第48話 「愛おしい」ってこういうこと

 サイラス様の長い指が私の指に絡ませるように重なっていく。



 ただ重なっているだけだ。本気を出せばこれくらい私だって払い返せるのに、どういう訳か力が入らなかった。体中がどんどん熱くなっていく。そんなおかしくなる私を見て、サイラス様がまた笑う。



「多分……お前のことが愛おしくてたまらないのだろうな」



 その言葉に呼吸がとまった。サイラス様が、私のことを愛おしい。頭の中でもう一度彼の言ったことをくり返してみるが、上手く呑み込めない。ただ、こんなに混乱している私でもひとつだけ彼に言えることがあった。



「私も──同じ気持ちです」



 その発言にサイラス様の頬が一瞬で火照ったと思ったら、逃げるように顔を逸らされた。



 だが、すぐに破顔し、長い髪を耳にかけながらもう一度私に唇を重ねた。今度は先程のような優しい口づけではない。サイラス様が唇で私の唇をこじ開け、わずかに開いた隙間に舌をねじ込ませてきた。



 探し当てられた舌が彼の舌と交わった途端、感じたことのない快感に溶けてしまいそうになった。



 その衝撃に耐えられず、思わず声が漏れる。その声は自分でもびっくりするような、女の子みたいな甘い声だった。これにはサイラス様も驚いたみたいで、すぐに唇を離した。



「それは……反則だろ……」



 そうやって呟くサイラス様の顔は真っ赤になっていた。初めて見る彼の法悦とした笑みを前にすると、私はとんでもないことをやらかしてしまったような気がしてたまらなかった。



「い、今のは忘れてください」



 恥ずかしさのあまりに顔を逸らそうとしたが、サイラス様に押さえられて阻止された。彼は、どこまでも私を逃がさないつもりだ。



「無理だ。諦めろ」



 そうやって不敵に笑うサイラス様は、今度は私の服の裾に手を入れてきた。直に腹部を触れられ、思わず体が跳ねる。だが、サイラス様の手はとまらない。



「抵抗しないのか?」



 と聞きつつも、すでに服の裾はめくれており、私の腹部が露わになっていた。一応胸元を隠してくれているのは彼の情けであろう。いや、というよりかは、最終的な意思確認と言ったところか。ここまでしておいて私にゆだねるなんて、なんてずるい人なのだ。



「……いいです」



「え?」



 小声で漏れた本音にサイラス様が聞き返す。そんな彼に、私も頬を赤らめながらはっきりと告げる。



「サイラス様になら何をされても……いいです」



 その答えにサイラス様は目をみはらした後、安堵したように私の服を脱がした。



 はぎとられた私の服がはらりと床に落ちる。だが、露わになった私の素肌はなんとも痛々しいものだった。左腕にも右胸から肩にかけても包帯が巻かれている。そしてこの包帯が取れたあとはくっきりと刀傷が残るのだろう。



 ただでさえ傷だらけの体なのに、それでいて胸の膨らみもない。なんて女らしさのかけらもない貧相で傷物の体なのだ。しかし、小振りの胸を手で隠そうとしてもサイラス様にすぐに両手を押さえられた。



「今『何されてもいい』って言ったばかりではないか」



「で、でも、流石にこれは恥ずかしい……」



 全身が熱くなる感覚に耐えられずじたばたしてみるが、押さえつけられた手に全然力が入らなくてなんの意味もなさなかった。そんな無駄な抵抗をする私を見て、サイラス様は悪戯っぽく笑った。



「安心しろ……お前は、ちゃんと女だよ」



 サイラス様が包帯で隠しきれていない小振りの膨らみに手を添える。だが、添えられた時に敏感なところに触れられてしまい、思わず甲高い声をあげてしまった。


 自分のものではないみたいなその声に、また顔が熱くなる。そんな私を見てサイラス様は優しい顔で微笑みながら、触れていた膨らみをそっと撫でた。



「きれいだ、セナ──愛してる」



 じっと見つめながらはにかんだ彼を見ていると、自然と涙が流れてきた。この涙はこれまで流してきた悲しみの涙でも、悔しさの涙でもない。人は、嬉しくても涙を流すのだ。



「私も……愛してます」



 涙を流しながら笑いかけると、サイラス様が嬉しそうに目を細め、私のことを抱きしめた。



 頬を擦り寄せてくるサイラス様に私からも唇を落とす。それをきっかけに、そこからお互い欲望のままに体をゆだねた。



 サイラス様の温もりに心も体も溺れていく。ただひたすらに、甘くて、長い、そんなふたりだけの時間。それが永遠ではないとわかりながら、私たちは互いの愛を確かめ合うように体を交わらせた。



 たった一夜。されどもこの一夜でサイラス様が男で、私が女──そんな当たり前なことを改めて思い知らされたような気がした。



 ◆ ◆ ◆

 


 あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。温かい朝の陽ざしと下腹部の鈍痛で目が覚めた。



 昨夜のことは一瞬夢かと思ったが、裸体でサイラス様のベッドで寝ていたからすぐに夢ではなかったことを理解した。



 やってしまった。私のような一騎士が、よりにもよって一国の王子……いや、王位継承者は彼しかいないのだから、未来の国王様か。どちらにしろ、とんでもない人とまぐわってしまった。



 こんなことを人様に知られてしまったら切腹では済まされないかもしれない。どうしよう。本当にどうしよう。



 だがうろたえているのは私だけで、私を抱いた当の王子様はなんとも思っていないようだった。



「起きたか、セナ」



 下着一枚着ただけの、上半身裸のサイラス様が呑気に水を飲んでいる。



 ここには私しかいないとはいえ、昨日まで女性として生きることを強いられていたとは思えない変わりようだ。人間、一日でこんなになるものか……と思ったが、この人はオフの時ならいつもこんな感じだった気がする。

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