第五話
結局、僕らは落ち合ってからわずか一時間ほどで解散となった。
夕方からアルバイトの予定が入っているというナオちゃんは別れ際、人々が行き交う横断歩道を背に今日イチの笑顔を振りまいていた。下手っぴなウインクさえ決めていた。くるりとターンを決めた彼女の背中が徐々に遠ざかる。僕はぼんやりとした意識でその姿を見届ける。陽射しがまぶしい。灼熱の太陽はまだまだ高い位置を保ったままだ。
「終わった……」
後日、ナオちゃんから一通のメールが届いた。何やら体育会系の男子を紹介してほしいとのことだった。死体蹴りとはこのことだと思った。もっとも、傷心している暇などない。恥も外聞もかなぐり捨てた僕は、最後の悪あがきに出る。
代わりに女の子、紹介してよ。
思いのほか返信はすぐだった。ナオちゃんは快く交換条件を呑んでくれた。翌日にはマヤちゃん、そしてアキコちゃんという二人の名前がケータイのアドレス帳に加わった。両者共にいいコだった。かわいかった。しかし、いずれも長くは続かなかった。ほどなく僕は髪の毛を真っ黒に染め直した。いくつかの台風がこの街を通り過ぎた。ナオちゃんが友人とつき合い始めた。友人が大人の階段を一足飛びで駆け上がった。高校一年の夏が過ぎ去ろうとしていた。
赤に青、ピンクにオレンジ、トリッキーな髪色の二次元女子相手にならば余裕たっぷりのデートを楽しむことができるというのに、片や対象が現実に生きる異性となるとこのザマだ。やることなすことすべてが裏目に出てしまう。
十六歳当時の僕は、生身の女子をあまりにも知らな過ぎた。少々大げさな表現を用いてしまえば、彼女たち一人ひとりにも真っ赤な血が通っていて、心があって、いくつもの感情があるということを、まるでわかっちゃいなかった。いや、わかろうともしていなかった。
いつだったか、街で久々に鉢合わせた牧原とちょっとした世間話になり、なぜか飲み屋で一杯やることになり、その流れでこんな言葉を投げかけられたことがある。
人生に攻略本は存在しないんだぞ──。
振り返ってみると僕の青春は、このエッセイに代表されるようなしょうもない、ろくでもない、悶々の極地たるエピソードで満ち溢れている。まさに黒歴史。ガックシである。トホホである。
ちなみに蛇足だが、ナオちゃんとはその後、成人式でたった一度、再会を果たすことになる。いっぱしのギャル男へとクラスチェンジしたかつてのメル友を前に、振袖姿のシングルマザーは一瞬の戸惑いを見せ、しかしわずか二秒後には一転、腹を抱えて大笑い。シジミよろしく小粒な瞳にはうっすら涙さえ浮かべていた。僕も笑った。声を上げて笑った。笑って、笑って、二人して酸欠になるまで笑い続けた。
「今の俺、ベンジーより男前じゃね?」
「あはは、そうかもね」
ちょっぴりうまくなったウインクが、なんだかとても愛おしかった。
女子のバストには甘いホイップクリームが詰まっていると思っていた タカトウリョウ @takatoryo
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