここでおこなわれた。だから人を集めるにはうってつけの場所だった。



 けれども、集まった人数は広場に半分も埋まらないほど少ない。中には怪我でここに来られない騎士もいるから実人数はもっといるとはいえ、なんとも寂しいものだ。



 ただ、驚くことにこの場にエミールさんとハースト様が来ていた。ふたりとも負傷して一日しか経っていないのだからもっと休めばいいのに、ふたりとも何事もなかったかのように平然としている。



「大丈夫ですか? 痩せ我慢とかしてません?」



 小声で隣にいるハースト様に尋ねてみるが、「問題ない」と即答された。なんという仕事人間。途中で倒れないことを願うばかりだ。そう思っていたのだが、彼らにはこの集まりにどうしても参加したい理由があった。



「あいつの晴れ舞台だ。見ない訳がなかろう」



 そうやってハースト様がニッと歯を見せて笑った。彼の初めて見る嬉しそうな顔に思わず目を皿にしてしまったが、すぐに「そうですね」と笑い返した。



 だが、彼の晴れ舞台だと思っているのは私たちだけで、広場の空気は息苦しくなるくらい重くなっていた。



 それもそのはずだ。たとえ一夜明けたって、惨状は変わらない。今のヴィラスター王国には国王も、王妃も、王位継承者だったはずの第一王子もいない。残ったのはずっと部屋に引きこもっていた第一王女だけだ。今だって「あのどうして自分たちをこんなところに呼んだのだろう」と思っていることだろう。彼らの絶望と不安を取っ払うのは至難の技に違いない。



 ──どうするんですか、サイラス様。



 未だ姿を現さないサイラス様に問いかける。すると、その問いに応えるように、ついに彼が登場した。

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