第45話 雄姫様の目覚め

 ふたりひと組になって、ひとりひとり担架で霊安室に運んでいく。イワン団長の予想通り棺が全然足りないから、藁でできたゴザを敷いてそこに寝かせた。



 生き残った騎士たちはそんな哀れな同胞を見てずっと泣いていた。けれどもここで悲しみに暮れて立ちどまってはいけないことも理解しているから、泣きながらもずっと働いていた。そんな彼らの健気な姿を見ていると胸が痛くなって仕方がなかった。



 ──あれからさらに数時間。



 生存者の治療を終え、遺体を全て運び終えた頃には外もどっぷりと暗くなっていた。



 その頃にはみんな心も体も疲弊しており、城の中はどんよりと重たい空気が流れていた。



「もう休もう」イワン団長がそう言わなくてもみんな体力も気力も限界で、ゾンビみたいにふらふらになりながらそれぞれ居室へと戻っていった。



 セレニア様が目を覚めたのは、そんな静まり返った夜中の時間帯だった。



「ん……」



 セレニア様は小さくうなり声をあげたあと、頭を支えながらゆっくりと体を起こしあげた。



「なんで俺……ベッドで寝ているんだ……」



 そんな独り言を言いながら、セレニア様は辺りをきょろきょろと見回す。床に倒れたはずが気づけばベッドの上に寝かされているのだ。しかも時刻は夜。混乱するのも無理はない。



「おはようございます、セレニア様」



 声をかけると、セレニア様の表情が少しゆるんだ。私がいてくれたことでちょっとだけ安心できたらしい。だが、顔はまだまだこわばっている。私はそんな彼の緊張をほぐすよう、引き続き話しかけた。



「失礼ながら私がベッドに運ばせていただきました。お医者様の診察も済んでます。多少はだるさが続くかもしれませんが、生活に支障はないということですよ」



「そうか……悪いが、水をくれるか。喉が渇いて死にそうだ」



「かしこまりました。少々お待ちを」



 セレニア様に一礼し、あらかじめ用意してあった水差しでコップに水を淹れる。その間もセレニア様はじっと私のことを見つめていた。ただ水を淹れる、それだけのことなのに。



「あの……どうかしました?」



 尋ねてみると、セレニア様が真顔のまま私に聞いてきた。



「お前、鎧はどうした?」



 セレニア様の指摘通り、今の私は騎士の鎧を身に着けていなかった。腰に剣は刺しているが、布の服にズボンといつもよりラフな格好をしている。セレニア様の前でこういった服装をしたことがなかったから新鮮に感じているのだろう。



「すいません。患部が鎧に当たって痛むので、今は取らせていただいております」



「そうか……傷はどうだ? 痛むか?」



「傷も処置して、薬も飲んだので痛みは落ち着いています。ご心配おかけして申し訳ありません」



 そう言いながらセレニア様にコップを渡すと、彼は無言で水を一気飲みした。



 セレニア様が「はぁ」と息を吐きながら口についた水を手で拭う。水を飲んだことで落ち着いたようだ。



「それで……城の現状は?」



 尋ねてくるセレニア様の声は冷静沈着そのものだった。彼はこの部屋から一歩も出ていないとはいえ、色々察しているのだろう。



 それに、彼が起きるまで少しは部屋の掃除をさせてもらっても窓ガラスは割れたままだし、絨毯には血が染みついている。手が回っていないことは見て取れているに違いない。人手が足りないということは、つまりそういうことだ。



「……お察しの通り、現状は悲惨です。近衛騎士含めた騎士三十六名のうち、負傷者が十二名。そして、亡くなった方が十八名です」



 亡くなった騎士の中にはヘンリーに寝返った者もいる。そう言った者は、容赦なく裏切り者として成敗されたみたいだ。それは襲撃してきた市民たちも同様だ。だからこそ、こんなにも血が流れてしまった。



 嫌な報告はまだ続く。



「非常に残念なのですが……ヘンリーの言っていた通り、シャムス国王、ルーナ王妃、そして、サムソン第一王子もお亡くなりになりました。お三方のご遺体は謁見の間に安置しております」



「へえ……やっぱりサムソンの野郎も死んでいたのか。正直、殺しても死なねえやつだと思ってたから、なんか意外だよ」



 ヘンリーに前もって聞かされていたからか、自分の家族が全員死んでいてもセレニア様は落ち着いていた。ただ、サムソン様についてはセレニア様と同意見で、私も自分の目で見るまで彼が亡くなったことを信じていなかった。


 だが、遺体の状況は全身めった刺しとかなりむごたらしく、なんなら一番損傷がひどかったと思う。次期国王だから確実に仕留めたかったのか。それともそれを名目に積年の恨みを晴らしたかったのか……ヘンリーの場合後者のような気がするが、真実は彼にしかわかるまい。



「俺のことを殺害するって言いながら、俺以外のやつらを殺すなんて……ひねくれ者のあいつらしいな」



 そんなことをぼやきながら、セレニア様はため息をつく。平然を装っているつもりだろうが、この件については嘆かわしく思っているようだ。



「しかし、悪い話ばかりでもございません」



 そう話を切り出すと、セレニア様は「ほう」と顔をこちらに向けてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る