第47話 全てを捨てて

 そんな私を見て、セレニア様が深く息をついた。顔は見えていないが、きっと呆れ返っているに違いない。それはそうだ。こんな目の前で泣き言を言われたら、誰だって嫌気が差す。そうに決まっている。



 ──そう思った矢先、なぜか腰元が軽くなった気がした。おそるおそる腰元を見ると、差してあった剣がなくなっている。セレニア様が私の剣を取ったのだ。



「『騎士』『騎士』って……もうやめろよ」



 そう言ってセレニア様が剣を床に捨て、私を力強く引っ張った。



 そのままベッドのほうに連れ出され、放り投げだされるようにベッドの上に転がされる。



 戸惑いつつも体を起こそうとすると、すぐさまセレニア様に馬乗りをされた。私のことを逃がさないつもりだ。



 セレニア様がひどく神妙な顔つきで私を見下ろす。



 これまで何度も『壁ドン』も『あごクイ』もされてきたが、今の彼にはいつものからかってくるような感じも見られない。いったい彼は何を考えているのだろうか。わからない。わからないけれど、不思議と恐怖心はなかった。



 セレニア様が私を見下ろしたまま静かに言う。



「今は剣を忘れろ。俺も──全部脱ぎ捨てるから」



「え?」



 意味深な言葉に目をみはる。その一方でセレニア様は私の上にまたがったまま背中にあるドレスのファスナーを下げた。



 セレニア様がゆるくなったドレスを肩元から脱いでいく。



 最初に露わになったのは胸元をぐるぐる巻きにした包帯だった。女性のふっくらとした胸元を表現するように詰め物をしている。その包帯も自ら結び目をほどき、ゆっくりとはずしていった。



「セレニア様?」



 名前を呼ぶが、セレニア様は無言だった。彼から言葉が返ってきたのは、包帯を全てはずし、着ていたドレスとチョーカーを床に投げ捨てた後だった。



「セレニアじゃない。サイラス──サイラス・クレスウェルだ」



 セレニア様、もとい、サイラス様がそう告げる。



 初めて見たサイラス様としての姿に私は心を奪われていた。



 透き通るような白い肌。細い腕。宝石のような琥珀色の瞳にキラキラと輝く銀色の長い髪。けれどもその美しい顔とは裏腹に、体つきはイメージに反していた。私と違って骨格がしっかりしていて、私よりもずっと胸板が薄くて、私にはない強くてたくましい眼差しをしている。十年間、女性セレニアとして生かされていた彼は、間違いなく男性だった。



 私が言葉を失うくらい頬を赤らめると、サイラス様は微笑みながら私の頭部の横に手をつけてきた。



「剣も鎧も身に着けていないお前は騎士ではない。そして、今の俺も王女でもなければ、王子でもない。俺たちは、ひとりの人間だ。だから──『騎士だから』とか言って強がるな。お前はこんなにも傷ついている。それを素直に受けとめろよ」



 そう言いながらセレニア様は頬に伝う私の涙を指の腹で拭った。



「お前は友達を失ったんだ。泣きたければ、思い切り泣けばいい。でも、その穴を埋められる存在がここにいるということを忘れるな」



「サイラス様……」



 サイラス様の優しい言葉に涙がはらりと頬を伝った。だが、私の手はその涙を拭うことはなく、気づけばサイラス様の顔に伸ばしていた。



 その行動にサイラス様も意外そうな顔を浮かべたが、すぐに口角を上げ、私の思いに応えるように顔を近づけた。



 瞼を閉じた途端、サイラス様の柔らかい唇が重なる。最初は、ただ触れるだけの口づけだった。だが、それだけでは飽き足らず、ついばんだり、吸いついたり、何度も何度も唇を重ねた。



 そうやって私たちは真っ暗な視界の中、何度も互いの存在を感じ取った。だが、優しくて丁寧な接吻とは裏腹に、私の体はセレニア様と密着するくらい強く抱きしめられていた。まるで、「離さない」とでも言うように。



 そんな熱い口づけをしていると、やがて名残惜しそうにサイラス様が私の唇から離れた。



 長くて甘い口づけに記憶が飛びそうになるくらい陶酔していたが、すぐにハッと我に返った。私は今、サイラス様と何をしてしまったのだ。そう思い返した途端に体中が熱くなり、恥ずかしさで悶えそうになった。



 咄嗟に両手で口を覆う私を見て、サイラス様が心配そうに首を傾げる。



「……嫌だったか?」



「い、嫌ではないです……で、でも……どうして私なんかに……」



 嫌ではないのは本当だ。むしろ私にとっては願ってもないことで、本来なら有頂天になりかねなかった。けれども、まさかこんなことになるなんて夢にも思ってもいなかったから、現実とのギャップに頭が追いついていないのだ。



 私の不意の問いに、サイラス様が困ったように眉尻を下げる。



「どうしてって……お前としたかったから、しただけだ」



 あっさりとした答えだったが、本人は至って真面目そうだ。だが、答えてもなお私が追及するように見つめてしまったから、サイラス様はばつが悪そうに頭を掻いた。



「なんだろうな……こうしてお前を見ていると抱きしめたくなるし、口づけをしたくなるのだ」



「そ、それは、いつも私をからかっている感じではなくて?」



「違う。でも、そう思われているのなら、日頃のおこないが悪かったんだな。反省する」



 頬をほころばせながら、サイラス様が再び私の頬に手を添える。そんな慈しむような眼差しで見つめられるとこちらもなんだか恥じらってしまうのだが、顔を隠そうとしてもサイラス様に手を掴まれてしまい、そのまま払われてしまった。

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