第46話 騎士失格

「倒れていたエミールさんですが、夕方頃に意識を取り戻しました。脳震盪を起こしたらしく今は安静にしておりますが、傷も浅いですし、休めばすぐに回復するとのことです。それと、イワン団長とハースト様も負傷はしているものの無事でした。みなさん、それぞれの部屋で休まれています」



「へえ……あいつ、情けでもかけたか?」



 鼻で笑うセレニア様だが、口元がほころんでいる。エミールさんとハースト様が無事であったことが嬉しくてたまらないのだろう。自分ではクールぶっているつもりだろうが、喜色が隠しきれていない。



「なお、負傷した他の騎士も予後は良好です。避難から戻ってくれた侍女のみなさんが頑張ってくれたからでしょう」



 襲撃があった際、侍女の人たちをすぐに避難させたのは妙案だったと思う。おかげで適切な処理が素早くできた。



 だが、体の傷は処置できても、心の傷はそうもいかない。同胞の裏切り。国王、王妃、王子の死。そして荒れに荒れた城内。この目も当てられない現状に心が折れている者がほとんどだろう。



 傍から見ればこの国は落ちたと同然。確かに良い国王とは言えなかったが、国の灯と言えた国王がいきなり亡くなったのだ。絶望するのも無理はない。



 果たしてこんな状況に陥った彼らの士気を再び取り戻すことはできるのだろうか。難題は多い。しかし、こんな最悪な状況であっても、セレニア様はどこまでも冷静だった。



「はあ……この国も、ついに死んだか」



 そんなことを呟きながらセレニア様は天井を仰いだ。だが、その表情には絶望もなければ、狼狽もない。ただ淡々と、真実を受け入れているようだ。



「セレニア様は凄いですね……ご家族を亡くされたというのに、落ち着いていて……」



 私は全然だめだ。大した接点のなかったシャムス国王も、一度しかお会いしなかったルーナ王妃も、あれだけ毛嫌いしていたサムソン様でさえ、亡くなられた衝撃は大きい。それに、その主犯がヘンリーとアレンであったことも、あんな間近で目撃したというのに未だに受け入れられていない。



 自分の情けなさに力なく「はは……」と笑っていると、澄ました顔のセレニア様が「そうでもないぞ」と返してきた。



「多分、遺体を目の当たりにしてないから実感がないだけだ。でも、同情はするよ──あいつら全員、憐れだったなって」



「そう……ですね」



「お前はどうだ? 大丈夫なのか?」



 突然話を振られ、思わず固まる。しかし、セレニア様にはこう答えるしかない。



「大丈夫ですよ。だいじょうぶ、です」



 だが、力強く返したつもりでも、二言目で声が震えた。



 両目からぽろぽろと涙が溢れてくる。ヘンリーとアレンと別れた時にあれだけ泣いたというのに、私の涙はまだ枯れていなかったようだ。拭っても拭っても、涙がとまってくれない。



「あれ……おかしいな……本当に、もう大丈夫なはずなのに……」



 そう言いながらも、大丈夫でないことは自分がよくわかっていた。今はセレニア様の前だから必死に自分に言い聞かせているが、本当は胸が痛くて、苦しくて、たまらない。叫びたい。喚きたい。



 けれどもセレニア様の前で、そんなことはできないから、抗うしかない。そう思っていたのに、そんな無駄な抵抗をすることすらできないくらい私の心は折れていた。



 必死にこらえた涙がやがて嗚咽へと変わっていく。そんな私のことをセレニア様は無表情でじっと見つめていた。きっとこんな泣き虫で弱い私を呆れているのだろう。どことなく、視線が冷たい。



 やがてセレニア様が「まったく……」と言いながらベッドから立ちあがり、私に近づいてきた。



「お前がこの俺に嘘を通せた試しがあるか? 全然大丈夫ではないだろ」



 セレニア様が厳めしい顔で私のことを見つめる。その高圧的な視線に耐えられず思わず下を向くと、涙がぽつぽつと床に落ちてきた。この期に及んでも、涙がとまる気配がない。



「お前も今日は休め。でないと、お前が壊れるぞ」



 セレニア様が私の両肩を掴んで言ってくる。だが、私は首を振ってそれを拒んだ。



「でも、私は騎士です……今戦える数少ない騎士のひとりです。私がしっかりしないと、国も、セレニア様も護れない……」



 セレニア様に言われなくても、自分の心が壊れかかっていることは私にも気づいていた。戦える騎士が少ない。それもわかっている。私が戦わないとまた何かを失ってしまう。それもわかっている。



 それなのに、私の体は未だに剣を握ることを拒んでいた。血を流させることが怖い。人を切るのが怖い。人を殺すのが怖い。だが、誰かがいなくなってしまうのはもっと怖い。私は彼を護る騎士なのに、心が恐怖で支配されてしまっていたのだ。



「ごめんなさい……弱い私で……弱い騎士で……ごめんなさい……」



 両手で顔を覆いながらセレニア様に懺悔する。もう今は、彼に合わす顔もない。宿敵だったヘンリーでも切れなかったのだ。これから先も私は人を切れないだろう。でも、セレニア様に幻滅もされたくない。なんて私は醜くて、我がままで、ずるい人間なのだ。

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